第40話
「ぐるぉぉ……」
先程までの気迫はどこへやら。
愛らしく(?)小首を傾げたオーガ娘はオロオロと心配そうに手を揺らしながら、ゴブリンさんの頭上を行ったり来たりさせていた。
抱き上げて良いのか、動かしてはまずいのか、そんな葛藤が感じ取れる。
だがそんな彼らの前に、オーガ父が一歩一歩、その存在を見せつけるかのように歩み寄った。
「オオオオオ!」
その顔は、一人の父親(?)というよりも厳然たる支配者の顔であった。
それに水を差す者は、誰であろうと許されるはずがない。
だが、その父親に向かって彼女は怯まなかった。
オーガ娘は、心根の優しいタイプの子。
そうゴブリンさんが評価するのと同時に彼女もまた、オーガ父の遺伝子を継ぐオーガ戦士でもあるのだ。
だからこそ、彼女は己の獲物を手に立ち上がる。
守るべきものを、彼女は間違えない。
それが例え、父に歯向かうことになろうとも。
ピーンと張り詰めたその空気に、ずるりと、立ち上がる影がある。
オーガたちの巨躯に隠れてしまいがちなその満身創痍の体で立ち上がろうとするゴブリンさんだ。
よろよろと立ち上がり、膝が砕けてまた地に伏せて、それでもなお立ち上がる姿はまるでゾンビ。だけれどそれを「こわっ!」と言う空気が読めない者はモンスターも人間も、この場にはいなかった。
若干タマムシが言いかけたのをカマドウマパイセンが抑え込んだのは良い仕事である。
なお、空気を守るためではなくのちのち他のモンスターたちにフルボッコにされないための自己保身からの行動なところが残念な魔王であった。
「ぐ……ギギャ、ガ、……ァ……」
「ぐお!?」
ずるずると伸ばされたボロボロの手が、オーガ娘より前に出る。
立ち上がるのもやっとの姿で、ゴブリンさんはまだ真っ直ぐに、息も絶え絶えにオーガ父を見据えた。
「オオオオ!」
オーガ父が吠える。
そしてそれを前に、ゴブリンさんの体が、揺らいだ。
ああ、倒れてしまう……!
そう誰かが声を洩らしたが、誰もそこに駆け寄ることは許されない。
これはゴブリンさんの戦いだから。
固唾を飲んで見守る観客たちを前に、ゴブリンさんが膝をついた。
よくやったよゴブリンさん、お前はやっぱり男だよ……そう呟く盗賊男の顔はなみだでぐっちゃぐっちゃだが誰もそれを咎めない。
だが、それだけでは終わらなかった。
いや、ゴブリンさんは終わらせなかったのだ。
膝をついたまま、彼は両手を地面に着いた。
まだ起き上がるのか、そう思った観衆を前に彼は――
「ぎゃぎゃぎゃ! ぎゃっ!」
――見事な土下座を決めたのであった。
何を叫んだのかまではちょっと冒険者たちにはわからない。だけれどオーガ娘が武器を落として両手を口元にあて、頬を染めている辺りで「あれ?」となった。
翻訳するとこうだろうか。
『オーガ娘ちゃん、待ってくれ……まだ、話が、終わっていないんだ……』
『どうして!? そんな満身創痍になってまで……!!』
『娘さんに! お付き合いを申し込む許可を! ください!!』
『(ゴブリンさん……!)』
あの短い鳴き声でそこまで語っているのかはわからないけれども。
いやなんだか絶対そんな空気だなと冒険者たちは思う。
周囲のモンスターたちはどっから取り出したのかハンカチで涙を拭う始末だ。
なんだこれ、と盗賊男が涙と鼻水塗れになりながら呟いても誰も咎めない。
オーガ父の表情は動かない。拳がゆるりと、振り上げられた。
「! グオッ!」
それに土下座したままのゴブリンさんは気づかない。いや、気づけたとしてももう動けないのかもしれない。
そんな彼を庇うようにオーガ娘が覆いかぶさったが、オーガ父は構わずに拳を振り下ろした。
誰もが顔を覆う瞬間に、カッと光が爆ぜた。
そして響く金切り声、もとい金属音声。
