そうだ、魔王に会いに行こう! 編

第29話

 無事に、異界から戻った冒険者たちとゴブリンさん。

 裸族で愉快なユニコーンと、伝説と呼ばれているはずなのにただの親切なエンシエントドラゴンと別れを惜しみつつ森に戻ってドライアドに見送られゴブリン村に戻ったわけだが。


「ハッ! なんでアットホームな感じでゴブリン村に戻ってきちゃったんだよ!?」


「ム!」


「あっ、ゴブリンさーん!!」


「はっ、村娘……!!」


 満面の笑みで頬を赤らめ、好いた相手に駆け寄る村娘の姿を見るのも久しぶりだ。それだけであればとても愛らしいのに、ロケーションとしては周囲がゴブリンだらけでグギャグギャ言っているのはもう見慣れたものなのだけれども。

 ただ彼女の片手には落としたてのようなマンドラゴラの頭部があるのがちょっぴりシュールだが。ちょっぴりでもない、かなりか。なんか呻き声みたいのが聞こえているがきっと気のせいである。


「おかえりなさい! やだもう、帰ってくるなら先に連絡しておいてくれたらご飯とかお風呂とか用意して待ってたのに……!!」


「お、おウ……いや、オデ、風呂入らナいシ……」


「やだもう遠慮しなくていいのに!」


「遠慮違ウ」


「ゴブリンさんは基本水浴びだもんな」


 恥じらいながらマンドラゴラの頭部を振る可愛らしい少女に、全員が生温かい視線を向けているが彼女は気にすることもない。相変わらずゴブリンさんしか視界に入っていないようだった。そしてナチュラルに嫁の座についているかのような言動であるが、そういう関係性は一切ないのである。

 その押しの強さがダメなんじゃないのか、と思わなくもないが懸命にも冒険者たちは決してそれを口にしない。命は惜しい。今の彼女は片手に包丁も持っているのだから!


「む、村娘。親父、ドコ?」


「お義父さまですか? さっきは畑にいましたよ~。ねえ、ゴブリンさん、あの……私、ちょっとオシャレしてみたんですけど……どうですか……?」


「えっ、どこが?」


「あア、前髪切ったノか。似合ウ、思う」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「えっ、本当にちょっとすぎてわかんない」


 女性の機微に疎いと盗賊男を責めるなかれ。

 冒険者グループの女性陣ですら首を傾げる程度にしか変化はないのだ。それなのに気が付いたゴブリンさんの方がおかしな勢いである。だけどもそれはまあ、ゴブリンさんだから……。


「今日は! 私頑張って御馳走作りますからねー!!」


 嬉しそうに手を振る村娘に、ゴブリンが顔を青ざめさせる。だが嫌だとは決して口にしない。男前である。あまりの恐怖に口が利けないのかもしれないけれども。


 うなだれるゴブリンさんの背中を軽く叩きながら、一行は畑に向かう。

 だがその目的はまだ冒険者たちにはよくわからなくて、女神官がゴブリンさんに問うた。


「あの、どうなさるんですか? また占ってもらうんですか?」


「あアウん、そウ。お前タち勇者の装備、マだ探す。違う?」


「ああ、探すけどよ……どっか封印されてるってのもわかったし、人工的な精霊ってのも気になるしなあ」


「所在だけ知ル、知っトク?」


「方法があるのか?」


「それを親父に聞く、頼れる相手がイるニハいル。ただシ、危険、伴ウ」


「……!!」


 ぐっとシリアス顔になったゴブリンさんに、冒険者たちも背筋を正す。決してゴブリンさんの顔が怖かったからではない。もう見慣れてる。

 いやもうむしろ愛嬌を覚えるくらい見慣れている現実に、彼らは内心ちょっと色々思うところがないわけではないのだ。ただもう考えないようにしているだけである。


 そして彼らが畑に向かった先に、ゴブリンシャーマンである村長がいる。彼の片手にはよくわからない臓物があり、どうやらそれを肥料として埋めているようだった。うん、見た目からして凶悪であるがやっていることは普通に農業である。臓物が栄養になるかどうかは別としてもそこがマンドラゴラの一角なので多分喜ばれているのか、葉が揺れているのが見えた。

 だから冒険者たちも、もう突っ込まない。突っ込んでいたらきりがないのがゴブリン村である!


