第36話

 聖なる鎧、勇者の証。

 そんな伝説的な存在に認められたのは、ホブゴブリン。


 誰がそれを耳にして、信じるだろうか?

 それならばまだ、どこか地方の農村の、貧しいけれども清らかな心の持ち主が選ばれたと言われた方が信憑性しんぴょうせいもあるというものだ。


 しかもその鎧を見つけるに至る道程が、やはりギルドに報告したところで信用してもらえないこと請け合いと来たものだから冒険者たちはもう適当にでっちあげよう、と良い笑顔で互いに頷いた。


 なんせそもそもがホブゴブリンのゴブリンさんに手伝ってもらう……この段階で魔物と意思疎通どころか友情を結んでいることが信じてもらえないと思われる。


「まず頭がおかしくなったって疑われるわ」


 盗賊男の言葉に、全員が頷いた。


 そして森の守護者と化した、当初討伐対象であるリッチが実は女装癖のある、しかも過去大賢者の弟子であった上に王国の命により不死の法を探した結果リッチになったという知ってはいけない事実を知った感じである。

 リッチといえば非情で冷酷、普通に考えたらどこかのダンジョンのラスボスとして存在していてもおかしくないはずなのに裁縫と家事が得意で歓迎は美味しいお菓子だけど人見知りだからぬいぐるみが代理で置いてあるとかどう報告して良いのかさっぱりだ。

 その上、ギルドでもちらっと噂程度に情報のある『泉の女神』は実際には精霊の一種であり、森の守護者たるリッチとはお茶仲間とかもうどうにも報告しようがないではないか。


「これに関してはそうそう元々エンカウントするものじゃないし、人見知りが極まって人前に出てくることもないだろうし、住処まで到達するのはなかなか大変そうだから放っておいていいんじゃないかな」


 女戦士が言えば全員がそれに賛同の意を示して頷いた。


 その後はドライアドの協力を得て勇者の痕跡を追ったところで賢者の日記と、それを保持するエンシェントドラゴンに出会った。

 そこで賢者が勇者に出会って固定概念というものから脱し、真なる己を見つけた……等書かれている内容から彼の、或いは彼女の苦悩が伺えた。

 勇者が神によって召喚されたという伝説を根本から覆えすようなその日記帳からは色々な裏事情が冒険者たちからすると大変なことを知ってしまった感が拭えない。

 その上で大賢者と勇者に協力したというユニコーンが現れ、知りたくもない裏事情を更に聞かされるという展開だ。


「……少なくとも大賢者さまがご自身の性別でお悩みになり、そのお立場からの苦悩を勇者さまによって取り除かれて自由になられたということは良いことだと思います。ただ、それを世に広めるのはきっと意見も様々でございましょうから黙っておくのが吉かと思います」


 繊細な問題でもあるのだろう、女僧侶の言葉は重みがあった。

 清廉潔白であるとか人の規範として描き出された勇者や大賢者の存在が、王国によって作り上げられた上に彼らによって追われたなどという事実は誰にとっても喜ばしいとは言えないのだ。


 その上で出会った魔王と呼ばれる巨大カマドウマとその舎弟だという魔力あるタマムシに導かれて、人工的に作られた洞窟の奥で眠る聖鎧を発見したらそれはいずれの種一つが傑出したものとならないようバランスをとるために、意図的に『魔王』を造りだしそれを衰退させるためのシステム、というやつだというのだ。


「……こんなんギルドに報告したら良くてもイカれたやつらってンで修道院に追いやられるか、国から暗殺されるかのどっちかだよなア」


 冒険者たちのリーダーでもある男戦士が深くため息を吐き出しながあ、そう言えば他のメンバーも沈鬱な表情で俯きながら目の前の焚火を眺めるだけだ。

 ぱちぱちと爆ぜるそれを眺めていると、どこからか野兎を何羽か仕留めてきたらしいゴブリンさんがひょっこりと戻ってきた。


「話シ合いハ、終わッたノか?」


「おう、まあ結局話さないにしても、何をどう伝えてこの森に探索の手を伸ばさせねえのか、とかそっちの方が課題だなコリャ」


「ソウか、トりアえずウサギのシチューでも作ロウ。腹が減ッテたら何モでキナい」


「悪いな、気を使わせてよ」


「気にすルナ、パイセンとタマムシなンてモう勝手にドッカ行った。……『行軍』してコっちニ来ナいとイイけド」


「止めろ不吉なフラグを立てんな!」


 カマドウマパイセンによる行軍……つまりまあ、逃げ惑う美味しそうな巨大昆虫パイセンを追っかける魔物たちが列をなして動くさまを表現した言葉であるが、周囲からすれば大変問題行動である。

