ダンジョンの記憶 編
第17話
「ゴブリンさん!! どうした!?」
「グ……男、戦士……よく、来タ……」
ある日、いつものようにゴブリンさんを訪ねて来た冒険者が目にしたのは家の壁に手をついて苦しむゴブリンさんの姿。
それはまあ、ぶっちゃけ醜悪なモンスターが唸っているだけのように見える。
でもよくよく見ればホブゴブリンである彼の赤い体からは玉のような汗が滲み、苦しみからか牙の覗く口元は歪み、そして今にも倒れてしまいそうだ。
「腹か、腹が痛むのか!?」
「大、丈夫……ダ……!」
「だけどよ……ッ」
「村娘ノ料理、食っタ……それだケの、コとダ……!!」
「ご、ゴブリンさん、あんたってヤツぁ……!」
いきなり見せつけられた男気に、男戦士は胸を熱くさせる。
だがそれをしらっとした目で見る残りの冒険者たちがいることを、許してやって欲しい。
いやまあだってこんな感動っぽい風にしているが、要するに『激マズのダークマターを食べて胃が痛いゴブリンさんがいる』だけなのだ。
うん、まあダークマター製造は止めていただきたいが一途な村娘ちゃんの気持ちを無下に出来ないゴブリンさんの気持ちも痛いほどわかる。わかるがそこまで感動的な話かと問われるとそうでもなかろうと思うのだ。
「リッチさんに会いに行った時に精霊の玉集めたじゃんか」
「まあ、ダークマターが炭になっただけかもしれないですけど」
「胃にはどっちにしろ優しくないな」
「あレは……結局、村娘にハ、使わなかッタ」
「ええ!? なんでさ!」
目を丸くする盗賊男に、ゴブリンさんはゆっくりとその場にしゃがみこんだ。どうやら限界らしい。
どれだけのモノを食わされたのか、そのダメージはちょっと想像できない。だって前にも見たけど、アレは食べ物じゃない。愛情があっても食べれないものは食べれない。
モンスターは悪食だから大丈夫。そんな風に思った時期もありました。今では誤解だと知っています。
ごめんね! ゴブリンさん!!
冒険者たちの思いは、届いていないに違いない。
だって真摯なゴブリンさんのことだ。きっと直接言っても許してくれるに違いない。
だけどまあ、そこはあれだ、一応良心の呵責ってものがだね。
「……村娘、戻っタら、努力スる、シテた。スキル上ゲて安全ヲ得よう。すル。卑怯と思ッた」
「……」
「なラば。オデ、願っタ。オデの、胃袋、強クすル。願ッた。叶っタ」
え、叶ってそれなの? じゃあ叶ってなかったらすごくヤバいってことじゃないの?
そんな言葉が冒険者たちの脳裏を駆け巡ったが、流石にそれは飲み込んだ。なんとか成功した。
冒険者たちの様子に気が付くこともなく、ゴブリンさんは何度か苦しそうに呻いてから大きく深呼吸をしている。
それは本当に苦しそうで、思わず男戦士が背中をさするほどだった。
「オデ、耐えル。……できるダケ、避けル。生キ延びル……!!」
「ゴブリンさんは……!!」
ごめん、なんか深刻だった。
そして落ち着いたところで冒険者たちは、結局リッチから聞いた話を元に今後の方針を定めたということをゴブリンさんに相談に来たのだ。
前回女装癖のあるリッチから、出奔した勇者の行方は聞くことが出来なかった。
だが森の奥から山に進んで行った形跡が見られることを知って、どうすべきかと問われれば当然上役とか色んな所からじゃあ行って来いよと圧をかけられるオチが見えている。
だが彼らには頼れる
道案内とか隠れる方法とか色々助言してくれたり協力してくれたりするに違いない。
それに、リッチは別れ際に言った。野兎に蹴られながら。あれはシュールな図だった。