――……勇者よ、今こそ
それは打ち捨てられた聖鎧だ。
オーガ父の拳を受け止めて、まるでゴブリンさんをストーキングでもしていたのかタイミングばっちりで現れた聖鎧に向けられる視線はとんでもなく冷たかった。
ゴブリンさんなんて『え、なんでコイツいんの? 空気読めないの?』感満載の氷点下いっちゃってる眼差しであった。
――……ちょっと空気読んでそこはかっこよくワタシを着こなして、そこのオーガを倒して好いた女性を抱き寄せるシーンじゃないですか!?……――
オーガ父はキンキンと喚くような思念葉をまき散らす聖鎧を片手で掴んだかと思うと後ろに放り投げる。
ぎらぎらとした輝きを持つ鎧が、太陽光を受けてきらきらと放物線を描くのをギャラリーは展開についていけず、ただ見送るだけだ。
そうしてのしのしと二人に歩み寄ったオーガ父が、その場にしゃがんだ。
そして、にっかと笑ったのだ。
ゴブリンさんの肩と、オーガ娘の肩を抱くようにしてゆっくりと立たせるその姿はひどく温かいもので、周囲からどぉっと歓声があがる。それは、森を揺るがす歓声だった。
「ぐ、ぐる、るおおお……」
「ぐぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃ……」
満身創痍のゴブリンさんを抱き上げて優しくほおずりするオーガ娘と、それに照れながらも幸せそうに笑うゴブリンさん。
そしてそれを見守るオーガ父はどこか寂しそうだけれど、誇らしげだ。
まるっきり会話はわからなくとも、これはまごうことなき大団円。
ちょっと聖鎧とか伝説級の代物が飛び入り参加してどこかに飛んで行ってしまったのは困るけれど、今は友の恋が実ったことに喝采を送ろうと冒険者たちは観客席と化した場所から飛び出した。
「やったなゴブリンさん!」
「結婚式には当然呼んでくれるよね!!」
「よかったーよかったよおおおおお」
「とにかくまずは傷を癒しませんと!!」
冒険者たちの声に、ゴブリンさんがきょとんとしてからニッカと笑う。
そして拳を突き出した。
ボロボロで、触れたら痛そうだと思うのに――冒険者たちは顔を見合わせて、痛くない程度に触れ合わせるよう、自分たちも拳を突き出した。
その様子にまた周囲にいたモンスターたちがやんややんやとはしゃぎだす。
「お前ラ……ありがトナ!!」
笑うゴブリンさんが、なにかをオーガ娘に言えば彼女もまた冒険者たちににこっと笑いかけてくる。ちょっと顔が怖いが、きっと彼らを歓迎してくれているのだろう。
そう思えば愛嬌ある顔に見えてくるのだから人間の認識って不思議なもんである。
いつの間にかジャイアントアントやらリザードマンやらが巨大な酒樽を運んできて、飲めや歌えの大騒ぎだ。
ハーピーやらドライアドが花で編んだ冠を主役二人に載せて、オーガ父が戦斧から巨大なジョッキに持ち替えて掲げて吠える。
その声は巨大でやっぱりびりびりと周囲にいた者たちを震え上がらせたけれど、今度ばかりは誰もが笑顔だった。
女神官の癒しがなかなか効かないゴブリンさんは満身創痍のままで、オーガ娘に抱えられたままというのが何とも締まらないけれど。
「んぁ、でもよー、村娘ちゃんのことはどーすんの?」
「……そコハほら、お前ら助けロクださイ」
ほんのり酔い始めた盗賊男の問いに、ゴブリンさんがスンッ……と表情をなくして懇願する言葉を発した。
だがそれを耳にした冒険者たちは一瞬同じように表情を無くして黙り込んだかと思うと、それぞれが別の方向を向いて見知らぬモンスターたちと歓談を始めたのだ。
それを見てゴブリンさんが愕然とするのを、オーガ娘がおろおろと介抱するのであった。
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