 巻き込まれればこちらが大ダメージ、ついでにその間にパイセンは逃げおおせているというのだから事実を知っていると腹立たしくもある。


 だから案内を終えた彼らが勝手に離脱してどこに行こうがこちらの知ったことではないが、それに巻き込まないでいただきたいと切に願うばかりなのだ。


「ウサギ捌くのはこっちでやるよ」


「お料理もしますね、ゴブリンさんは少し休んでください」


「ソうカ? じゃア、頼ム」


「じゃあアタシは鍋を用意する」


 盗賊男と女僧侶に野兎を託したゴブリンさんは、一人残された男戦士の横に腰を下ろす。

 当たり前のように仲間として過ごしてきた間柄だ、彼らの中ではこうした動きはもはや日常とも言えた。


 人とモンスター。

 いや、この場合はモンスターではなく、異種族と呼ぶべきなのだろう。

 だが異種族を敵と言い始め、わかりあえないと言い出したのかはもはやわからない。


 だが大昔の出来事の一端を垣間見た彼らからすると、それはあくまで誰かによって作り出された状況で、それを打破する方法はいつでもそこらに転がっていたのではないかと思わずにはいられないのだ。

 彼ら冒険者たちが、ゴブリンさんと出会ってから今日まで過ごした、他愛な……くもない日々を考えれば。


 かなりショッキングなことも多いし、できれば人間の常識ではちょっと理解できないなということからは目も背けたいし、純粋な目でこっちを見ないで! ということだってなくもなかったけれども、なんだかんだ上手くいっているのも事実なのだから。


 事実、自分たちは友人だと冒険者たちも胸を張って言えるだろう。ゴブリンさんが聖鎧に対してそう宣言してくれたように。


「なあゴブリンさん、帰る時リッチんとこ行ってどう報告したらいいのか良い知恵もらいてえから寄り道していいか?」


「イイゾ、そうダな、リッチのジジイならキッと、上手いコト、まトメてクれル」


 うんうんと頷くゴブリンさんに、男戦士が焚火で温められていた飲み物をカップに入れて差し出せば、彼は疑うことなくそれを受け取ってぐびりと飲んだ。

 相変わらず顔は怖いし顔の判別ができないから自分たちを持ち物で判断している節があるというか事実その通りなのだけれど、そんなゴブリンさんだが男戦士はその行動ににっかりと笑った。


「ま、この騒動が終わったからってたまにゴブリン村は行くからよう」


「イツでも来ル、歓迎スる」


「……その頃には村娘ちゃんもどうにかしねえとなア?」


「グッ」


 同じ村の人間に痛めつけられた挙句にゴブリンへ生贄にと放り出されたとある少女が、人間不信になってゴブリンさんに球根を続けていることを忘れたわけではない。むしろそれがきっかけで冒険者たちは出会ったのだから、忘れてはいけないのだけれど。


 とはいえ、今の所彼女の意志は固く、なかなか人間の世界には戻れそうにない。

 最終的にどうしようもないならば、ゴブリン村では彼女を仲間として受け入れること自体は問題ないと言ってくれているのだけれど……ゴブリンさんは彼女を妻にする気がない、そこのすれ違いだけは彼らの問題なのだ。


「……男戦士」


「なんだ?」


「寄り道、オデも、シタイ」


「え?」


「……覚悟を、決めタんダ……!!」


 きりっ。

 そういう効果音が聞こえそうでいまいちゴブリンゆえに凶悪なその表情を見て、男戦士はただ息を呑むしかできなかった。

 別に怖かったわけではない。

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