第30話

「か……カマドウマ、パイセン……?」


蟲王ムシキング……?」


「……しかも、(自称)……?」


「閃光の脚線美を持つ魔王……?」


 冒険者たちが、呆然と呟く。そりゃそうだろう、羅列された言葉だけ聞けば、なんだそれフザけてんのかである。だがそれを言ってきたのは苦楽を共にし、同じ釜の飯を食う仲となったゴブリンさんなのだ。しかも彼はごくごく真面目な顔をして言ってきているのだ。一見ただ怖いだけだけど。忘れがちだけど、彼、ホブゴブリンだし。

 冗談は言えども嘘は言わない、ふざけることはあっても今までも伝説レベルに過ぎない勇者の装備なんてものを、彼からしてみれば価値もないものを、『友人が困っているから』というだけでここまで付き合ってくれているゴブリンさんなのだ。そのゴブリンさんが言うことを、無碍には出来ないのである。


「一体全体、そ、そいつってのは……あの、魔王って割に聞いたことないんだけど……?」


「そうだな、俺たち冒険者して長いが、そんな魔王の名前なんて……」


「ま、待ってください!」


 疑問を呈した男たちを制して、ごくり、と小さく喉を鳴らした女神官がぎゅっと胸元で手を握りしめる。


「そ、その魔王はもしや……もしや、高速移動をして輝きを残し、大軍勢による行進をするも、その姿を見せたことがないという閃光の軌跡を残す行軍なのですか……? 閃光の脚線美を持つ魔王、という名称が正式なものだったのですか……!?」


 閃光の軌跡を残す行軍。

 そう女神官が告げたのは、伝説のようなものだ。ある程度の軍勢や軍備を備えた町や砦が突如として無作為なモンスターの行軍によって撤退、あるいは滅びを迎えたという伝説があるのだ。

 そしてその先頭には輝く軌跡が残され、僅かながらの可能性として『魔王』の存在により人が力をつけることを阻害しているのではないのか、という研究も残されているが何分古い文献である。

 だが、その流れは年に数回、必ず起こるものであり規模はまちまちなのだ。今も続くそれに人々は恐怖を隠せない。

 武器は必須だ、飢饉が起これば近隣の村や町と小競り合いも起こり得る。野党や盗賊、それらと抗するにも必要なのだ。だがなによりも、モンスターが跋扈ばっこするこの世界において武器なしでの生活など一般市民でさえも考えられないのだ。

 とはいえ、農民や商人は武具を扱うよりも暮らしが第一であるがゆえに、冒険者という職も賑わうのだけれども。


「もし、その閃光の軌跡を残す行軍……それであるならば、伝説は、伝説は……!!」


「恐らく、そレ、カマドウマ・パイセンの仕業」


「そうゴブ」


 うんうんと頷くゴブリン父子は互いに顔を見合わせて、重々しく口を開いた。

 それは、語られる閃光の軌跡を残す行軍の伝説の、真実を。


 それは、一匹の虫が数奇な運命を辿り至った、重き道なのだと。

 生まれた時、彼は小さな、ごく普通の虫だった。

 だが成長する過程で彼は特殊な泉のそばで、不思議な石を隠れ家に生き延びる。


 それは、生命の泉と呼ばれる魔力の泉。

 それは、オリハルコンと呼ばれる魔鉱。

 その地は、魔の森が奥、人の住まう所ではない場所。


 彼はそこに、鳥の羽に絡まってたどり着いたのだ。

 そしてオリハルコンを隠れ蓑に、生命の泉周辺の草を食べ、屈強なる魔物へと成長したのだ。

 そう、もはや彼はただの虫ではなくなっていた。

 

