第31話

 ありがとう、ゴブリンさん。

 ありがとう、ゴブリンさん。

 君の尊い犠牲は忘れない……!!


 誰かがそんなことを言って涙ぐんだその背後で、ぐったりとして口から血反吐を出しているゴブリンさんの姿がそこにはあった。

 彼は結局のところ、父親の説得を跳ね除けることができずに村娘が準備した、彼のためだけ・・の黒い塊……ではなく、ちょっぴり焼きすぎてしまったらしいステーキを頬張ったのだ。横目に、オーク母が作ってくれた美味しい美味しい鍋を見つつ。

 おかげで冒険者たちは美味しい鍋をつついて腹を満たすことができたのだ。

 勿論、ゴブリンさんに鍋を少し取っておくことも忘れなかった。だが村娘の料理があまりにも破壊力があったのか、そのステーキもどきを食した後からゴブリンさんは突っ伏して虚ろな目をしていたのだから食べようがなかったのだけれども。


「それで、いつその……えっと」


「カマドウマ・パイセン……ゴブか」


「ああ、魔王とかだけど、話を聞いてくれるようなやつなのか?」


「大丈夫ゴブ。みンなは魔王、呼ぶゴブが気の良い蟲ゴブ!」


「蟲」


「ただ会いに行く、危険。覚悟がいるゴブ」


 どう考えても魔王と蟲が結びつかない冒険者たちだが、ゴブリン父の真面目な表情に揶揄われているとは思えない。というか、説明を聞いた段階でそれは理解しているのだがやはりちょっと理解したくないというか、カマドウマっていうか。


「カマドウマ・パイセン、敵が多いゴブ。巻き込み事故に気を付けて」


「巻き込み事故に気を付けて」


 なんだその標語みたいなアドバイス。

 思わず冒険者たちが思ったが、それはぐっと飲み込んだ。


「息子、胃が良くなったら案内すル、軟弱ゴブ」


「軟弱ってアンタ……押し付けたくせに……」


「何か言ったゴブか?」


「いやなんも」


 思わず声を漏らす盗賊男の口を塞ぎつつ、男戦士がゴブリンさんをちらりと横目で見れば女神官から胃薬をもらう彼の姿があって、なぜか涙が禁じえなかった。

 ごめん助けられなくて、だけど胃袋強化されてたのはゴブリンさんだけだったんだ。許して欲しい……!! そんな思いがあるが、申し訳なかったので彼は彼でできることはきっとしようと心に決める。なにができるかさっぱりわかんないけれども。


「ほらホラ、息子! 腹も満たされたゴブ!! 冒険者サンたちを案内するゴブ! 夜でないと危険が増すゴブ! こっちに絶対連れてくるだめゴブ」


「こっちに連れてくる……?」


「わかテる、うるサいこのくそったレ親父ぃぃぃぃぃ!!」


「ナント!? そンな言葉遣い悪い息子、育てた覚えないゴブ!!」


「息子ヲ犠牲する親父、くそったレ。世界共通」


 苦しそうな表情のまま、ゴブリンさんがゆっくりと立ち上がりながら父親に悪態をつく。

 だがゴブリン父も口では文句を言いながら、ちょっとは悪いと思っていたのだろう。ほっとしたような顔をしてみせた。多分そうだと思われる。なんせゴブリンの表情は慣れた冒険者たちでもまだ見誤りそうなほど、怖いので。愛嬌がある顔とは言い切れないような、いや、見慣れたから愛嬌あると言ってもいいような……?


「可愛げアる、なクなった息子ゴブ!」


「ウルサイ、行ッてきマす」


「行ってらっしゃいゴブ~」


「そこだけなんでほのぼのすんだよ!?」


 思わず突っ込んでしまった盗賊男の言葉に冒険者たちも内心は同意するものの、彼らの親子愛を一応知っている身でもあるので微笑ましい親子のやり取りだなあ、と思わなくもないのだ。ただそれがゴブリンなだけで。うん、見慣れてるし知ってるけど。


 未だよろよろするゴブリンさんに思わず男戦士が手を貸して、ゆっくりと森を歩く姿はどこか歴戦の戦士が負傷した戦場を仲間の肩を借りて歩く姿にも似ていたが、実際にはただ『魔王』と呼ばれる蟲、カマドウマ・パイセンに会いに行くだけなので間違ってはいけない。そしてゴブリンさんは負傷といえば負傷だが、彼の胃袋だけがダメージを喰らっている状態なのでそこも誤ってはいけない。


