聖鎧 編
第33話
「おいパイセン、そのあんたの舎弟ってなぁどの程度の大きさなんだ?」
――ええ? そんなこと言われてもなあ。我、人間の尺度はよくわからないよ。でも一般的なタマムシと同じ大きさで、魔力だけはタップリだよ――
『魔力だけって! ひどく無いっスかパイセェェェェン!?』
――ああもう、うるさいなあ! お前の念話はただでさえ大きいんだからせめてテンションだけでも大人しくなりなさいよ!!――
バッと垂直に跳びあがるパイセンが苦情を申し立てるものの、冒険者たちには薄暗い洞窟の中で会ったこともないタマムシを探せと言われても正直どうしたらよいのかわからない。
いや、普通に考えてタマムシは生きている間に何回も見かけているが、魔力を有したタマムシ一匹を割と広めの洞窟の中で探すなんてよくわからないことをしたことがないっていうだけの話なんだけれども。
「オデ、知ってる。パイセンのタマムシ、普通のタマムシ。大きさ、同ジ」
『ちょっと! 語弊ある言い方しないでくれるかな!? 誰が誰のだ!!』
「タマムシ、パイセンの舎弟。間違っテルか?」
『や、違わない。そこは認めるさマイフレェェェンドッ。だけどその舎弟って単語を抜かしちゃだめなんだ! そこんとこシクヨロぉぉ!!』
「……オデ、お前、苦手」
うんざりした顔をするゴブリンさんだが、どうやら彼の言葉で考えるなら普通のタマムシと同じサイズ……ということは彼らが知るタマムシと同じ、で、やっぱり当然一匹な訳で。
タマムシってなんだっけ。
魔力ってなんだっけ。
若干ありとあらゆる物事から逃避しかかった冒険者たちだが、さりとてそのままというわけにもいかない。
なにせこのタマムシという蟲、もまあ普通に考えてマトモなタマムシでないことはもうわかっている。
そもそもこのテンションで念話するタマムシが大量にいてたまるかって話なので、できたらもういっそのこと金色に輝くタマムシとかでいてくれてもかまわないのにと思ってしまう辺り冒険者たちも疲れているんだと思う。
「あ、イタ」
「えっどこ!?」
「パイセン、じっトスる。間違エて潰ス」
――どこを!? なにを!? だ れ を ! ?――
ゴブリンさんの不穏なセリフに思わず悲鳴じみた声が上がったが、誰もそこは止めない。
武骨な指が巨大カマドウマの背に伸びる。
『あははははは、見つかっちゃったねえ! コングラチュレーッィィィィションッ!! 今夜のパーリーの主役は君だっ!』
「ドうデもイい。パーティーもしナい。トりアエず黙レ」
摘まみ上げられた手をすり抜けるようにしてゴブリンさんの指をよじ登るのは、確かに誰もが知るタマムシだった。つやりとした硬質な輝きに覆われた外殻。
ブ、と音を立てて羽を広げ冒険者たちの間を飛び回り、一周すると魔法で自身を光らせる。そうすると元から艶やかな羽が光を反射させてキラキラとするのだ。
『やぁやぁ人間諸君! ゴブリンさん! パーリーしに来たわけじゃなさそうだしパイセンが一緒だから行軍の苦情って可能性かな!? アハハハハハ! アハハハハハ!!』
――苦情ってなんだよ、我、悪いことしてないからね!? 追っかけられたから逃げて人間に退治をお願いしてるだけだからね!? ついでに美味しいものあったら食べてくけど!!――
『いいじゃないっスか、パーリーしましょ! パーリー! そしたらみんな仲直りッ! レッツパーリィィ!!」
「パイセン、タマムシ、両方黙る。そノ方がイい」
ふるふると首を左右に振るゴブリンさんだが、この異様な空間に冒険者たちは何とも言えない顔をするばかりだ。
なんたって、冷静に考えて欲しい。
ホブゴブリンのゴブリンさんに連れられて……はもうどうしようもないのでそこは突っ込まないとして、それ以外にも同伴者が巨大なカマドウマだっていうだけでもようやく飲み込んだ、というか諦めたのに!
