第35話

 勇者は、そなたに。

 その言葉がキンとその場にいた者たちの頭の中に響き渡る。

 どこか誇らしげに、それを定めるのが当たり前であるかのように、傲慢に、朗々と。


 栄誉だろう、嬉しいだろう、そういった感情が透けて見えるような声だと誰かが呟いていた。嫌悪感を込めて。

 人に作られた精霊だという話だが、作り手の影響であるのか或いは長年に渡りそうなってしまったのか。

 それは冒険者にんげんたちにもパイセンたちにもわからない。

 渋面を作るホブゴブリンにも、また。


「エ、イヤ。めんドい」


 そして、指名されたゴブリンさんは鎧の言葉に対してにべもなく拒否を言い放ち、未だ気持ち悪くて自力で立つこともできない状態の女神官を外に先に出ていた仲間たちに預け、鎧の方を振り返る。


「オデ、今、幸せ。勇者、世界の平和、知ラナい。誰かヲ悪人ニスる、そンな必要も感ジてナイ」


 きっぱりと言い放つゴブリンさんは、どこまでもまじめな表情だ。

 ゴブリンだけに顔つきが醜悪でどう見ても喧嘩売ってるような顔に見えるのだが、それはあくまで人間側からの見解であったので冒険者たちは口を噤んだのだけれども。


 静かで穏やかなその口調は、それでも決然としていた。


「今の世界、悪イもんジャナい。誰かヲ悪者にシて平和にしテモ、どウせ繰り返スならそレニ任セタらイい。少なクとも、オデはイヤ。めんどイ」


「ゴブリンさん相変わらず男前発言だなっ!?」


「そうだよ、ちょっとはびっくりしようぜ!! 勇者認定されたモンスターって初じゃねえの!?」


「知ラナい。どうでもイイ」


 むしろ今ゴブリンさんはさっさとここでの要件を終えて、行きたい場所があるのだ。

 勇者になるということがどれほどのものであろうと彼には関係ない。だってゴブリンだもの。


―― ……最弱のモンスターとして虐げられる同胞はらからを救いたいとは思わないのですか。同族を、同種モンスターを虐げ屠ろうと凶刃を振るう人間族から、覇権を取り戻し平和を築き上げたいと思わないのですか?…… ――


「ソレ」


 ゴブリンさんは首を傾げる。

 そして冒険者たちを見る。


「どウシて、そウ、決メつけタ?」


―― ……なんですって?…… ――


「かツテの勇者モ、オデたチと、分かり合ッた。今モそう。冒険者たち、良い人間。オデたち、友達。顔わカンないケど」


「まだ見分けつかないのかよ!?」


「バンダナついてる! 盗賊男!!」


「それ顔じゃなくて持ち物で判別だよな!? この野郎!!」


 ゴブリンさんにヘッドロックをかけつつ、盗賊男の顔には笑顔が浮かんでいる。

 友達、そう彼がきっぱりと言い切ってくれたことに喜びが隠せないのだろう。ほかの冒険者たちも、照れくさいやら何やら、そういった様子を見せていてパイセンがそっとどこからか取り出したハンカチで涙を拭う仕草を見せていてなんともカオスでありながら微笑ましい。


「いや、お前さん涙出ないだろう? っていうかハンカチとかどっから出したんだよ?」


――こういうことはね、ちゃんと様式美にのっとらないと!!――


「虫に様式美を語られてもなあ」


『アハハハハハハ、パイセンこれでも魔王とか言われてるのに虫ってきっぱり! きっぱり!!』


 すっかり鎧の声にかき消されていたパイセンの声も、部屋から出るとなんとか聞き取れる程度に戻ったことに冒険者たちはほっとする。

 それでもなんとなく巨大カマドウマの声が聴けるようになって安堵するというのも納得しがたいものがあって女戦士の顔が微妙にひきつったのだけれど、それを誰かが指摘することもなかった。


