第14話

『さて、冒険者たちよ……改めて名乗るまでもなかろうが、余はリッチ、不死者にして偉大なる魔法使い。賢者の弟子にして死霊術を極めし存在……お主らは何を求め』


「前置き長イ! 素直に客来た、喜ブ! お菓子作ッて待ってタくせに!」


『あああああああボクの苦労を台無し! 酷い!!』


 おどろおどろしくも律儀に挨拶をしてきたリッチ(代理:自作藁人形)の口上を遮って、ゴブリンさんが呆れたように切り捨てれば威厳も何もかもが消え去った嘆きが聞こえた。

 その瞬間、冒険者たちもものすごく委縮していたはずがどこかで思ったのだ。


 ああ、ゴブリンさんの同類だわコレ。

 まだちょっとすんごい強くて怖い存在を前に体はものっすごく緊張しまくってるけど。

 間違いないわコレ、ゴブリンさんの同類。


 だって確かによくよく見れば、切り株のテーブルの上には季節の花が飾られ、美味しそうなお茶と焼き菓子がこれでもかと言わんばかりに並んでいる。どう見ても超歓迎されている。

 いや、毒が入っていると疑ってかかるべきかもしれない。ゴブリンさんめっちゃもりもり食べてるけど。

 そうだよね、村娘ちゃんの悪意ないダークマターの餌食になっていたからね、美味しいもの食べたくもなるよね……!!


 ってことは美味しいんだろう。多分。

 味覚的には最近ゴブリンさんと冒険者たちはそう違いがないってわかったし。オークレディおっかさんが料理上手だからかもしれないけど。

 時々ちょっと「これなあに?」って聞きたくなるけど聞いたら食べれなくなりそうな材料とか入ってそうだけど。食べて問題はない材料だけど。ほら、なんかステータスが一時的にアップしたりもするし。

 

 で、目の前の焼き菓子。

 クッキー、マフィン、スコーン、ブッセ。まるで洋菓子店で買ってきたかのような品ばかり。

 だが当然、ここはモンスターが暮らす森であって誰かが人間の街に買い出しに行ったとか人間の協力者がいるとは到底思えない。となればやっぱり作ったのはここに住まう者であってやっぱりそこはゴブリンさんが言ったように不死者の王なんて呼ばれて恐れられているはずのリッチが作った、という事に行きつく。


「えええええ……マジか……っ!!」


「リッチ、ジジイ。でモ可愛い、大好キ! 人見知り。でモ寂しガリや! 超メンドイ。でモ良いリッチ」


『ゴブリンくん、上げるか落とすか褒めるか貶すかどっちかに絞って!?』


「顔、出さナイ。ない!」


『だ、だだだだだって恥ずかしいじゃないか! 彼らとは初めて会うようなものだよ!?』


「ナイ!」


 ゴブリンさんはどうやらきちんと顔を出して挨拶しないリッチさんが悪いと譲らないらしい。どこまで男前なのか。でもその口元にはクッキーのカスがついてるけども。

 というか、慌てるリッチの口調は大分幼いような気がするが、ゴブリンさんは“ジジィ”と呼んでいるのだからそれなりの年齢には違いない。というか勇者の仲間である賢者の弟子、となると伝説と王国の記録によれば百年単位で大分昔からの話だ。

 

 結局「恥ずかしいから」「ちゃんと挨拶すべき」のやり取りが繰り広げられた結果、リッチはちらっとだけ姿を見せることとなったのだ。

 ツリーハウスの根元、泉の傍ら。


 そこからまるで恋する人を応援するために木陰からそっと覗き見る乙女がごとく……フリルドレスを着たリッチの姿が!!