今度はやたらハイテンションの、タマムシだ。しかも自力で光ってる。その上周囲を飛び回るもんだから洞窟内部の暗さに慣れた彼らの目がちかちかするのだ。
「ちょ、ちょっと飛び回るの止めてもらっていいか?」
「わあ、今こっちきた! ちょっとやめてよ、髪の毛に絡まったりしないでよ!?」
「いって!! おま、腕振り回すなよ、こっちに被害がくるじゃんか!」
「だ、だって……ちょ、やだ止めてよ耳元で飛ばないでぇ!?」
暗がりの中で慌てる冒険者たちに、甲高く笑うタマムシ、呆れるゴブリンさんと寛ぎ始めるカマドウマ。
なんともまとまりのないその状況だがどうしようもなかった。
ひとしきり騒いだ後に、冒険者たちがゼイゼイと肩で息をする状況になってからゴブリンさんはやれやれと言った様子でタマムシを指で押さえつけながら問うた。
「パイセン、教えテヤって」
――嗚呼、うん良いとも。タマムシ、この人間たちは例の鎧が見たいんだそうだ。別に危害を加えてくるわけじゃないし、最低限礼儀はあるしゴブリンさんの紹介だから案内してやってくれ――
『ええー』
――ええーじゃない! お前吾輩の舎弟だろ!?――
『でも今回こっちにメリット無しじゃないっスか! それにオレっちそろそろ繁殖期で今可愛いレディたちに求められすぎてちょっとロンリーナイトが恋しくなってここで羽を休めてたところなんスよ?』
――あ、吾輩の禁句に触れる。お前早く案内しろ、でないと吾輩も最終手段に出るからな!?――
『げえっ! わ、わかりましたよ、ちょっとしたジョークじゃないッスかぁ……』
繁殖、その言葉にピリッと苛立ちを見せたカマドウマパイセンがワシワシ動いて恫喝すると、タマムシはにゅるりとゴブリンさんの指の下から這い出して渋々輝きながら誘導するように冒険者たちの前を飛び始めた。
あまりにも素直に従ったタマムシに、盗賊男がゴブリンさんの耳元でこそりと尋ねる。
「最終手段ってナニ?」
「世の中、聞かナい方が幸セナことタクサン」
「えっ、なにそれ……あっ、やっぱいい」
食い下がろうかと思った盗賊男だが、ゴブリンさんの指がカマドウマパイセンの腹を指さした辺りで何かを察したらしく顔色を悪くする。
他の冒険者たちもこの話題はよろしくないと感じ取って、大人しく光が進む方向へと足を進めるだけだ。
幸いにも狭い洞窟ではあったが、奇妙なことに空気はとても清浄で、そして静かだった。
そして進むにつれてなだらかになる地面に、聊か違和感を覚えた彼らにカマドウマパイセンが気が付いて答える。
――この辺りは、
「作られた?」
――そう、きみらで言う大司祭だっけ? 賢者? まあどっちでもいいけど、彼だか彼女だかよくわかんなかったけど足踏みして地ならししてったんだよ、すごいよねえ!――
「……」
それは心がとてつもなく乙女で清らかな賢人のことであろうことは今までの道のりで理解できる、がそこまで人外だとは思いたくなかった。いや、エンシェントドラゴンを拳でのすんだからそのくらい逆にできて当たり前なのか。もうそれって人類と言えるのか?
そこは永遠の謎となったわけだが、誰一人疑問を口に出すことは恐ろしくてできなかったのである。
―― …… 珍しい 客人 で すね …… ――
そんな彼らを、不思議な声が出迎えたとしてももう彼らは誰一人として驚くことはなかったのだった。
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