 蟲王、彼はそう自覚する。

 ただまあ、それは彼だけなのだけれども。


「え、自称ってそういうこと?」


「実際にハ、パイセン、激弱イ!! そりゃモう、やばイ」


「やばい」


 思わず再び繰り返す言葉。

 彼らの脳裏に、『危険だった伝説』の文字がひび割れて行く光景が浮かび上がった。


 だが、なんだかそれも既視感を覚えるではないか。

 そう、そうだ。

 森の奥に住まう死の王リッチが女装癖のある大賢者の弟子の成れの果てであり。

 公明正大で(多分)亡き今も愛し続けられている大賢者が、実はマッチョで中身が女性という現実。

 そして異世界から召喚され、魔王を倒して姿を消したという勇者がちょっとなんかオカシイ。


 森にいるゴブリンに穏健派が実は存在しているとか、大賢者が友達欲しさに拾ったエンシエントドラゴンがジジイ詐欺してるとか、ユニコーンの兄弟が実は人間の世情に詳しくって変態っぽいとか。


「あれ、世界ってなんかすごく奇妙……」


「違うと思うぞ、世界が奇妙なんじゃなくて、俺たちを囲んでる状況が奇妙なんだ」


「でも奇妙だけど、やけに平和よね」


「平和というか、優しい世界、でしょうか」


「弱肉強食だケどな!」


「「「「弱肉強食」」」」


「そうゴブ! 喰うか食われるか! 今日ハ、オーガ父にミノタウロスの肉もらッタ! マイコニドたちに腕わケてもらッて鍋するゴブ!!」


 ひゃっはー!

 そんな声が聞こえそうなほど楽し気なゴブリンシャーマンの親父さんに、「あっ、美味しそう」とそのメニューを聞いて思った冒険者たちはもうすっかりこの村の色に染まっていると言えよう。

 だってミノタウロスの肉とマイコニドの腕で鍋って言われて「美味しそう」である。

 普通「えっ」であろうに、もうそんな感じはしていない。

 だってマイコニドさんも小屋の窓から微笑ましそうに覗いているではないか。


「あっ、でも村娘ちゃんが加わったら」


「アッ」


 親父さんの喜びの舞が、ぴたりと止まる。

 ギギギ、と寂びたブリキ人形のような動きで首だけ動かした彼は、息子を見ると厳しい顔をした。


「息子ヨ! ゴブ!」


「いやダ」


「聞けゴブ!!」


「どうセ犠牲になレトかそウいウコとだロう!?」


「それで世界は平和ゴブ!!」


「世界じャなクテ村の中だけジャねぇカ!!」


 ゴブリンさんが雄叫びを上げるものの、ゴブリンシャーマンである父も防御魔法を張って威嚇する。

 かつてこんな親子喧嘩を見たことがあっただろうか。そもそもゴブリンの親子喧嘩を見る機会を冒険者であろうとそうそうないのだけれども。寧ろ親子かどうか判別がつく方が珍しいのだけれども。

 どれだけこの冒険者たちが彼らと過ごしているのか、よくわかる話である。

 それが普通ではないのだけれど、彼らは気が付いているのか気が付いていてももう知らないことにしたのか、受け入れているのか。


 まあ多分、これが自然なことになっているのだけれど。


「……ねえ、私たちこれでいいのかしらね……?」


「いいんじゃないでしょうか、よくわかりませんが……抗う方が、最近大変じゃないかなって思うんです……」


「ああ、わかる……」


 女性陣が、空を見上げた。

 空は、青く青く、どこまでも広かった。


 畑には青々としたマンドラゴラの葉と野菜たちの葉が広がり、隣接する小屋からはマイコニドがそっと傘を覗かせ、そこいらをコカトリスが走り回り、ゴブリンの子供たちがスライムでキャッチボールをしてはしゃぐ……なんとも穏やかな光景が広がる。


 そう、これは穏やかで、ごくごく普通の日常生活だ。

 ゴブリン村にとって。


 ……ゴブリン村にとって、だけど。


「冒険者! 助けロ! くださイ!!」


「いやあー、良い天気だなぁー」


「本当~」


「冒険者ァ!?」


「息子よ、頼むゴブぅぅぅぅぅ!!」

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