「え。ええええ!?」


「ちょっと待って、アレ!?」


「リッチってなんかイメージ的にはボロボロの年代物ローブなんだけど!? なにあれ! すごい綺麗!!」


「し、しかもご覧ください、あのリッチが持っている杖……!! すごくデコられてる……!!」


 一般的なイメージのリッチと言えば、死霊術師がその技を極めたとされる。

 故に人間としての死を迎えた時に着ていたローブを見に纏い、悠久の時を過ごすと考えられているし、リッチが使う魔術が死を司るだけにおどろおどろしい杖とか巨大な鎌を持っていて、吐き出す息は人間を凍えさせるとかそんなイメージだ。

 目が合ったらお前の魂抜いちゃうぞ☆ とかそんなイメージがあったのだ。


 だというのに、冒険者たちの前に照れているからかモジモジと木陰からひっそりこっちを見つめる(といっても目はない。だって骸骨だもの。)乙女が如き仕草の、リッチ。


「リッチ、趣味が手芸! お菓子も作ル! 上手。でモ照れ屋だカラ、食べル相手、いなイ。リッチ、自分は食べナイから……」


「食わないのか」


「アンデッドだかラな!」


「あー……」


 ああ、うん。

 アンデッドの王だもんね。


 手芸が趣味でお菓子作りもプロ級だったとしても確かに味見もできないよね。

 じゃあ食べてくれる人(モンスターも可)がいてくれたら嬉しいよね。そりゃ張り切ってお洒落して出迎えちゃうよね。

 でも照れ屋だから隠れちゃうんだね……!!


「ああ、うん。やっぱりゴブリンさんの知り合いだわ。間違いねーわ」


「む、どういう意味ダ」


「いや、悪い意味じゃねぇよ……うん、ほら、歓迎好きなとことか」


「否定はデキない!」


「ちょっとは否定しろよ。お前さんモンスターだからな!?」


「モンスターが歓迎好き、なに悪イ! ちょっト人間かラ見テ特殊。それダケ!!」


「ま、まあそうだけどよ……そうなんだけどよ!?」


 ゴブリンさんに非難されて盗賊男もぐっと怯む。確かに今自分が言ったのは人間側の価値観だ。ゴブリンは危険で最弱モンスターで、リッチは危険で無慈悲なモンスターだと。

 でも確かにちょっと特殊だ、人間から見て。多分モンスターから見てもだけど。


 だけど、確かに価値観の押し付けはいけない。それを感じさせられて、盗賊男がぐぬぬと呻いた。


「まア、リッチ。出てキタ。アレで勘弁しテやって。本当ハ、ちゃんト挨拶しタい。でも素直にナレない。ごめんナ」


 このホブゴブリン、気遣いのゴブリンである。

 そんなゴブリンさんの発言に、怯えまくって持て成しに毒が入ってるかもなんて疑った自分たちが汚れた大人であると思ってしまった冒険者たちの方が今度はひるんだ。

 そしておもむろに、盗賊男が目の前のスコーンを鷲掴みしたかと思うと一口で頬張った。

 もぐもぐ、ごくん。

 大き目のスコーンだけに喉に若干つっかえたようで慌てて茶も掴んで飲み込んで、彼は──目をキラキラさせた。


「うっっっんめェこれ!!」


「えっ、えっ?」


「やっべ、コレまじで美味いわ!! あり得ない程美味いわ! 茶もなんか今まで飲んだことないくらい美味い!!」


『えっ、ホント!? ボク嬉しいなあ! よ、良かったらどんどん食べてね、おかわりも作れるから!』


 盗賊男の歓声に途端に華美な藁人形も歓喜に震えた。

 どうやら作ったお菓子を褒められたことがとってもとっても嬉しかったようだ。


 あれ、なんだろう。

 このリッチ、可愛くて可哀想で、やっぱりゴブリンさんの知り合いだコレ……。

 

 冒険者たちが改めてそう思ったところで、色々悩んだのがばからしい気持ちになった。


「……はぁ、もうなんだかなあ。いただきます」


「私も。クッキー、いただきますね!」


「じゃああたしはマフィンかな」


 めいめいに、目の前の菓子に手を伸ばして頬張る。

 そして──叫ぶのだ。


「うっっっンまああああああああ!!!!」


 ただこれだけは忘れてはならない。

 女性陣が、美味しさに我を忘れて頬張るそれらに幸せを感じつつ、体重……と思わず呟いてしまうことを。


 そしてそれをもし耳にしたならば、悪い事は言わない。



 聞かなかったことに、すべきなのである。

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