第16話

『だからさ、ボクは性癖はノーマルで可愛い女の子が好きな訳。でも服装はピンクとかのパステルカラーとか、フリルのついたのとかが好きだったんだよ。別に女性ものじゃなくてもいいんだ、ただ、可愛いとかきれいとかそういうのって大体女の子の方に比重が行くじゃないか! だったらボクの望みを叶えるなら女性ものの服を着るしかないってことになっちゃうじゃないか。ボクは可愛いのが好きなんだからさ。大体死霊術って学問自体はあんなに素晴らしいのに皆に嫌われる理由はあの辛気臭いローブとかのデザインの所為だと思うんだよね! 何が悲しくてあんなもったりした真っ黒いローブで足先から顔まで隠さなきゃいけないのさ、うさん臭さが爆発しちゃうでしょ! アクセサリーだってつけたら呪術がかかった危険な代物とか思われるし、そうじゃないよお洒落したいだけじゃん!! いやまあ確かに魔術具を装身具にしてる人もいたけどそれはそれこれはこれ! 何回かローブに刺繍とかしたら魔術師としてのモラルが云々って年寄り連中がうるさくてさ、ボクが国を追い出されたのって国王陛下が不老不死を求めてるっての一割、そういう革新的なのが九割だったんじゃないかなあって思うんだよね!! 時々人間の世界を千里眼使って除くけど、だいぶ男女ともにデザインってものが進化してるけど魔術師とかホント昔のスタイルそのままで悲しくもなるよ……ってねえ聞いてる!?』


「はいはい、聞いてますよ~。ダイエットは明日からですよね~」


「ご、ゴブリンさん……」


「諦めロ。リッチ、実はお喋りガ大好キ! 照れ屋でロくに人前に姿が出セないカら余計鬱憤溜まッテた。まあ聞き流せ、聞き流せ。ほトンどは女神、聞イてくレル。まス」


 そして肝心の、勇者の行方と装備品についてだけれども。

 そこはリッチも知らなかった。

 まあそりゃそうだろう、勇者一行が旅立った後も彼は王国に残ったわけなのだから。


 ただなんとなく動向としては出て行くんだろうなーと思っていたらしい。

 そこのところはリッチも「別に知らなくていいんじゃない? キミらが『疾風の救世主』を信じて、彼はそれに応えてくれた。それでいいじゃない」と言ったのでそれ以上は語ることもないらしい。


 ただ、国宝だとかいう勇者装備はあまりよろしいものではないようだ。

 勇者がわざわざ持ち出したことに関してはどうかと思うが、と前置きをしてからリッチは言っていた。


『あれは、よくないものだって勇者さま自身が言っていたからねエ。もしかしたら何かあるのかもね。お師匠さまはそういう事言ってなかったけど』


 真相は、やはり謎である。

 ただ、痕跡としてこの森を縦断するように流れる川を遡っていったような感じがするということだった。

 

「ええ……これ報告したらあの山登ってこいとか言い出しそう」


「まず間違いなく言われるな」


 ギルドマスターや上役たちの顔を思い出してげんなりする冒険者たちを他所に、リッチと女神はどこかズレた会話を続けている。

 リッチの熱いというか粘着質な“可愛い”へのこだわりに対し、女神の返事は「そうね~、クッキーよりはフィナンシェよね~」というまったく違うものだったりするがまあ当人たちが気にしていないのだから問題はないんだろう。

 周囲の微妙な気持ちはともかくとして。


 なんだろう。

 いいか、想像してみてくれ。


 爽やかな風、それに揺れる木々。

 上を見上げれば、どこまでも澄み切った青空。

 小鳥の声と葉擦れの音、それに満ちた空間。テーブルの上には美味しいお茶とお茶菓子。


 でもテーブルを囲むのは、半透明の美女と、着飾った藁人形と、ホブゴブリンと、武骨な装備の冒険者。

 その周囲を、長閑に野兎が跳ねている。


『へっ……くち!』


 そして急にくしゃみをしたリッチに、ああ、アンデッドもくしゃみするんだ……と思った瞬間、女戦士に撫でられていた野兎が倒れた。


「え」


『ああーまたやっちゃったー。女神っち、お願い』


「もおーまたですかぁー?」


「え、」


『いや、なんだかね、鼻がムズムズしちゃって。肉ないんだけどねえ。時々あるんだ! そうするとちょっとした即死魔法がね、なんか我慢できなくて発動しちゃうっていうか……』


