第32話

 ――いやー助かったよ、我この通り魅力的なもんだからよく狙われるんだよね! ははっ!――


「ははっじャなイシいい加減自重シロよこのカマドウマ!」


 ――褒めるな褒めるな、照れるじゃぁないか!――


「……ゴブリンさん、今のどこが褒める要素だったんだ……?」


「多分、カマドウマってとこロ」


「アイデンティティそのままじゃねえか」


 ぼそりと呆れたように呟いた男戦士に、ゴブリンさんは力なく顔を左右に振った。

 そして語られた内容に、冒険者たちは眉を顰める。あまりにも、それは悲しかったのだ。


 生まれたカマドウマ、それなのに数奇な運命を経てこのように巨大化し、運命の悪戯で魔王とまで呼ばれたこの蟲は――そう、あくまでカマドウマだ。

 どう見たって、誰が見たって「あっ、カマドウマ!」っていうくらいカマドウマだ。

 ただサイズの問題があるだけだし、ちょっぴり魔力もあるし、念話だって弱いけれど出来ちゃう器用さがあるけれども。


 彼は、未だに子孫を持てたことがない。

 つまり、生物としてカマドウマ以外の何者でもないのに生物としての証を残せていない、ということなのだ。それは、数百年生きているという段階でカマドウマとしてはおかしい話なのだけれどもパイセンはあくまでカマドウマなのであってカマドウマとしての生を全うしているつもりの彼からしてみると納得のできないカマドウマ生なのである!

 何せこの巨体だ、当然のように他の一般的なカマドウマたちが求愛行動に動き、産卵時期を迎える時に彼も恋の相手を探してはみるものの見つかるはずもない。


 それだからだろうか?

 魔王と呼ばれても、蟲の王を名乗っても、彼は虚しさを常に抱えているのである。

 だってカマドウマだもん。

 御大層な名前を名乗ったりしたいのはほら、ちょっとした見栄っていうか意地っていうか、ちょっとしたお茶目だったりっていうこともあるし……というのはパイセンの談であるがまあそれはあくまで余談である。


 とにかく、彼は孤独なのだ。

 多くのカマドウマたちは巨躯の彼を同胞とは認識せず、むしろ逃げ惑うのだから余計に悲しい。

 だから、カマドウマパイセンは『カマドウマ』扱いされるととても喜ぶのだ!!


 ……ということを道すがら説明された冒険者たちの哀れなものを見る目は生暖かさが大多数を占めていたのだとしてもまあ、しょうがないだろう。

 なにせ前を行くカマドウマ・パイセンは彼らがそんな会話をしていることなどつゆ知らず、時々そこらの草を食んではゴブリンさんに「サッサと案内すル!」と叱られてまたしぶしぶ歩き出すというマイペースさなのだから。

 そりゃこんなでかいのが暢気に草食んでたら極上の餌が転がっているとモンスターも集まってくるだろうよ……ついでにこのサイズのメスがいたら逆に怖い。このサイズに育つ子孫繁栄とか、正直御免被りたい。

 だっていやだろう、小型犬サイズのカマドウマがそこいらを跳ねまわるのを想像したくもないだろう!


 だから冒険者たちは決して悪くない。

 哀れにも思うし、迷惑にも思う、そんな感情が入り乱れたって彼らだって人間なのだ。


「それで? このまま洞窟に行くのか?」


 ――そうだよ、我、ちゃんと案内するから安心するといい。多分タマムシのやつがいると思うけど――


「そのタマムシって誰だよ? いや絶対蟲だよなわかってる、そのままだってわかってるけど一縷の望みが捨てきれない」


――タマムシは我の舎弟のタマムシの若造さ。ちょっと突然変異種で魔力を持って生まれたけど羨ましいことに普通サイズでね、我よりも激しい発光をすることができるよ! いつも我思うんだ、ヤバい時はあいつを光らせて囮にして、逃げようって――


「さらっと舎弟を囮にして見捨てる気満々のクズ発言出てきた」


「いやこれが蟲の世界の厳しさなのかもしれんぞ」


「イヤだそんな世界」


「大丈夫、パイセンとタマムシ、いい勝負。どッチも御互いを利用すルツもりデなんだかンダ上手クやってル。大丈夫」


「ごめんちょっとなにが大丈夫かわかんない」


 まあやはり一縷の望みどころか蟲の仲間は蟲だった。そのままだ。


 彼らは洞窟に行くが、そこにはモンスターの気配がまるでないことに驚いた。

 カマドウマ・パイセンはご機嫌な様子で鼻歌? のようなものを歌いつつ、どんどんと洞窟の奥へと進んでいく。

 彼曰く、ここは人工的に作られた洞窟で、鎧から発せられている気配・・をモンスターたちが恐れることからとても平和なのだという。


 ――ただ我、あの鎧から聞こえる声キライ――


「それってどんな声なんだあ?」


 ――なんていえばいいのかなあ。自分勝手なんだよね!――


「……パイセンが言うのか……」


 先程の舎弟に対する発言を考えると自分勝手発言はどうかなと思うのだが、まあそこはしょせん蟲なのかモンスターなのか虫なのかちょっと色々悩ましいところではあるのだがとりあえずそこは重要視すべきではないのだろう。というか踏み込むつもりは冒険者たちにない。

 だってカマドウマ・パイセンはやっぱりどう考えたって親しい隣人かどうかと問われるとちょっと……となるわけで、別に差別をしたいわけじゃない。これは立派な区別である。だってほら、魔王だしね!


 とりあえず、その鎧が勇者のものであったということは疑う余地もなく、だからといって素直に持って帰れるかどうかもわからない。とにかくその所在とよくわからない、声? というものについて確認が取れれば御の字だろう。

 報告するにしたって馬鹿正直に全部答えて色々押し付けられても面倒である。

 この森に来てからこの冒険者たちは、ちょっぴり色々人生について考えることが増えたのだ。


 今までの自分らの人生って何だったっけなぁ……なんてノスタルジックなことも考えたりしたが、とりあえずこの森に住まうゴブリンさんたちに迷惑が掛からない方向でなんとかまとめたいのだ。

 そこはパーティの中で揺るがない方針である。

 十分毒されている。


「見エテキタ」


「ゴブリンさんは大丈夫なのか? その声とやら」


「今のとコろ平気!! オデ、見る、初めテ。勇者、封印、だかラ大丈夫?」


「いやーもうその段階で色々アウトな気しかしないよな」


「そうだよね、封印されてる聖なる鎧って普通魔王とかが封印する側じゃん……」


 ――え、我そんな危険な真似しないしできないし。走るくらいしかできないよ! 魔王だけど――


「魔王だけど」


 それって普通に考えたら、すごいパワーワードなはずなのに……とこぼしたのは一体誰だったか。

 或いは全員だったかもしれないけれど、とりあえずは気にしないことにした。気にしたら負けである。なにと戦っているのかよくわからないけれども。


『あっれパイセンじゃないっスか! どうしたんスか、ちーっすちーっす! 人間サンたちもつれちゃって、これからまさかのパーリナイ!?』


 ――出会い頭にウザイよタマムシ――


 普通の会話レベルの念話が響き、そのチャラさに呆気にとられた一向に対して冷静にツッコミを入れたパイセンが、冒険者たちを振り向く。といっても彼に首はないので全身で。


 ――今聞こえたのが、我の舎弟タマムシだ。良くしてあげなくて良いから、とりあえず見つけてみてくれるかな?――


 そのパイセンの声に、ぽつんと女戦士が呟いた。


「……鎧探しの前に蟲探しってなんの冗談、コレ……」

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