第19話
――旅は、楽しいものだった。
時として歌い、騒ぎ、強敵に見つかり、追いかけられて死に物狂いで逃げ、なぜだかその強敵と肩を組んでキャンプファイヤーをしたり、その賑やかさが羨ましくなって木の陰からこっそり覗き見てくるリッチさんに盗賊男が腰を抜かしたり、そんな旅だった。
お前らピクニックに行ったの?
そうじゃない、これこそ旅の醍醐味であると冒険者たちは胸を張るだろう。ゴブリンさんも、村を引っ越す時以外仕事で森を行き来するだけなのでこんな賑やかな旅は初めてで楽しいと言っている。
そうだろう、そうだろう。
こうして旅をするのは危険もつきものだが、自由な自己責任の旅なのだ。楽しくないわけがない。
「って、違ぁぁぁぁあああああぁう!!」
「どうシた! 男戦士!!」
「おれらは友情を深める旅に出てンじゃねえよ! 変なナレーション入れるなお前盗賊だろいつから吟遊詩人になったこのへっぽこ!!」
「誰がへっぽこだ誰が! これでも飲み屋のねーちゃんたちには歌が上手ねって褒められるんだぞ!?」
「それ社交辞令よ」
「そうね、歩く財布だものね」
「いやあああああああああああああ!! 言われたくない! 言われたくないィィィ!!」
盗賊男の慟哭に、ゴブリンさん(一途)はドン引きだ。
女性陣も最近は盗賊男の行動パターンに辛辣だ。
いい加減飲み屋通いを止めて真面目にしていれば多分それなりにモテるだろうに……教えてあげないけど。
「そういやモンスターって飲み屋とかないの!?」
「なイ。酒、飲む。デモ酒盛り。人間、酒、わざわざ売ル? よくワからナい」
「あーそっかーそうかー……そう、かー……」
どんどん盗賊男の目から生気が失われているが気のせいだろう。
そうだ、ただのホブゴブリンであるゴブリンさんがモテるのは彼が男気溢れるゴブリンだからであって盗賊男が目指すモテモテハーレムとはまた違うのだ。寧ろゴブリンさんはたった一人にモテたい、その姿勢からして違った。
「あれ……オレ……くず……オレ、モテる道間違えてる……?」
「あーあーあーゴブリンさん! ダンジョンってぇのはそろそろなのか! まだ遠いのか!?」
「どウシた男戦士。オデ、耳、遠くないゾ? まあイイ。ほラ、見えテきた!」
ゴブリンさんが指さした先、そこにぽっかりと口を広げる洞窟がある。
そして、その横に立つ巨躯。オーガだ。
以前見かけたオーガ(父)ともオーガ娘とも違う個体な気がする。なんでわかったかといえば、そのオーガには毛があったからだ。しかもドレッドヘアで飾りまでついている。
「ゴブリンざん、よぐ、ぎだ。冒険者も、よぐ、ぎだ」
にたぁ……と笑ってたどたどしい人語を喋るドレッドヘアのオーガ。ちょっとしたホラーである。
これ喰われる前のフラグかな? そんな考えが過ってしまうのも無理はないが、ゴブリンさんは笑顔で応対している。
まあ残念ながらそのゴブリンさんの笑顔も人間観点で行くとちょっと不気味なんだけどね。
「オーガ、長男! オーガ娘ちゃん、兄! 今回、協力しテくレル!」
「冒険者、よぐ、ぎだ。疲れだろ、ごっぢ、ごっぢ」
「え? だ、ダンジョンの入り口ってこれじゃないんですか?」
オーガ兄が手招きするのはダンジョンの入り口である洞穴……ではなく、そこの横にある獣道だ。
奥には何があるのかわからないが、ダンジョンとは関係なさそうで女神官が首を傾げる。
するとゴブリンさんが冒険者たちを振り返ってにっかりと笑った。
「昇降機、アる! 大丈夫、すグ!」
「しょ、しょうこうき? なんだそれ?」
「勇者どリッチざま、作っだ。便利。ダンジョン、広い、長い、冒険者、疲れる。昇降機、あっどいう間、家、着ぐ」
ダンジョンマスターであるオーガ(父)と、フロアボスになっている兄。
