第34話
それは、声と呼ぶには少々違う気もした。
だけれどそれが『何か』と説明できる者はこの場にはおらず、冒険者たちが若干の気味悪さを覚えて引け越しになり、各自武器に手を伸ばした辺りは流石というべきなのかもしれない。
だがゴブリンさんとパイセン、それにタマムシは動じることもなくずんずんと進んでいく。
彼らのその様子に顔を見合わせて、冒険者たちも警戒したまま進む。
作り上げられた人口の洞窟は、程よく人が通るに適した広さを保ったままくねくねとあちらへこちらへと、これは確かに迷子になること請け合いだ。
「これ、探査の魔法とか妨害入ってら」
「妨害の魔法ってなア、かなり高度なモンだったな」
「ああ……やっぱ賢者ってなァすげえ存在だってこったな」
「……これ、見つけたけどマッピングできなかった、でギルドに報告すりゃいいんじゃない?」
「捜索隊を組まれて余計
マッピングを試みようとした盗賊男が感心したように妨害を呟けば、男戦士が納得したようにうなずく。
そんな彼らの会話を受けて女戦士が提案をすれば、それに対して男戦士が吐き捨てるように答えた。
もっともなその意見に、冒険者たちは全員なんとも言えない顔になったが、それ以上何か良い案が思いつくわけでもないしゴブリンさんたちは歩みを止めない。
『ここだよォ』
タマムシが入口らしきところでふわりふわりと円を描くように飛びまわる。
特別、魔法がかけられている様子はないことを冒険者たちが確認して足を踏み入れれば、そこは様相が異なった。
女神官が唱えた明りの魔法に照らされたそれは、まるで神殿の一角のように美しく均され壁には装飾が彫られる程の凝りようだ。
―― ……ようこそ、いらっしゃいました。ここにその虫けら以外が来るのは一体どれほど久しいことか。歓迎いたしましょう…… ――
「ま、またあの声!」
『それがアンタたちがお求めのレディだろー?』
「……レディ?」
ブゥン、と羽音をさせてタマムシが奥の一か所で動きを止める。
それを視線で追っていた一行が、息をのむ。
ゴブリンさんとパイセンはつまらなそうに、壁の装飾を眺めるだけだったけれど。
「……これが、まさか、聖鎧……か?」
「えっ、嘘……錆びついてるじゃない!」
「いやまぁ放置された年月考えたら原型留めてるだけいい方じゃ」
「いえ、お待ちください。みなさまお忘れではありませんか、先程の声とあの日記に記されていた話」
はっと何かに思いを至らせたらしい女神官の言葉に、全員が顔を見合わせる。
距離をとっても特に何か罠があるようでもないし、魔法がかけられている様子もない。
なによりちょっともう姿は見えないけれど、タマムシが鎧の周辺にいても問題が起きていないのだからきっと安全なのだろう。
―― ……そう、警戒することはありません。ワタシは鎧の精。かつて魔王という脅威から世界を救うために、勇者がまとった鎧に宿る精です…… ――
きぃん、と耳障りな音が言葉になって全員の頭の中に響く。
鎧の精と名乗った割には姿を見せないその精霊に近づくべきか、或いはもう姿を見せないだけで自分の傍らに存在するのか、冒険者たちがじっとりと気分の悪い汗をかく中でゴブリンさんが壁を見ることに飽きたのだろう。
ぺたぺたと鎧に歩み寄り、ぐるりとその周辺を歩いて回って「ふゥん」と呟いた。
「変ナ鎧。無駄ナ飾りばッカり」
―― ……さあ、ワタシを作り上げたのは人間なので、その美的センスは製造者の責任だと思いますが…… ――
「そウナのカ。なアお前たち、モウ目的は果タシたんダし帰ラなイ?」
「そ、そうだなあ。鎧が存在するってことはとりあえずわかったし……森の奥にあるらしい、くらいで報告したらいいんじゃない?」
「そうだな、その方がよさそうだ」
惜しいかな、とちらりとでも思わなかったわけではない冒険者たちだが、同時にここにたどり着くまでの間で『勇者が』その鎧を危険視して封じ込めたのだという事実を目の当たりにしているのだ。
自分たちの力量がわからないほど間抜けではないつもりのパーティだ、伝説の勇者がヤバいと言っていることを軽んじて行動を起こすほど過信はしていない。
それがどう『ヤバい』のかが問題だが、まだそれが良く分かっていない以上触れない方が良いのだろう。
―― ……どうやら誤解をされているようですね。ワタシは封じられているわけではありませんよ。かつての勇者は世界の平和のために作られたワタシを理解しえなかっただけの話なのです…… ――
「……なんだって?」
「面倒ソウ」
「ちょっとゴブリンさんぶった切っちゃダメ。そういうのは流石にちょっとあんまりはっきりきっぱり言いすぎると相手を傷つけるからね!? 特に女の子にそんなことしちゃだめですよ、拗れてご機嫌斜めになられたらゴブリンさん対処できるんですか!」
「ウッ、き、気をつケル」
「緊張感台無し」
「いつも通りだった」
すでにパイセンに至っては四隅の土を掘り起こしてミミズを探している始末だ。
こんな場所にミミズがいるのかもわからないが、とりあえずそちらは誰にも突っ込まれなかった。
―― ……世界は、常に『勇者』を求めています…… ――
「おい、なんだか雲行きが怪しい言葉が出始めたぞ」
「あっすいませんそういうの間に合ってます」
―― ……『勇者』に選ばれた者はワタシを装着し、無類の強さを振るい『魔王』を倒すのです。ワタシを壊せるものはいない。なぜなら、ワタシは世界を安寧に導くために生まれたモノだから!…… ――
悦に入った声が頭に響き渡る。
それは大きさというものを伴ってはいないはずなのに、ひどく頭が痛くなるものだ。
ゴブリンさんたちは先程から平気そうだと思ったが、彼らにとっても不快なのかパイセンは部屋の外からこちらを覗いていたし、そのパイセンの頭の上にタマムシがちゃっかり乗っかっている辺りやはり聖なる鎧はものすごい力を秘めていることがそこからも窺えた。
ゴブリンさんはただ眉を顰め、へたりこみそうになった女神官の腕をとって支えていたけれども。紳士か。
「超うルさイ」
―― ……世界でどの種族が長となってもならない。増え過ぎたるは世界のためにならない! 一つの種族だけが強さを誇ってはならない! 世界は悪を求めている! その悪を懲らしめるために心を一つにするのです!!…… ――
「うわ、なんかイっちゃってるよ。どうする、なあ」
盗賊男が頭を押さえながら男戦士に問えば、彼もまたその『声』に苦しみながら言い切った。
「この部屋を出るぞ。マジでヤベエ」
―― ……無数の有機体を弄り一定の確率で狂う個体を生み出した先には生き物は手を取り合い立ち向かった! けれどそれも短い間! すぐに互いに争いあう!…… ――
彼らのことなどお構いなしに、鎧から殷々と『声』が響き続ける。
その内容を冒険者たちは聞いていなかった。
なによりもひどい頭痛に悩まされたからだ。
男戦士が女戦士を支え、盗賊男がよろめきながらその後に続く。
女神官はゴブリンさんが支えて最後に出る時に、安置されている鎧が輝き始めたのだ。
―― ……そうです、そこのホブゴブリンよ。次代の勇者は、そなたに決めましょう!…… ――
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