「ええええ」


『あっ、大丈夫だよ! 普段は大丈夫なんだって!!』


「はいはい、蘇生しますよ~」


「蘇生!?」


 高位の司祭でも蘇生なんて無理だ、と驚く女神官をよそに、女神はどこからか奇妙な木の実を取り出した。それを見て、冒険者たちは目を大きく見開いた。

 だってそれは、入手難易度Sクラスの“奇跡の実”と呼ばれる木の実だ。噂によれば、蘇生も叶う程の回復力を秘めているという……まさかこの目で拝める日がくるなんて!

 きっとその実で野兎を復活させるに違いない。

 ……って売ったらとんでもない値がつく代物を、野兎に使うのかと思うとアレなんだけど、いやこっちが貰えるわけじゃないし、いやでもね!?


 そう思った盗賊男は悪くない。

 やっぱり人間、そういう面はあるのだ。ただ口にしなかったし奪うといった行動をしなかったんだから、考える位自由にしていいのだ。


「ふん!」


 どふっ


「え……」


「ふん!」


 どふっ


「ふぅん!!」


 どっふぅ


「あ、あの女神さま? なにをして……らっしゃる、んで、しょうか……?」


「何って。心臓マッサージですのよ? あっ、息を吹き返しましたね! さあこれをお食べなさい」


 小動物を抱きかかえ、奇跡の木の実を惜しげもなく食べさせてあげる女神さまマジ女神。いや女神だけど。でもなんだろう、感動的な場面だと思うし見た目とても尊いとも思うけど、奇跡の力もなんもない、女神さまのチカラ(物理)が野兎の命をつないで……結局奇跡の木の実は体力回復の為のものだったのかーなんだそっかぁー!


 そして生き返った野兎が、一目散に木の陰に隠れたままのリッチの方へとダッシュしていく。


 たたたたんっ!


 こっちにまで聞こえそうな足踏み。


『えっ、いや、だってね、あのね、ボクだって別に狙ったわけじゃ……いやいや違うよ!? キミがいるときにくしゃみをしちゃうとか、その際に毎回キミがご臨終しちゃうとかボクが狙ったわけじゃないよ!? え? その確率がおかしいって? いやまあそうだと思うけどね、ボクだってそう思うけどさ。でも誓ってキミを狙ってどうこうとかしているわけじゃないってあっ、あー! ボクのローブ齧らないで! ごめん! ごめんなさいってば!!』


「リッチのくしゃみ被害、アノ野兎、常連」


「常連とか言わないだろう、被害の」


「じゃァなンて言う?」


「知らねえよ……」


 ゴブリンさんも遠い目をしている。

 やっぱりいくら特殊モンスターだといえども、リッチさんと野兎の関係はより輪をかけて奇妙なんだろう。だって死の王とまで言われるアンデッドモンスターが、モンスターでもなんでもない、下手したら子供にだって狩られちゃう一般の野兎に土下座してる姿なんてどこで見られるだろうか。今見てるけど。



 リッチさんは助けて欲しい。悪気はなかったんだって。本当に。

 兎さんも助けて欲しい。毎回毎回いい加減にしてくれないかな、死ぬのも生き返るのもそう経験したくないんだけど!?


 冒険者たちとゴブリンさんも助けて欲しい。

 この状況で「必要なこと聞けたから帰るね!」って言い出せなくなった状況に。


「……ゴブリンさん、茶ぁとってくれねえか」


「おウ。茶菓子、ドレする」


「そうねーもう色んな事忘れるために楽しく食べましょうよ」


「そうですね、そういうのって大事ですよね!!」


「それって現実とう……いやいやなんでもねーよ、さっきの変な模様入ったクッキーがいいなオレ!!」


「あらあら、みなさん仲良しですのねえ」


 コロコロ笑う女神だけが、勝ち組なんだろう。

 でもみんな知ってる。


 この女神、なんにも現状わかってないに違いない。

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