『そういうことならダンジョンに行ってみたらいいんじゃないかな? あそこは勇者さまが修業の場にしてたから随分“育った”ダンジョンだけど、オーガに頼めば大丈夫だよ。あそこの記録を引きずり出せばなにかわかるんじゃないかな。ダンジョンだけどオーガの家だしね。いやほら、強くなりたいからってボクに弟子入り志願してきたんだけどね、ボク魔術師でしょ。リッチだけど。で、オーガって脳筋でしょ。魔力も殆どないし。ならダンジョンマスターにでもなればいいんじゃないってちょっと弄って放り込んだらそこが気に入ったらしくて家族で暮らして……ああああローブ齧らないでええええェェ……』
まあ色々ツッコミどころ満載だったけど。
確かにオーガがリッチの弟子ってのは変だなあとは思っていたんだよ。
オーガと言えばパワーファイター一択だっていうのにアンデッドで魔法系のリッチとどんな関係性だよと誰もが思うはずだ。まあ確かに強者と弱者で言えばリッチの方が物理効かないし即死魔法も使うからオーガよりも単純に強そうだとは思うけど。
まさかのリッチさん、面倒だからとダンジョン強化して放り込むという放任師匠だった。
それを喜んで受け入れるオーガもオーガだ。やっぱり脳筋間違いなしだ。
「ダンジョンに、記録を見に行きてェんだけどよ……やっぱオーガは人間を出迎えちゃくれねえかな」
「うーン。オーガ、強イ好き。人間、モンスター、関係ない」
「……ダンジョンマスターになってるオーガに認められる強さってどんだけだと思ってんだよ!!」
「ちょットわからない。デス。でモ大丈夫! オデ、心当たり、アル!」
「えっ、本当!?」
女戦士もぱぁっと顔を綻ばせた。そりゃ、まあダンジョンに挑戦とかはいつかしたいなと思うよ。冒険者だもの。
でもちょっと伝説の死霊使いがリッチ化してから強化しちゃったダンジョンとかちょっとゴメンナサイっていうか厄介でしかない予感しかしない。
どうせなら普通に挑戦したい。安心安全のダンジョンなんて存在しないのはわかってるけどこれは危険な香りしかしない。
「オーガ娘、兄貴イル! 兄貴、話ワカル。シスコンだけど」
「シスコンだけど」
うん、やっぱり普通じゃなかった。
いや、頼りになるゴブリンさんが話の分かる人(モンスター?)だというなら間違いはないんだろう。
というかシスコンならばゴブリンさんにとっては難敵じゃないのかという疑問も浮かんだが、そこは聞いていいのかよくわからなくて取りあえず冒険者たちは言葉を飲み込んだ。ほら、相変わらず空気が読める冒険者なので!
「デモ、ダンジョン、ちと遠イ。毒の沼地、通ル。オデ、平気。冒険者、平気?」
「平気じゃないな!」
「わ、わたしは毒消しの魔法も使えますけど……でも魔力が途中で尽きてしまうかも……」
「そレに、ココから歩く、危なイ上、時間必要。ロックバード頼む? 人間、ロックバード、怖がル。空飛ぶ、落ちル可能性アルけど!」
「落ちたくはないな!」
「でも歩くと毒の沼地か……ちなみに歩いていくとどのくらいかかるの?」
「二日はかかル。野営、すル。時々危険!」
「時々危険」
なんだろう、何を選んでも不穏な空気しか感じ取れない。
ロックバードなんて危険な飛行系モンスターはいくらゴブリンさんの頼みでも人間の武装した冒険者を載せてくれるものだろうか? というか鞍もついてないのにどうやってしがみついたらいいんだ? しがみついたら寄生虫がいてお陀仏とかそんな未来はないよな?
「……ゴブリンさん」
「なンだ?」
「他に、方法……ねエかなあ……」
一縷の望みを託す相手がモンスターというのは何ともやっぱり変な話ではあるんだけれども。
でもやっぱり出来る限り、安全な旅がしたいのです。
冒険者がみんな危険に飢えていると思うなよ!!
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