第24話

 結局――


 冒険者たちは、ゴブリンさんと共に亜空間とやらに入り、呆然としていた。

 目の前に広がるのは、だだっ広い草原。ただただ、何もない草原。

 そこにぽつんと、ピンクの屋根に白い壁でできた愛らしい家が建っているのだ。ちなみに窓の形はハート型。


 猫の形を象ったドアベルをちりりと鳴らすホブゴブリンというのはなんだかとてつもなく奇妙な光景だが、本人は全く気にする様子もない。というか、ドアベルを鳴らすという事は中に人がいるのだろうか。

 そう考えて、ここが『大賢者の』ものを預かっている場所だとドライアドは言っていた。ということはまさか本人がここにいるのだろうか? そんなことは一言もなかったがもしかすれば聞かれなかったからとかそんなオチかもしれない。

 エンシェントドラゴンを拳でぶっ飛ばすという逸話を聞かされた後だけに余計に身構えるのもしょうがない。


『……誰だ……』


 低い低い、まさに地を這うような低い声。

 愛らしい建物に似合わない、しわがれた男の声だ。歓迎しているようにはとても思えない。


 だがゴブリンさんは気にしない。


「オデ。ゴブリン! シャンチャッテヒポポタマスレジエッタアージェルレナ、久しブり!」


『……貴様か。おれの名は、そんなだったか……?』


「多分、そンな感ジ!」


『そうか……』


「えっ、すごい適当!!」


「っていうか誰!?」


「大賢者、ペット。名前つける、下手、リッチのジジイ言ってタ。名前、忘れラれル、悲しイ。だかラ。森の住人、時々、此処来ル。名前呼ぶ。大体コンな感ジの名前デ呼ぶ。でも、誰を呼んでいるか、そレが大事」


 かつて、大賢者は孤独を抱えていた。己の心の内側に住まう愛らしいものを好み女性として振る舞いたいと望む己と、それまで生きてきて求められた大賢者たる高潔なる精神と人々の模範たる男である己との温度差に悩んでいた。

 それを打ち明けるには己が許せず、また怖く――彼は、偶然森で見つけたモンスターの子供をペットとして身近に置いた。

 名目上は、モンスターと言えども命であり親しき隣人と成り得るのだということを実践してみせている。

 だけれど真実は、己のこの矛盾を理解する友であって欲しいというもの。


 結局、召喚された勇者が登場してそんな大賢者の心を救ったのだけれどそれを知る者は数少ない。

 救われた大賢者が己を偽ることを止め、弟子をとり、時として人々に笑われようとも穏やかに笑みを返し、魔王を倒して勇者と共に姿を消すのだ。歴史の表舞台から、大賢者という存在は高潔なる筋骨隆々の男だった、という文章だけでそんな彼の本当の心、女性であった心の部分は抹消されている。

 それを証明する弟子のリッチも結局のところ追放の憂き目に遭っているので、なんだかんだ歴史は都合よく人々によって作り替えられているというのが現実だ。


 それらを目の当たりにして何とも言えないのは、そんな歴史を学んできた冒険者たちである。


「うぇぇ……なんか依頼をこなすために頑張れば頑張るほど知らなくていいこと知ってく羽目になってね?」


「言うな。……言うな」


 そんな冒険者たちの心情を気にすることもなく、ギギィと開いた可愛らしいレースのカーテンが取り付けられているドアから、老爺が姿を現した。どう見てもモンスターには見えない。

 見えなかったが、やはり人間でないことはすぐに理解できた。

 なにせ老爺の目はぎょろりとしていて、それは人間の持つ虹彩ではなく、爬虫類系のそれだ。

 そして杖を持って歩いてくるその薄汚れたローブの後ろで、ゆらりゆらりとしているのは鱗の生えている尻尾だ。


 間違いなく人間ではない(確信)。

 そう思わせたが普通に考えてそこに人間はいません。なんでそう思った!


「人間を、連れてきたか。珍しいものだ。主がここを去って、いかほど年月が経ったのかもわからんが」


「元々、時間、覚える気モナいクせにヨく言う」


「うるさいわ、このゴブリンの小童が。……うん? お前いつの間にホブゴブリンになったんじゃ」


「結構前」


「そうか、めでたいな」


「アリガトウ!」


 なにそのほのぼの。近所の口が悪い爺さんと子供か。

 

 何故冒険者たちが来たのか、それをゴブリンさんがシャンチャッテヒポポタマスレジエッタアージェルレナなる老爺の姿をしたモンスター(?)に説明してくれる中、女剣士はあまりにファンシーな家の中に居心地が悪そうだ。彼女の好みは青系統のさっぱりしたものだったから、ピンクとフリル、ハートモチーフが大量の家はどうにも落ち着かないようだ。

 とはいえ、ここは本当に大賢者が危険だと判断した書物などを保管しているのだろうか?

 そもそも、この老爺(?)が何者なのか、色々聞きたいところではあるが教えてもらえるのかというか本人がわかっているのかすらも怪しい。


 というか、まず冒険者たちの理解の範疇をはるか彼方に飛び越えて行ったような事態であるということが一番の問題だろうか。


「ご、ゴブリンさん……」


「うン?」


「この……人じゃないんだよな、モンスターなのか? とにかく、紹介してもらってもいいのか?」


「エンシェントドラゴン。見た目ジジイ。でも若イ! 見た目詐欺!」


「詐欺言うでないわ、小童めが!」


 わしわしと頭を撫でる老爺ときゃらきゃら笑うホブゴブリン。

 もしかすると大賢者がぶっ飛ばしたエンシェントドラゴンその人なのだろうかと冒険者たちがオロオロしているのを横目に、老爺は可愛らしいティーセットで茶を淹れて持て成してくれた。


 そして彼(?)はこういった。


「ぬしら、おれが主がぶっ飛ばしたエンシェントドラゴンだろうかと思っておるのじゃろ」


「うっ、あ、ああ……やっぱりわかるのか」


「モンスターも含め、大体のヤツらが言ってくるからの。先に答えを言っておこうか。違うぞ」


「そ、そうか!」


 なんだろう。なんか安心した。

 弱みを見せる相手をゲットするためにぶん殴って弱らせてテイムしたのかと若干大賢者に対する見方が悪くなるところだった。良かった、ちゃんと聞いて。そう冒険者たちは思った。


「まだおれが卵だった時に、別の種であるエンシェントドラゴンの雄が卵を喰らいに来たからぶっ飛ばしたのだそうだ。エンシェントドラゴンは子育てをしない種族でな、親というものがおらんので喰われるか育つかの二択だ」


「シビア!」


 レアモンスターなのに、生きざまはなかなか野生そのものだ。その辺り、ドラゴンだろうとトカゲだろうと同じなのかもしれない。

 これが……弱肉強食……!!


「それにしても勇者の装備か。うーむ……主は確かにその行方を知っておったやもしれんが、おれはわからんな。主の日記を読めばわかるかもしれん」


「日記?」


「おれは人間の字などわからんでな。ちぃと待っとれ、今持ってきてやるわ」


「いいノか、勝手に人の日記持チ出シて」


「死んだヤツの持ち物は、それを有効活用できる相手なら開示していいと主から言われておるでな」


 そういうと、老爺は尻尾を揺らして奥へと消えていった。

 冒険者たちは顔を見合わせる。


 お互いに、こう思っているのはわかっている。



 ――その日記、まともなのか?


 ……そう、思ってしまった彼らは悪くない。

 そしてゴブリンさんは出された茶を啜って、ふと思い出したように奥の方に声を掛けた。


「茶菓子あルのか?」

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