第12話
結局のところ、スライムキング曰く勇者はスライムキングがこの森で生きていく術をしばらく教えてくれたらしい。
スライムキングにはわからなかったけれど、勇者とその仲間が毎日焼け野原を歩いて地面に何かをしていたのはきっと意味があるんだろうと思っていた。
スライムキングが勇者に教わった通り森の毒となりかねない死体を喰らい、分解し、この湿地を根城として頑張っていると勇者は何度も褒めてくれた。嬉しくて何度も跳ねたし、毎日の繰り返しもちゃんとやった。
すると森は次第に成長し、スライムキングは時々攻撃されたことによって分裂したりした結果家族(?)が増え、勇者の助力を得て他のモンスターたちとも交流することに成功したのだ。
森の掃除屋、そう呼ばれてダンジョンに派遣とかをし出すのはもっと後の事。
そして、スライムキングは他のスライムたちの『親』として奔走し続けた。勇者とその仲間が小さかったスライムを大事にしてくれたように、そうするのが良いとスライムキング自身が思ったからだ。これが自我の芽生え、或いは仲間意識というものであるとスライムキングは知らない。
ただ、そうすべきだと思ったのだという。
なんだろう、「ちょっと……こう、ぐっとくる話じゃん……?」と思わず盗賊男が呟いたが、他の冒険者たちもうんうんと頷いた。なんだか彼らはすっかりモンスター寄りの人間になりつつあるが、一応言っておく。
彼らは腕利きの部類に入るはずの冒険者たちである。
決してモンスター相手に便利屋をしている旅人じゃない。れっきとした冒険者である。
さて、それはともかく。
成長した
少し体が大きくなったスライムキングは森の掃除屋としてはサイズ的に邪魔……じゃなかった、不都合だったのでお留守番が増え、他のスライムたちが食事も持って帰ってくるような家庭的な感じになったのだという。
それを見て勇者が「もうここ、家とかないけど村だな! スライムたちの村、『スライム村』の爆! 誕! だ!!」と言ったから、その日からここがスライム村になったんだという。
まんまじゃねえか。
ちょっと思ったけど、今は良い話をしているところなので誰もそれは突っ込まなかった。
読むべき空気は読む。
それもデキる冒険者には必須なのだ。
「そんなアル日、体が痛クなっタ」
「誰の」
「スライムキング」
「……素朴な疑問だが、痛くなるような部分あるのか?」
「跳ネる、痛い。揺れる、痛イ。風吹く、痛イ!」
「えー……つまり全身って事か」
「ソれデ、勇者、言った。スライムキング、病気。病気の名前、ツーフー!」
「ツーフー……聞いたことねェな?」
冒険者たちも首を傾げたが、勇者が言ったのは病気は正しくは『痛風』。
時々スライムキングの体内で何か結晶ができて出てくるそれがきっと内部から痛めつけてくるに違いないと意見は一致したが、治療方法は不明だ。
何故病名がわかったのかといえば、ステータス異常として表示されたからだ。それを見た時勇者は顔を歪めたという。彼の父親がそれに悩まされたらしい。
賢者すら知らない病名だったが、勇者は
どうやら原因は、子供たちが持ってくる食事を食べるだけで置物状態になっていたことのようだった。
本来は透明だった体は痛みを覚えるようになってから濁るようになり、今では真っ白だ。
勇者が動かない方がいいと言っていたので村の真ん中の岩に鎮座するようになったのだ。
実を言うと今も痛いらしい。
「お……恐ろしい病気だな、ツーフー!」
「なんてことでしょう……何もお役に立てず申し訳ありませんっ……!!」
冒険者たちも恐れ戦いた。
だって原因が食べて運動不足でなるだなんて、なんて恐ろしい病気だろう。
しかも体の内部に石ができるだなんて! 恐怖でしかない。
そもそもそれがモンスター特有の病気かどうかが問題であったし、伝染するかも問題だ。
異世界から来たという勇者の父親がその病気に罹っていたというのであれば、もしかすると異世界特有の病気だったのかもしれないという疑問だって浮上する。
そんな深刻な彼らに対して、ゴブリンさんは朗らかだ。
