第15話
『それで、ボクに何を聞きたいのかな? 勇者さまの事だっけ?』
「ああ、実は何故勇者が王国を出奔したのか、賢者もだ。それが王国にはまるで伝わっていない。その上、国宝と言われていた勇者の装備もそのまま持ち去られて……一体何があったのか、できればその装備だけでも国は取り戻したい……ってことなんだが」
「ちょっ、ちょっと、依頼の全貌話してどうするのよ!?」
「隠し事をする方が損な気がする。リッチ相手に駆け引きとか上等なこたぁおれたちには無理だろ。そもそもおれらクラスの冒険者に依頼するような内容じゃないことはお前らもわかってんだろ?」
リッチがいる『かも』しれない。索敵して、あわよくば倒して来い。それが当初の依頼だ。
男戦士はそんな
だが何故か助けを求めてくるホブゴブリンに出会うわ、人間嫌いの村娘ちゃんに出会うわ、モンスター同士も仲が良いゴブリンの村に出会うわ、異種族間で恋が芽生えてさあ大変! な現場に立ち会うわ。
うん、まあ、色々あった。冒険者を始めた頃にはこんなことが待ち受けているなんて思ってもいなかった。
普通は誰も思わない。
で、だ。
喋れる友好的なモンスター。そこから森にリッチがいるという現実。しかも敵対関係ではないという事実から、最初こそ頭がイカれたんじゃないかって疑ってかかったギルドも国家と話し合った結果、じゃあリッチ経由で色々事実を調べてきてくれたらいいんじゃないってことになったのだ。
表向き“モンスターとも友好関係を築けるにはそれに越したことはない”が、その裏に潜む真意を男戦士は知っている。
要するに、上手くいったらラッキー。冒険者たちが死亡したらまたモンスターはモンスターとして喋ろうが何だろうが危険だから殺してしまえという大義名分が立つ。つまるところ、使い捨ての勝手がいい道具というところだ。
だからといって断れば、ゴブリンさんたちに危険が及ぶかもしれないし自分たちも笑いものにされるだろう。
『……相変わらず、人間ってやだね~』
そしてリッチは語り出す。
まずはリッチが何故リッチになって、この森の奥で暮らしているのか、だった。
勇者とスライムキングの友情を経て森が再生し、勇者が出奔した。そこまでは確かな事実であるという。
勇者と賢者についていかなかったリッチは乞われるままに王宮魔術師となったが、死霊術師というのはやっぱり理解されがたかったのだという。
『大体さー死霊術師って言葉が良くないよね! 死霊術師ってのは生と死、神々が行う魂の巡る因果律、人と肉体の魂とはどのような流れで死と生が相反するエネルギーでありながら磁石のように惹かれ合い相互作用を──』
「そコ、多分、どうデモいイ」
『うぐっ!』
持論を述べようとするリッチをゴブリンさんは容赦なくぶった切る。だってゴブリンだからそういうのはちょっとわからないし、冒険者たちもきっと望んでないからだ。
ゴブリンさん的には生まれてくるしいつかは死んでいく、それが命なのだと思う。単純明快で、恐らくそれはそれで誰かの真理というやつなんだろう。
で、不思議なのが死霊術師が賢者の弟子というところだが――そこはちょっと冒険者たちには理解しがたかった。
伝説の賢者とは鋼の肉体を持ち、寡黙で、慈愛に満ちた人だったと言うが……リッチに言わせると「頼もしいおねえさん」だったんだそうだ。
おねえさん? え? おにいさんじゃなくて?
