第38話

 冒険者たちの心配は、杞憂に終わった。

 そう、ものすごく拍子抜けなほどに杞憂に終わったのである。


 なぜかって?

 それは、ダンジョンの入り口までやって来たゴブリンさんは以前オーガ兄に案内された道を通って最深部に行くのかと思いきやその隠し通路側に行ったかと思うと壁をぽんぽんと探るように触り、何やら仕掛けを発動させたのだ。


 びー。


 ちょっぴり間抜けな音が小さく聞こえたかと思うと、地鳴りが響いてなんとオーガ父が現れたのだ!

 それでいいのかダンジョンのラスボスが!!


 そう冒険者たちが心を一つにして思ったものの、口からそれがツッコミとして出ることはない。だって怖いし。

 ゴブリンさんにはツッコめても、巨躯とそれに見合った怪力を誇るオーガの、しかもダンジョンの頂点に立つ存在相手に下手なことをして軽いじゃれ合いと称したフルボッコは遠慮したいのだ。


「ぐるおおおおおおおおおおお!」


 オーガ父は一行を目にして息を吸い込むと、大きな咆哮を轟かせる。

 洞窟の入り口から森に向けて放たれたそれは大気を震わせ、周囲の動物たちを委縮させた。勿論、冒険者たちも例外ではない。


 例外ではない、が。

 彼らは知っている。


「……オーガのおっさん、相変わらずだな……」


「あれ、あたしたちを歓迎してくれているのよね……多分」


「そ、そうじゃねえ? ほら、なんかゴブリンさんのこと高い高いし始めたし」


「いえあの、ゴブリンさんの姿が見えないくらい高く飛ばされましたけどアレ大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫じゃねえの、ゴブリンさんだし」


 あの咆哮を人間の言葉に意訳するならば『遠路はるばるようこそ、歓迎するぞ!!』辺りなんじゃないかなと冒険者たちは判断している。

 そしてそれは割と間違っていないのだから、彼らの順応力も相当なものなのだ。多分他の冒険者が見たら腰を抜かすか挑みかかって敗北を喫するかなのだが、まあそこのところは意思疎通ができなかった悲しい結末というやつになるのだろう。


 ……そもそも、オーガ父クラスのモンスターともなると冒険者も現れないようなところにいるのでまともに戦える冒険者がどのくらいいるのかなどということは別として。


「あ、ゴブリンさん落ちてきた」


「涙目じゃないですかねあれ」


「オーガのおっさんも気づいたか?」


「あっ、誤解してるわね。あれは楽しんでると思ってるわね、ほらもう一回投げられた」


 のんびりと空を見上げる冒険者たちであるがゴブリンさんからしたらたまったもんではない。デッドオアアライブな高い高いとかなにそれ誰が喜ぶの。

 そもそもゴブリンさんは成人済みなのだから正直この扱いには納得しかねるので何度目かの雲の上の世界を体験したところでようやく止めてもらえて嬉しさに泣いた。

 決して怖かったわけではない。


「ぐるるるる」


「ギッ、ギギッ、ぐ」


「……ぐるぅ?」


 そしてオーガ父とゴブリンさんが向かい合って話を始めるのを見て、冒険者たちは地べたに座り込んだ。

 長丁場になるかもしれない、そう思ったからだ。

 だがその様子を眺めながら、盗賊男が苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、ゴブリンさんたちを指さした。


「……なんでアイツら正座してんの。ねえ」


「俺に聞くな」


「ねえ!!」


「あたしたちにも聞かないで」


 巨躯を誇るオーガと、その半分以下の大きさしかないホブゴブリンが地べたに正座で膝を突き合わせている姿は、なんだかとっても微妙だ。本人たちはとても真面目な様子なのが何とも言えない。

 傍目には親が小さな子供の悪戯をお説教しているかのようにも見えなくないのかなあ、なんて男戦士が思っていたとかいないとか。


「グオオオオオオ!」


「ギャッ!ギャッ! ギギギギ……!」


「ブフゥン!」


「グゲェ……」


 そして正直冒険者たちにはわからない、モンスター同士の会話が長らく続いていたところで動きがあった。

 それまで退屈さにとうとうダンジョンの中から出てきたジャイアントアントから蜜入り紅茶などを出されてもてなされていた冒険者たちもハッとする。

 

 正座状態から華麗にバク転を決めたゴブリンさんがいて、そしてそのゴブリンさんが正座していた場所にはオーガ父の拳がめり込んでいたのだ!

