第23話

「ドライアドとか……、親父め、範囲広過ギ」


「えっ、そんなにいるのか?」


「どこでも、ドライアド、いる」


 それこそこの広大な森の中にはドライアドと呼ばれる樹木の精霊の一種だが、時々木を切り取る人間を襲ったり時として気まぐれに木の中にある亜空間に引きずり込んでしまうという事があるためモンスター枠に数えられたりもする。

 ちなみに引きずり込んでなにをするわけではなく、体感時間で一日ほどで解放されるがその間に世の中は十数年、下手をすると百年単位で時間が経っていた、なんて伝説もあるのでかなり迷惑な話だ。

 基本的には穏やかで人前に姿を出すこともないそうだが、その気まぐれ・・・・に遭っていたらと思うとぞっとする話なのだがそのドライアドがそこら辺にいると聞いて冒険者たちの背筋が凍ったのは仕方のない話だった。


 だがまあそんなことはゴブリンさんからするとよくわからない事で、彼からするとドライアドなんてものは木が生えているからそこにいるくらいの認識だし、願って木の実を分けてもらうこともあるし、無断でとって蜂をけしかけられたりいがぐりを投げつけられたりと結構な頻度でしっぺ返しを食らった記憶しかない相手だ。


 この辺りに人間とモンスターで認識が違うのかもしれない。

 なんていうか、温度差が生じているのだが本人たちはわかってない。


「どのドライアドか、親父、何か言ってタ?」


「ええー……ドライアドを訪ねろってのと、川沿いで山方向ってくらいか」


「そうそう、しるべだって。そんでゴブリンさんを連れてけっつったんだよ」


「川沿イ……山方向……じゃア、あれかナ? ハナミズキのとこかナ?」


 とりあえず思い当たるところがあったらしい。

 ハナミズキの木が生えているところに、ドライアドがいるとゴブリンさんは教えてくれた。

 なんでもそのハナミズキは可憐なピンク色の花を咲かせるのでこの森の中でも動物やモンスターのデートスポットとして人気なんだとか。それを聞いてまた盗賊男が「デート……人気……うっ、頭が……」とか呟きだしたものの、もはや気にしてくれる人もモンスターもいないのがなんとも哀れだった。

 

「花言葉は永続性! お互いノ関係が長続きスるよウに願うカップルがイッパイ!」


「……そういうのはモンスターでも人間でも変わんねぇんだなー……」


「幸せ……幸せな奴がいっぱい……爆ぜてしまえばいいのに……」


「ちょっとコイツ物騒なこと言い出した!」


「落ち着け、親父さんが占ってくれてお前にもいつか出会いあるって言ってただろ?」


「最高の出会いがあと二十年後とか受け入れられないッッ!!」


 盗賊男の出会いはなかなか遠いようだ。

 まあ占いの結果なので変わっていくものなのかもしれない、そう慰められたけれども。


 先頭を行くゴブリンさんはもう慣れているのか気にする様子もなく、「アッタゾー」とのんびりと彼らに声を掛けるのだ。

 

「あれが……ってどこにもカップルどころかドライアドもいねえじゃねえか」


「恋の季節、春。今は夏。花の時期モ終わっテル。いるワケない」


「……切ない……」


 恋を語らうにも本能が一番強いらしい。まあ自然の摂理である。

 ゴブリンさんはきょろきょろと周りを見渡して、それからハナミズキの木をとんとんとドアをノックするように叩いた。


 すると風もないのに枝葉が揺れて、幹から人が生えた。


「あら、ゴブリンさんじゃない。お久しぶり!」


「グギャッ!」


「人間連れだなんてどうしたのぉ~?」


「ぎゃっぎゃっ、ぎゃー……ぐるぐるげー」


「あ、そうなの。うーん、勇者が昔通ったのは確かだけどぉ、その時には勇者装備つけてたわよ~?」


「えっ、ど、どっちに行ったかわかるか!?」


「んーとねえ、わかんないかな!」


 あっさりと笑ったドライアドは、それでも冒険者たちの肩を落とす姿にちょっと思うところはあったのか。

 勇者が向かった先は知らないが、大賢者の隠れ家を教えてくれた。

 といってもそれはなんとドライアドの亜空間だというから冒険者たちが尻込みした。


 だって噂によれば入って出て来たらあっという間に時間が過ぎてて「ここはどこ? わたしはだれ?」ってなるって話じゃないか。怖くないはずがない。


「あー、そーいうの心配してるぅ~? だいじょーぶダイジョーブ!! だ・か・ら」


 ばっ、とドライアドが両手を広げた。

 ちなみに彼女(彼?)の下半身は幹のままだ。

 