「大丈夫! 病気、ウツラナイ。安心すル! スライムキング以外、スライムたち、ツーフー、なる。イナい! ゴブリン村にもいなイ!」
「そ、そうなのか」
ゴブリンさんがきっぱりと言い切ってくれたことで冒険者たちもほっとした。
だってそんな得体のしれない病気はやっぱり怖い。
どうやらスライムキングだけが今のところ発症している病気のようだ。
でも待てよ、と冒険者の中でも貴族やお偉いさんと顔を合わせることの多い男戦士は思う。
(……なんかこないだ、どっかで似たようなこと言ってるヤツいなかったか……な)
ちょっと気が合わないなと思うお偉いさんだったかな。
ああ、そうか、アイツもツーフーとやらなのかもしれない。どこぞの名医でも治せてないって言ってたから。そうか、人間でもなるのかー。
酒の飲み過ぎも、肉ばっかり食うのも止めよう。運動しよう。
男戦士はしっかりと胸に刻み込んだ。
だって体から石が出るとか痛いとかやっぱり嫌だし。
「そ、それで勇者さまはどこ行っちまったんだ?」
「勇者、旅スル言った。スライムキング、子供たちいタ。残った」
「そうか……」
「でモ、スライムキング、リッチは知っテるって言う!」
「!!」
冒険者たちが顔を見合わせる。
そうだ、リッチの存在を忘れていた!
いや、忘れてなんかない。ほら、シャイ過ぎてゴブリンさんによれば五年くらい遠くから見守ってじゃないと会えないっていうくらい内気だって言うから話を聞くのは後にしようって思ってただけ。
そう、忘れてたわけじゃない。もうちょっと、ほら、こう。距離をね、ちゃんとしたほどよい距離って大事だよね!
でもそうなるとリッチに会いに行かないといけないということになる。
なにせ依頼内容は、勇者の行く末──そして彼が持ち去ったという装備の数々なのだ。
でもリッチと言えば、恐ろしいアンデッドの王とも呼ばれるような存在だ。
王国に仇名す存在として歴史書にちらっと登場することもあった。何故恨まれるかまではよくわからなかった。
なんでもリッチがある日城を訪れ、数世代前の王の名を呼んでいたらしい。
その王と側近は、賢者の弟子であった死霊術師を国から追放したという記録があったので恐らくそこから怨嗟が生まれたと推測されていたのだが……冒険者たちはそれが間違っていると思っている。
なぜなら、ゴブリンさんは言った。
リッチは王国の紋章を見て『懐かしんでいた』と。
そしてリッチは森を治める役目を担い、照れ屋で内気でちっちゃい子も好きだという。
あれ、リッチってアンデッドだよね。怖いんだよね?
そう思っていたんだけどゴブリンさんがそう言うなら違うのかもしれない。いや、アンデッドなのは違わないけど。
「どうしよう……オレ、最近思うんだ」
「……なによ」
盗賊男がしんみりと言えば、応じないわけにはいかないと女戦士が視線も合わせずに聞いた。
「オレたち、なんか……馴染み過ぎじゃねぇかな……」
「……そう、ね……」
モンスターと会い、モンスターと食事を共にし、笑い、時々価値観の違いに慄き、お互いをなんとなく助け合う。
あれ、ちょっと待って冒険者とモンスターってどっちかっていうと敵対関係が一般的だよね。
だとしたら自分たちって今すごく奇妙過ぎない? でも今更ゴブリンさんと戦うとか考えられないけど。あり得ないでしょ、だって友達になったし。紳士だし。
「でも」
女戦士はぽよんと揺れて一瞬ぎくりと体を固めたスライムキングを見て、何かを悟ったように穏やかに微笑んだ。
「 い ま さ ら だ と お も う わ 」
「……っすよねー」
そう、今更だ。
今更、元の平凡な冒険者生活には戻れまい。
戻りたいかどうかも微妙に今わからないんだもの。
でも世間一般に知られたら、なんだか居心地悪いんだよなあって気づいちゃったんだ。
気づいちゃったけど、これ、どうしたら良かったんだろうね!
そう思ったけれどそれ以上は盗賊男も言わなかった。
やっぱり空気を読むってのは、冒険者生活に必須なのである。
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