 ごぅん、と一拍遅れて風が女神官の髪を揺らした。拳による風圧なのだと知ると、冒険者たちの背中を嫌な汗が伝う。お茶を持ってきてくれたジャイアントアントはいつの間にか穴を掘って避難していた。ずるい。


「オ、オ、オ、オオオオオオオ……!!」


 ニタァリ。

 まさにラスボス、その笑みを見せつけるようにしてオーガ父が拳を地面から抜き去って咆哮を上げる。

 そしてまるで丸太のようなごつい腕をゴブリンさんに突き出すようにしてブゥンと音をさせて肩慣らしをするかのように一回転させてから力こぶを作って見せる。


 対するゴブリンさんは低い体勢の構えから、腰に差していたククリナイフを抜いた。

 刃のある方に『く』の字に曲がった独特のその大ぶりなナイフは、陽光を受けて鈍い光を放っている。


「ど、どうしたんでしょうか……!」


「あれだな」


「どれだよ」


 したり顔の男戦士の言葉に、盗賊男が突っ込む。

 そんな場合じゃないんだけどつい。なんかもう、この森でゴブリンさんたちと過ごすようになって彼らもまた、ちょっとずつ感覚がずれていっているのだと思われる。


「定番のアレだろ」


「なによ、定番って」


「ゴブリンさんが『娘さんとの交際を許可してください』って言ったからオーガのおやじさんが『娘と付き合いたいなら実力を示してもらおうか!』ってなったんだろう」


「えっ、命がけの力試しじゃん。こわっ!」


「まあそこはモンスターだしな……」


 うん、と頷いた男戦士を窘める者はいない。

 だってみんな同じこと思ったからね!


 そもそも見た目で判断しては失礼かもしれないが、オーガ父があまり穏便に話し合いを好むようなタイプには見えない。ぶっちゃけ腕力に物を言わせて解決する、納金タイプだろう。絶対。

 

 だから友人の息子だからとりあえず話も聞いたけど、最終的に殴り合いをして許す気に違いない。ほら、親として体面とかあるからね。わかるわかる。

 でも是非体格差とか能力差とかを考慮してあげてほしい、と冒険者たちは思わずにはいられない。


 ゴブリンさんはホブゴブリンだし、ゴブリンシャーマンとオークのハイブリッドだから普通のゴブリンよりは強いであろう事はわかっている。

 それでも気の良い優しい青年(?)で、基本的には必要最低限の狩りをして村を守って畑を耕すようなゴブリンなので(?)戦闘を生業とするダンジョンの、しかもラスボスであるオーガ父とはそもそもレベル差が激しい気がするのだ。


 最悪助太刀を考えなければならないだろうかと思う盗賊男だが、男としてそこに水を差すのもできないから応援を精一杯しようと彼は鞄からとあるアイテムを取り出した。

 それはラッパだった。

 女戦士に速攻奪われて、さっさとしまわれてしまった!


 どこまでも報われない男なのであった。

 善意なのに! 善意でしかないのに!!

 応援といえばなにか音が必須だと思ったから取り出したのに……そう供述する盗賊男に、女神官が何とも言えない視線を向ける。


「……でもモンスター寄せの効果があるラッパはいかがなものかと思いますよ……」


「ゴブリンさんの決意を見世物にするつもりかアンタはァ!!」


「そんなつもりはなかったんだよおおおおおおォォ!」


 真剣勝負真っただ中の真横で、応援団もまた真剣勝負真っただ中であった。

 主に盗賊男が今、女戦士に成敗されそうだから。


 ゴブリンさんは助けを欲してはいなかったが、盗賊男は助けて欲しいのだ。切実に!

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