 夜の森は危険もそれなりであったが、ゴブリンさんはランタン片手に進む。冒険者たちも警戒しつつ、一行はただただ進む。


 すると彼らの目の前に、小さな洞穴が見えてきた。

 そこはしぃんと静まり返り、周囲の草が不自然に減っている。何者かが潜んでいてもおかしくはない空気を漂わせていた。


「良いカ、冒険者。カマドウマ・パイセン、非常に話わかル。ユニコーンよリハ饒舌じゃナいが、多弁。メンドクサイ性格ダケど、悪い奴じゃナい」


「メンドクサイ性格……っておい、なんかまた微妙なこと言い出したな!?」


「ソレと、イつデも武器を抜ク用意をしテオけ」


「!?」


 ゴブリンさんが、腰に刺した山刀の柄に手をかけたまま一歩前に進む。

 冒険者たちは顔を見合わせ、ゴブリンさんが告げたないように頷き合って身構えた。


「カマドウマ・パイセン! 俺、ゴブリン村から来タ! 頼ミある、いるカ!」


 ―― 我 を 頼る、は、誰ぞ ――


「こ、声が頭に響く!?」


「でもちっさ!? すごく声? 超ちっさ!?」


「パイセン、虫だカラ……念話使ウ、ケど、下手。弱イ!」


「マジか!!」


 ―― うっさいわゴブリンさん! 我、カッコよく決めたのに!! ――


「イイから出テコい、時間ガ惜しい。パイセン動くと危険が増ス」


「えっ、それどういう」


 ―― もー、しょうがないなー、我寛大だから? 寛大だから? ――


 のそり。

 のそり。


 そんな音が聞こえそうな雰囲気で、洞穴の空気が揺れた気がする。

 現れたのは、見紛うことないカマドウマだ。茶色い体躯に、長い触角に虫特有の節のある六本の脚。

 そう、どこからどう見てもカマドウマだ。


 だが、魔王。そう呼ばれるだけの風格が確かにあった。


 なぜか? その答えは冒険者たちも直ぐに理解できていた。

 それは、カマドウマ・パイセンのサイズに問題があったからだ。


 確かに生命の泉近くに生える草を食べて成長したとは聞いていた。ああ、聞いていたとも。

 だからと言って誰が普通のカマドウマがまさかの胴体だけでゆうに中型犬サイズはあろうかという体躯のものを想像するだろうか? そのままでかくなるにしても限度ってものがあるだろう?

 

「……デケェ」


 ―― いやぁ、それほどでも! ――


「褒めてナい。イイか、パイセンよく聞ケ。山の風穴、ドコか封印の鎧あル、知っテる?」


 ―― ん? あのピカピカかい。タマムシのやつが気に入ってるからたまに我も行くよ。変な声するから我あまり好きじゃないけど ――


「またなんか変な単語あったよな!? 鎧の位置を知ってるのはありがたいけど!!」


 ―― なんだい、そっちの人間たちが知りたいのか。まあ鎧を着るなんて大体が人間たちだしね。まあいいよ、我、人間の作る食事好きだしお世話になってるから案内してあげようじゃないか。ほら、我寛大だし! ――


 体を伸ばすようにしてグネグネと動くカマドウマに、思わず女神官が「ひっ」と小さく声を上げたが誰も彼女を非難はしない。なんせ冒険者たちもある程度は巨大な虫型モンスターと戦ってきた経験はある。だがこんなでかいカマドウマは生まれて初めてな上、さらに念話も弱いながら使ってくるのだ。

 相変わらず、彼らの常識は壊されているのだ。現在進行形で。


 ―― それじゃあ今から行くとしようか ――


 カマドウマがぴょん、と跳ねる。

 勿論、通常サイズとは異なるためその跳ね幅も大きくて冒険者たちがなんとも言えない表情になったのだが、そこは良いとして。


 ―― 折角だから我が夜道を照らしてあげよう。ほら我、寛大だから!! ――


「アッ馬鹿やめ――」


 恐らくどや顔をしながら魔法の一種なのか、自身を光らせ始めたパイセンを慌ててゴブリンさんが止めにかかる。だが次の瞬間には、光始めた巨大カマドウマの姿が闇に消えた。いや、飲み込まれたのだ。

 大型の蛇モンスター、アナコンダに。


「ああーダカら言ッたのニ!! 冒険者! パイセン! 助けロくださイ!!」


「お、おう!!」


 ―― わー、たーすけてー 溶かされるー ――


「……え、待って案外あのカマドウマ元気なんだけど」


 ぽつんと疑問を持ちつつも、冒険者たちは構えていた武器を手に巨大アナコンダとの戦いに突入したのであった。

 魔王カマドウマ・パイセン。それはありとあらゆる意味で弱者なカマドウマが、ちょっと調子に乗ってイキって敵を招き寄せてしまうというとんでもなくはた迷惑さゆえについた名なのだ!

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