『体は男の人だったけど、心は女の人だった。ちなみにボクは女性ものの可愛い服が好きだったから好んで来てたんだけど、基本的に女の子が好きだよ! それで勇者さまはそういうの、差別しない人でね。“にゅーはーふ”とか“じょそこ”とか、不思議な言葉を喋ってたよ』
自分らしくあれるんなら、それでいいんじゃないのか。
その勇者の言葉に、彼らは救われた。
美談である。
己がマイノリティであると知る賢者は寡黙で孤独を貫いていたが、勇者の言葉に救われ魔王を倒す旅に加わり、そして同じようにマイノリティで悩む死霊術師に出会い師弟関係が結ばれたのだという。
『まあ、今のボク、自由だけどね!』
「性別もナイしナ!」
アンデッドなので。
でもアンデッドってそんな朗らかなものだっただろうか。ゴブリンさんと人形が大笑いしているのはなんていうか、シュールだ。
なんだかこれだけでお腹いっぱいなほどの情報で、しかも報告しづらい。冒険者たちはそっと頭を抱えた。でもなんだか安定のゴブリンさんたちに、どこか安心もしちゃっている自分たちが辛い。
もうやだ、このモンスターたち。人間族の常識をブッチしてくる。あ、でもリッチは元人間だった。
そしてある時、死霊術師は国王に“不老不死の方法を研究してこい”と森に追いやられたんだとか。でも普通に考えたら不老不死は無理ですよと答えたところ、見つけるまで帰ってくるなと……ああ、これ体よくリストラになったんだなあって思った死霊術師はこの場所に居を構えたんだそうだ。
そして泉の女神と仲良くなって、老衰で死んで、静かな環境のおかげで死霊術を極めていたのでリッチ化したという経緯。
『その時、ボク、閃いたんだよね!!』
リッチ化してからちょっと経っての事だった。
死霊術極めてリッチになれば不老不死じゃないか!
そう閃いたリッチ(になった死霊術師)は、意気揚々と王城へと転移魔法を使った。だってすごいことに気が付いたからね、とにかくすぐにでも王様に報告したかったんだよね。子供か!
だけどその時、彼は気付かなかったのだ。
リッチになった彼の“ちょっと”が百年ちょっとの時間経過であり、当時死霊術師の才能を妬んだ他の魔術師が国王に死霊術は危険だと進言して追い出したという記録があってその所為で祟りに来たのだと思われたのだと……そんな事実ないからね!? と慌てたリッチはその記録を燃やした。
燃やしてなかったことにして、仕切り直そうと思ったんだけど余計悪化した。何故だ。
「いやなんで寧ろわかんないかな!? そりゃ悪化するって!!」
『えー』
「えーじゃない!!」
可愛く言ってもリッチである。声が聞こえるのは藁人形だし、本体は骸骨である。可愛くはない。
「しかもさらっとなんか泉の女神とか出てきたよな!?」
「それって森の女神さまじゃないの!?」
「ソう、森の女神。そこの泉、住ム!」
ゴブリンさんがあっさりと認めると冒険者たちが何とも言えない顔をして、脱力した。
もうやだ、情報過多すぎる。
「お呼びですか~?」
『違うよ、キミとボクが仲良しって話をそこの人間さんたちにしてただけだよ~』
「あらあら、まあまあ」
『だからキミはまた泉で寝てていいよ』
「それじゃあお茶にお呼ばれしようかしら」
泉から出てきた美女に冒険者たち目を丸くする。
そしてリッチと会話してるのに会話が成立していない。仲良しなんだよね?
「……ゴブリンさん……?」
ぎぎぎ、と音を立てそうな男戦士の動きに、ゴブリンさんはただゆるく首を振った。
「リッチも、女神モ、ドッちも天然。会話、噛み合ワナい。何時もノ事。諦めル、大事」
「えええええ……」
なんだろう。
もう、情報が飲み込めない。
そう思った冒険者たちは、取りあえずツッコミとそれらの気持ちをお茶で飲み込んだ。
でも、誰か助けてくれないかなあ。常識人、来ないかなあ。
そう思った彼らの視線はゴブリンさんに集中したのだが、残念ながら気付いてもらえはしなかった。
助けて、ゴブリンさん!
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