第22話

「親父さん、何やらかしたんだよ……?」


「うム、母ちャん、掃除する、してゴブ?」


「その微妙な語尾なんか無理矢理つけてない!?」


「尻、揺れル? 魅惑的? ツイ?」


 わかるでしょ? くらいの顔でこてんと首を傾げられても可愛くない。

 だってゴブリンだし。おっさんだし。ゴブリンだし。


 親の恥ずかしい所を友人たちに見られたゴブリンさんの方が居ても立っても居られないらしく、拳を握りしめてふるふるしている。ロープをほどくんじゃなかった。

 いや、でも占ってもらうのに柱に縛り付けられたままじゃ無理だろう。できたとしてもやってもらうこっちがいやだ。でもなんだかんだ良いゴブリン(?)だし、父親してるし、これもじゃれ合いのひとつと思えば……。


 とりあえずオーク母さんにはちゃんと謝るというシャーマンゴブリンに期待しつつ、勇者装備の行方を占ってもらう約束もした。


「……それにしても改めてゴブリンが人を犯す危険な存在って思えないよなあ~……ここにいると」


「そうですね、ここ限定ですけど」


「そうだよなあ」


 ぐぎゃっぐぎゃっ、と明るく笑う? ゴブリンの子供たちがスライムをボールに見立てて遊んでいる。

 時々、ぎゃーという声が聞こえるのは誤ってスライムが子供たちの手の一部を消化しようとして慌てているようだ。平和な光景である。

 端っこに見える畑ではマンドラゴラが土から顔を出し、近くのゴブリンに水を催促している姿も見えた。今日は暑いからね、追加が欲しかったんだね。

 

「?? ゴブリン、人犯す、マウント。人間モ戦争とかデ、負かシた国、色々スる。違う?」


「ぐっ……ヘビーな話題ぶっこんでくるなあゴブリンさん! 親父さんはどうだ?」


「母ちゃンの尻だけジャなかった! 近所で子供、生まレた。そこの家族、下ネタ、ドン引き」


「うわサイテーだな!? っていうか母ちゃんにもやってたのかよ。助べえオヤジだな」


「ホント、困る。オデ、恥ずかしい」


 ゴブリンさん曰く、繁殖欲があるんだから産んではいおしまいにはならず、母親が望んで育児をする環境が望ましいのはモンスターも同じなのだという。一部のゴブリンが「殺せ! 犯せ! 喰え!!」と声高に叫んだ事が今でも人間の記憶に根深く残っているのだろうとゴブリンさんは推察する。

 だからって父親の下ネタがそういうのとは全く関係ないので単純に息子として恥ずかしいと思っているが、あれはあれでその世代では受けるテッパンなんだとか。


「ま、まあ親父さんの事はともかく……さっきのってゴブリンさんの意見か?」


「そウダけど、結構皆そウ思ってル?」


「人間とモンスターは相容れない存在だと思うし向こうは人間を食料だと思ってるとかじゃないの?」


「? 人間、森、拓く。オデたち、そこいる。縄張り争い!」


「あー……」


 そこのレベルなの? と盗賊男が言えば、ゴブリンさんが首を傾げた。

 まあもしかしたらそこから色々発展したのかもね! と無理矢理女神官が話をまとめると、彼らもそれ以上突っ込んだ話はしなかった。なんだか色々不毛なことになりそうだと予感したのかもしれない。

 いや、単純に村娘が満面の笑みでゴブリンさんに手を振って駆け寄ってくる姿が見えたから、ゴブリンさんが逃走をしただけの話でもあるのだけれども。


「アア、ウン。今日も平和だなー!」


「リーダー。超棒読みですよ」


「言うな」


「……そうですね」


 何も面倒を起こす必要はないのだ。

 今必要なのは、恐らく今頃オーク母さんから説教を喰らっているであろうシャーマンゴブリンの親父さんを待つことなのだから。


「お、お待たせ、した、ごぶ……」


「おう、オヤジさん! 随分とまあ、んー……控えめに言ってもボロボロになって!」


「リーダー。表現。表現!」


「おっ、すまない」


「いや、良いゴブ……これ、身から出タ錆。母ちゃん、ヤキモチ焼き! そこ、可愛い! ぐふゅ!」


「控えめに言わなくても気持ち悪いです。愛があるのはわかりましたが」


 にやついたシャーマンゴブリンに対して女神官がズバリと言えば、流石につい先ほどまで嫁に叱られていただけあって親父さんがショボンとした。若干可哀想だが、よくよく考えると自業自得なので同情してはいけない。

 嫁さん相手にともかく、ご近所の若い嫁さん(ゴブリン)を覗き見は人間的にはアウトだがこの村的にもアウトである。しかも村長だしね!


「そレで、占い! する!! 材料、アル。良かった!」


「良かった!」


 親父さんに連れられて行った占い小屋で、促されるままに座る冒険者たち。

 なんだか怪しげな動物の干物やら骨やら、得体のしれない乾燥した草花があったりと雰囲気はバッチリだ。


 ちょっと顔を引きつらせた女性陣に、無理に中に居なくていいとハンドサインで伝えたリーダーは案外男前である。

 ひくつきながらも一緒に来た盗賊男が奇妙な骨に肩を竦めながら、親父さんの方を見た。


「ね、ねえこれなに?」


「ソレ、ネズミの干物ゴブ! ラットマン特製! 柔らかイ、美味いゴブ!」


「共食いじゃねえか!」


「ソッチ、ハーブ! 部屋、匂い、良くなる!」


「女子力!?」


「さ、占う! するゴブ!!」


 当然、冒険者たちが知りたいのは装備の行方だ。ついでに勇者もどこに行ったのか知りたい。

 でもそれが危険物かどうかとか、自分たちで行けるところかはまた別だ。


 だってそういう情報はできるだけ仕入れておかないと、あの町のお偉いさんとギルドの事だからどこにありそうなんて言ったら「じゃあ取ってきて」と言いかねない。というか言うと思う。

 でもそれを断ったらギルドの仕事とかで圧をかけられそうな気がする。正直おまんま食い上げだ。


 多分そうなったら国を出るかここゴブリン村に定住するかそんな風になると思う。

 なんせ国宝だからなあ、手に入らなかったら手に入らないでしょうがないし有能な人をわざわざ差し向けるのはちょっと……だけど末端の冒険者くらいだったら……とか思われてそうで切ない。


 いや、そう思ってるかとかはあくまで想像なんだけれども。

 今までの無茶ぶりを考えるとあり得るんじゃないか、というか寧ろそうなる未来が見えてくるから不思議だ。


「むー。むー。む? むむ……ムムム」


「ど、どうだ?」


「出タ! 山の中!!」


「それは知ってる!」


 そこはもうすでに聞いていると伝えてあったはずなのに。

 やっぱりゴブリンさんが心配していた通り、あんまり頼りにならないのだろうか――ちょっと冒険者たちに不安が走った。


 だがそんな彼らを他所に、にっかと凶悪な笑みを見せたオヤジさん(多分ただの満面の笑み)が向けられた。


「ココから川沿い、山方向! ドライアド、幸運のしるべゴブ! 息子、連れてく! 吉事見える、ゴブ!」


「ドライアド?」


「ゴブリンさん?」


 勇者の装備の行方を知るのにまたもや森の中を行き来しなければならないのは確定のようだ。

 とりあえずはなんとなく朧げに次の道が見えたので、ゴブリンさんには申し訳ないけれどもお付き合いいただこう。


 そして良い機会なので。


「……親父さん、ついでに俺らパーティの仕事運と、個人的に恋愛運とか見てくれねえかなあ……」


「あっ! おれもおれも!!」


「ヨイゾナ良いぞなゴブ!」


 果たして、彼らの仕事運と恋愛運がどうであったのか──知るのは、彼らだけである。

 ただ、肩を落とした彼らの事を背後からオロオロする親父さんの姿が後程見られたので、なんとなく察してあげて欲しい。


 そして、慰めの言葉をまた間違えて余計落ち込ませて親父さんがオーク母さんにラリアットを喰らって助けを求めるのだが、頼りになる息子が来たとか来ないとか……。

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