 その幹の中央に、割れ目が現れてそこが広がる。


「えっ、えっ、ちょっと待って!」


「そ、そうそう覚悟ってものが欲しいから今日の所はご遠慮申し上げたいというかなんというか!!」


「やだー! まだやり残したこととかいっぱいあって……!」


「ご、ゴブリンさん!?」


「ミンナ、怯えスギ。ドライアド、驚かす、良くナい! ちゃんト説明、する」


「ええ~めんどくさぁい」


「説明、大事!」


「はあ~い」


 ゴブリンさんの一喝で、まるで吸い込まれるかのようにじりじりと引き寄せられていた冒険者たちの動きが自由に戻った。

 ありがとうゴブリンさん! ありがとう!!

 そう縋る冒険者たちをやや鬱陶しそうにちらっと見つつ、ゴブリンさんもどうやら悪い気はしないのかふんすと鼻息がちょっとだけ荒かった。要するにドヤ顔してた。顔が凶悪だから怒ってるようにしか見えなかったけど。


 そしてされた説明によれば、亜空間はドライアドが使う空間魔法の一種なのでドライアドの気分次第でなんでもできる。

 だから招き入れた(強制の場合も多々ある)人間が元の場所に戻った時の時間もドライアドの気分次第で時間経過が変わってしまう、ということなのだ。


 大賢者はドライアドに礼儀をもって接し、亜空間の一部を借り受けていたらしい。

 なんでも研究書とか悪用されないようにするために封印したりするより効率的だとかそういう理由で。なんという平和的な方法。

 そこには日記もあったはずだから読めば何かわかるだろうとドライアドは言うのだ。いいのか、預けられたくせに日記とか超プライベートなものを読めとか勧めて。


「……ちなみにそこに誰かが暮らしてる、とかは……」


 こっそり亜空間の中で大賢者とか勇者が生きているなんてオチがあるんじゃないのかと言外に匂わせた男戦士に、他の冒険者たちも思わずつばを飲み込んだ。

 あり得ない話ではない。だって亜空間が外界と時間の流れを変えているならば。


 だがドライアドは首を振った。


「あそこは人間が暮らしていけるような場所ではないから。人は人の世界があるから、ちょっとほかの世界を覗く分にはいいんだろうけど……在るべきもの・・はあるべき場所にいかなくちゃ」


「……?」


「預かったのは間違いないよ~、悪用しない人とか、困ってる人に知識を分け与えるのは人として当然って言ってたからね~、その判断を任されただけ~」


「……立派な人物だったのですね」


「じゃあ、大賢者の行方もわからないのか?」


「最後に会った時は故郷に戻りたいって言ってたよ~」


「……故郷って」


 冒険者たちが顔を見合わせた。

 その何とも言えない表情に、ゴブリンさんがこてんと首を傾げる。

 不気味な顔の割に、やることはなんだか可愛いのがゴブリンさんだ。


 もうその辺は見ても驚かない。


「ドウシタ?」


「……大賢者さまの故郷は、魔王との戦闘よりもだいぶ前に、壊滅したと伝説にあります」


「巨大な隕石が降って、跡形もなかったって」


「その後も草木一本生えないもんだから、人も暮らしてない。……この森を抜けて山向こうの、荒れ地だよ」


 故郷に帰りたい。

 そんな当たり前の、そして何よりの願いを、同じ人間ではなくモンスターに溢したという大賢者の事を、冒険者たちは何とも言えない気持ちになった。


 それはゴブリンさんにもちょっとだけ、わかった気がした。

 助けて欲しかったのだろう、大賢者の気持ちは誰かに救われたのだろうか。


 そんなしんみりした空気を、ドライアドは気にしない。


「大丈夫だよぉ~、エンシエントドラゴンを素手でぶっ飛ばせる男がそんなことでへこたれないって!」


 ちょっと待とうか。

 そう声に出したつもりでも、冒険者たちの口はパクパクと開閉を繰り返すだけだった。


 そう、陸に打ち上げられた魚のような感じで。

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