「ぐぎゃー」


「ぎゃっ!」


「ぐげー、げー、ゲゲエゲ!!」


 声を掛けたゴブリンさんに、振り返った村長が満面の笑みで諸手をあげる。

 それに対して嫌そうな声を上げたゴブリンさんの様子に、冒険者たちは次のように会話を想像した。


『親父ー、帰ったぞー』


『おう息子よ、お帰り!』


『ちょっ……血生臭い手で抱き着こうとスンナ! 洗ってこい!!』


 だろうか。一見すると恐ろしい形相のモンスター同士が血に濡れた手を指さしたり振ったりしているのでスプラッタな光景だが、その内情を知っている彼らからすると微笑ましいやり取りなのである。

 人間、慣れっていうのはすごいものなのだ。


 結局手を洗ってきたらしい村長も、にこやかに冒険者たちに対して「おかえりゴブ」とか言ってくる辺りもう冒険者たちは半分以上この村の住人のようなものなのであった。

 そして彼らはまだ認めてはいないが、将来的にはここに移住してもいいかもしれない、という考えがちょっとくらいあるとかないとかそこはまだ秘密である!


 とりあえず何があったのか、ゴブリンさんがグギャグギャと説明すると、村長は難しい顔をした。


「冒険者たち、説明、息子受けたゴブ?」


「い、いや。危険を伴うというだけだ」


「所在知る、大事ゴブ?」


「……一応、依頼だからな。途中経過の報告で、下手に人工精霊の話なんざ耳にしたって口にしたらそれはそれで俺らが危ういかもしれねえ。だが何もしていないってなると、俺たちが町を追放されかねない」


「……うーム、むゥ……」


「そんなに危険なのか?」


「頼れル相手、洞窟、暗いとコ、すごく得意。長生キ! 勇者とモ知り合い!!」


「そ、そんなやつがまだいるのかよう」


 今のところ出てきただけでも相当数勇者と知り合いの長生きモンスターたちがいたのでもうある意味お腹いっぱいの冒険者たちであったが、彼らとしては割と切実に勇者装備の所在だけでも知っておいてその情報で乗り切りたい。

 だがゴブリンさんほどの親切なゴブリンが、危険を伴うと宣言しているのだからこちらも生半可では済まないのだろう。もしかすればあのオーガ父のような好戦的かつ力こそすべてタイプと肉体言語で会話して理解を得ないといけないのかもしれないと思うと、命がいくつあったって足りないのだ。


「いル」


 きりっとしたゴブリンさんは、きっと今村娘が見たならば歓喜の声を上げる位凛々しいのだろう。

 どうみてもホブゴブリンだけれども。ちょっと大柄なホブゴブリンなので、要するに顔の怖い赤鬼っぽいのだけれども。


「カツて、勇者ヲしてソう言ワせタ伝説の『魔王』とマデ呼ばレたやつダ」


「そ、そんなやつが……!?」


 ごくり、と冒険者たちが喉を鳴らす。

 魔王、それは危険な言葉である。どう考えたって世界を滅ぼすアレ的なアレなのだ。


「やつ、勇者にコウ呼ばれテイたゴブ……」


 真剣な表情のゴブリンさんの言葉を引き継ぐように、村長も真剣な表情で口を開いた。


「そウ、ヤつは……『閃光ノ脚線美ヲモつ魔王』、蟲王ムシキング(自称)」


「えっ、今小声で(自称)って言わなかった、ねえねえ」


「名前はカマドウマパイセン、ゴブ!!」


 ぴーひょろろろろ。

 ちゅんちゅんちゅん。

 

 今日も空は、青く澄み渡っていたのであった。

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