リッチ(ジジィ) 編
第13話
「もウ、限界。オデ、限界……!!」
「ど、どうしたゴブリンさん!? 酷ェ顔色だ!」
いつものように穏やかなゴブリン村で、慟哭するゴブリンさんの姿があった。
そしてそれを慰める子ゴブリンたちと、そしてそれに遭遇した冒険者がオロオロする姿。
なんでだか、これはもう日常の風景となっている不思議。
「村娘の……料理……! もウ……限界……!!」
「……ああ……」
血の涙すら流すんじゃないかと思えるゴブリンさんのその言葉に、冒険者たちは察した。遠い目をした。だって、彼らは知っている。
村娘ちゃんは良い女の子だ、ゴブリンさんのお嫁さんになりたくて必死に花嫁修業に励んでいることも知っている。健気で一途、ちょっとヤンデレだけど。
そして、料理の才能が壊滅的であることも知っている。もはやその才能の無さはゼロじゃない。マイナスだ。
いっそ呪われていると言われた方が「なるほどね!」と納得できるんじゃなかろうか。
その域でアレはない。ないったらない。あり得ない。
そしてそれを毎度毎度押し付けられるゴブリンさんの胃袋が、とうとう限界なんだろう。
「でもなあ。彼女がそうそう料理を諦めるとは思わないけどどうすんだよ?」
「方法、アル! コれ最終手段!!」
「ええ? どんなの?」
女戦士が眉を顰めつつ、ゴブリンさんの“最終手段”に興味を示す。
実は彼女も料理が苦手なので、上手になれるならちょっと縋ろうと思っているが内緒である。
「森の精霊、隠しタ玉集めル! 精霊、お願イ聞いてクレる! スキルアップお願イスる!!」
「そこは料理を諦めさせるんじゃないのかよ」
「努力、悪いコト違う。他人、迷惑、困る。でモ、村娘、努力、それは良いコト!」
「相変わらずゴブリンさん、男前だなあチックショウ!」
思わず盗賊男が叫ぶが、皆の気持ちはなんとなく同じだったので誰も突っ込まない。
ゴブリンさん、愛されている。
「しかしそんなモンがあったのか」
「その精霊の隠した玉っていうのは一体いくつあるの?」
「森の中、大体三十個くらい集めタら精霊、聞イてくレる。数、正確、ない! アイツら超アバウト!」
「適当だ! 適当だった!!」
ぐっとサムズアップしたゴブリンさんの言葉に女戦士が遠い目をした。まあなんとなくわかっちゃいたけど、料理の腕が上がるわけじゃない。っていうか精霊が隠したモノを三十個も見つけるというのはなかなか至難の業ってやつじゃないのか?
でももし便乗していいなら自分もスキルを上げたいなあなんて女戦士がちょっぴり思っているのは内緒だ。彼女は目玉焼きも焼けないタイプである。自覚はしているので人に食べさせることはない、良心的な料理下手なタイプである。
「リッチのジジィ、会いに行く。つイでで良イ! 冒険者たち、手伝ッて!」
「おう、かまわねーよ」
「ゴブリンさんの頼みだしな!」
「……私も興味あるし、いいわよ」
「勿論、そのように優しいお願いでしたら喜んで」
それぞれがそれぞれにゴブリンさんの言葉に応じて、彼らは村を出発する。
森の奥に進むまでに、ぽろぽろと見つかる玉は冒険者たちも「そういや見たことあるな」と思うようなちっちゃくて綺麗な石だった。それが茂みの中にあったり木の枝に引っかかっていたり、モンスターの体にくっついていたりとかまあ色々だ。
それらを拾い集めつつ、彼らは森をどんどん進む。
「それにしても森を治めるっていうリッチが会ってくれるってのがなあ……」
「オデ、聞いタ。勇者の話、聞きタい。喜んで話ス言ってタ。でモ照れ屋だかラなあ……姿ヲ見せるカはわからナイ」
「そ、そうか」
「リッチって、アンデッド……よね。怒らせたら私たちを殺すとかないわよね……?」
「リッチのジジィ、穏健派! ナイナイ!」