やはり外出するのに面倒なのでどうにかできないかと相談したところリッチが以前勇者が使っていたという昇降機なるものを改造して彼らサイズにしてくれたのだという。
原理は正直オーガたちでは理解できなかった。脳筋なもので。よくわからない不思議なパワーが働いたんだろうという結論に至った。リッチが聞いたら憤慨しそうである。
だがどうやら本当に歓迎してくれているのだと理解した冒険者たちは引き攣りそうになりつつ、笑顔で礼を言った。
これでダンジョンの記憶とやらを覗けば物事は進展するに違いない。
それが本来の目的である。
決して旅の途中で騒いだり騒いだり飲んだり騒いだりすることが目的ではない。
「ぐぎゃ、グ、グ、グギゃ。ぎゃ?」
「うごぅ。ごぉぅ……ご、ォう……」
昇降機なるものは大きな木のうろの中だった。
よくわからない部分をよくわからない操作をした途端、何ともなかった床が沈んで冒険者たちが悲鳴を飲み込んだのはきっとオーガ兄にもゴブリンさんにも伝わっていたはずだが、彼らは何も言わなかった。
多分だけれども、昇降機を初めて使うと誰もがそうなるんだろう。
それどころかどことなくゴブリンさんの頬が赤みを強めた気がする。
オーガ兄の態度も、さっきよりもそっけない。
「ご、ゴブリンさん……?」
「ナンダ?」
「オーガのにぃちゃん、どうか、したのか?」
「あー……オーガ、しすこン!」
「しすこん?」
「勇者言ってタ。妹トか姉とカ女の兄弟、特別大事すルの、しすこん、言う! オーガ兄、それ」
「じゃあゴブリンさん、またアイアンクロー喰らう所だった……?」
「オーガ兄、紳士」
ふるふると首を振ったゴブリンさんはオーガ兄を随分と信頼しているようである。
もしかすれば彼らは彼らで友情を築き上げてきたのかもしれない。
ただ、妹とゴブリンの恋路を手放しで喜ぶには複雑な気持ちというのが存在するに違いない。
なんとなくそれらを感じ取って、男戦士はなんとも甘酸っぱい気持ちを感じざるを得ない。
でも巨躯のオーガ(ドレッドヘア)と若干サイズの大きなホブゴブリンだけど。
きっとさっきの彼らの会話だって、案外よくある若者同士の会話に違いない。
『あのさ、あの……オーガ娘ちゃん、元気? お、お土産持ってきたんだけど渡してもいいかな』
『……好きにすればいいんじゃないか、オヤジに見つかったら面倒だぞ』
とかなんとかだったのかもしれない。
本当にそうかどうかまで確認するつもりは一切ないけれども。一切、ない、けど。
そうしてゴゴン、と地鳴りのような音がして「着いだぞ」と言うオーガ兄の言葉に、冒険者たちはゆっくり、恐る恐る足を踏み出した。
そこに広がるのは――恐ろしい、ダンジョンの最下層。
ではなく、ふわふわの絨毯と大きなソファ、そこでまどろむオルトロスの姿。尾っぽの蛇がゆらゆらしているが、双頭のそれぞれの眼差しがまどろみながらも真っ直ぐに冒険者たちを根踏みしていた。
冒険者たちの後から姿を見せたオーガ兄に対して立ち上がり、その足に擦り寄る姿は可愛いが恐ろしいモンスターなのだ。
それ故に冒険者たちが動くこともできずにじっとしていたのだが、オルトロスはまるで気にしていないようで彼らに一瞥をくれるとそのまままたごろりと絨毯に横になっただけだった。
「あレ、オーガ一家、ペット! オデも時々、撫でル! 大人シい。可愛い! オデ、たマに背に乗せてモラう!」
キラキラした目でゴブリンさんが説明してくれたけども。
冒険者たちは、それに対して、「アアウン、ソッカー」しか言えなかったとしても。
許してあげて欲しい。
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