「じゃッ、そウイうコトで」


―― ……お待ちなさい! 世界の安寧を担う立場に選ばれた、その栄誉を捨てるというのですか!? 貴方もあの人間も、なぜそれがわからないのです!?…… ――


「だってオデ、今、幸セ。人、モンスター、共存難しイ。知ッテる。でモ争い、消エない。絶対、消えナい。ケド、それデ、いい」


―― ……なんですって…… ――


 ゴブリンさんがきっぱりと言う。

 そして獰猛な笑みを浮かべたかと思うと、彼は言葉を続けた。


「戦ウ、生きる本能。満たサレれば他、優シク、できル。飢え、無理ダ。争イタくて争ウ、違う。モンスター、人間、動物、みんな、生キル、必死」


 だから争いは消えないと言い切るゴブリンさんに、冒険者たちは息をのむ。

 それは真理だと思ったからだ。

 生きるゆえに人は食べるし、モンスターや野獣と戦う。

 モンスターたちも同様に。

 それは『生きる』からであって、食うか食われるかの状況はただ生きるためのもの。


 鎧のいうことも正しいのかもしれない。

 人問わず、どれか突出した種族を『悪』と断じ他種が総力で戦えば、平均的な世界をがやってくるだろう。

 それは、ある意味で均衡を保つもの。

 どの種族にとっても平等であり、どの種族にとっても危惧を覚えるもの。


「……そりゃまあ、勇者が危険物ってレッテル貼るのも納得だよなあ」


「なんてもんを先人は作っちまったんだろうなあ」


「まあおそらくは人間種を優遇するために作りだした、ってところなんでしょうが……人格を持った鎧がまさかこんな破綻した性格だとは思わなかったんでしょうね」


「と、いうか……独自の理論をもって進化したのかもしれません」


 冒険者たちが冷静さを取り戻して小さく自分たちの意見を述べ合ったところで、ゴブリンさんが彼らと合流した。

 本当にあの鎧に関して欲するところは一つもないらしかった。

 一応あれな性格の精霊が宿っているとはいえ、聖鎧である。プレミアどころでは話にならない貴重な代物で、少しくらいは惜しむかと思いきやそんなことは一切なかった。


 なにせゴブリンさんからしてみれば、今身に着けているレザーメイルは一人前の戦士になった証として彼が尊敬していたゴブリン(今は引退して村の鍛冶師をしている)が贈ってくれた大切な思い出の品なのだ。

 どんなに性能が良くとも狩りをして農耕をして、という普通の生活をするゴブリンさんからしてみれば、必要のないものだったのだ。


「いいのか?」


 それでも念を押すように男戦士が訪ねれば、ゴブリンさんは首を振って歩き出す。

 冒険者たちも虫たちもその後に続いた。


 キンキンとまだ聖鎧から文句を言う声が聞こえたが、もはや興奮しすぎて何を言っているか判別はできず、ただただ耳障りなだけだ。


「イイんダ、オデ、あの鎧、要らナイ」


「そうか、俺たちもあの鎧についてはこっちの方角に勇者が持って行ったらしいことまではわかったと報告してあとはぶん投げるつもりだ」


「そうそう、モンスターが強すぎて俺らじゃ進めませんでしたーってね!」


 男戦士の調子に合わせるように、盗賊男が軽く言って笑う。

 その二人に、ゴブリンさんもにっかと凶悪な笑みを浮かべた。


「それでも最強の鎧って噂だけどね、良かったのかい? 狩りとかで盾役になれたろうに」


「イいんダ」


 女戦士の言葉もどこかズレた利用方法であったが、ゴブリンさんのことを思ってであることはわかったので彼も気にする様子はなかった。


「オデ、あんな悪趣味色の、派手鎧イヤ」


 きっぱり言い切ったゴブリンさんに、うるさい羽音がブィンブイィンと近づく。


『ひどくない!? ひどくない!? あのカラー、オレっちとおソロよ!?』


「尚更、イヤ」

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