カラカラ笑うゴブリンさんは満足そうだ。
なぜなら彼の腰についている小さな袋には森の精霊を満足させるだけの数集め終わった石が詰まっているからだ。これで胃袋の安寧を得られると思うならば確かにご機嫌にもなるだろう。
だけれど冒険者たちの心境はなんとも不安でいっぱいだ。
だってやっぱりリッチと言えばアンデッド、アンデッドの中のアンデッド。
危険度で言えばランク付けなんてとんでもない。
ゴブリンさんはもうなんだろう、規格外だ。そういやモンスターなんだよね、なんて思うくらいに。
いや、モンスターだってわかってるよ? 理解している。
でもほら、ゴブリンさんはホブゴブリンであってアンデッドじゃないし、紳士だし、ゴブリンはモンスターの中でも危険は危険だけど単体ならそこまで危険でもないような、いやでもモンスターだから当然一般人からしたら危険だけど。
とにかく、ゴブリンとリッチで比べるのも奇妙な話だってことだ。
だがまあ冒険者たちの不安は当然の事なのだ。そう、リッチは危険極まりない。だって不死者だもの。そこら辺に居るゾンビなんて目じゃない。いやゾンビはそうそうそこらに転がっているものでもないけど。
リッチがいるか確認の上、倒せそうだったら……なんて大分前に依頼を軽い気持ちで浮けてしまったことを悔やむくらいには、危険なのだ。
でもゴブリンさんの知り合いなんだし、そこまで怖くないと信じたい。
「ここ! リッチのジジィの家!」
「……すごい……!!」
少し拓けた森の奥まった場所。それはゴブリンさんが案内してくれなければ、到達できなかったであろう奥地だ。時折危険度の高そうなモンスターに遭遇しかけたが、ゴブリンさんが察知しては茂みに隠れてやり過ごしここまで来た甲斐があるってものだ。
その拓けた場所の真ん中に、大きな切り株のテーブルと、それを囲むように小さな切り株の椅子がある。
その奥には巨大な木に寄り添うように、なのか。それとも木から家が生えているのか、家から木が生えているのか?
そんな雰囲気のツリーハウスが目の前にあるのだ。
その根元には綺麗な泉まである。
まるでおとぎの国に出てきそうな光景だ。
アンデッドの王なんて称されるリッチが出てくるなんて信じられない。
『よく来た冒険者たちよ、ゴブリンよ……さあ、テーブルにつくが良い』
「うわあ!?」
「こ、声が……! どこから!」
「リッチ! 人と話ス時はちャんト出てクる! 礼儀! 礼儀!!」
『良いから座れ!』
「くっ……冒険者たち、ゴメン、リッチはシャイ。許セください」
「あ、大丈夫だから。ゴブリンさん、ほら。リッチが怒ったりしたら怖いから! 大丈夫だから!」
怨念の塊かってくらい気味の悪い声が頭に直接響いたことでパニックになりかけた冒険者たちだったが、礼儀知らずだとリッチに説教しようとするゴブリンさんに慌てて別の焦りを覚えるのだ。
だってそこで怒って全員なにかしらの呪いとか貰ったら怖いじゃない。
恐る恐る切り株の椅子に座ると、よくよく見たら変な人形が置かれている椅子が一つあった。
まるでビスクドールが着るかのような華美なフリルのついたピンク衣装を纏った藁人形。
そう、藁人形。
呪いに使うアイテムとかで有名なあれである。
やっぱり怖い。
冒険者たちはさぁっと血の気が引くのを感じて、救いを求めてゴブリンさんを見た。
ゴブリンさんは彼らの視線を受けて、人形を睨みつける。
「……コレ、リッチの代理。恥ずカしイから、取りあえず自作の人形置イた。害、無い。許せ、クダサイ」
冒険者たちは天を仰いだ。
そのセンス。ちょっとわからない。
やっぱり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます