第11話
スライムキングが勇者に会ったのは、勇者が魔王を倒す少し前位だったという。
スライム族にとってみたら魔王なんて存在は特に敵味方関係なく、どっちかといえば「最近やたらご飯が落ちてるなー」くらいの感じにしか思ってなかったらしい。人間もモンスターも関係なく、平和である。っていうか危機感ゼロである。
その頃のスライムキングのサイズは、人間が抱き上げられるくらいのサイズだった。よく勇者が「お前いたらサッカーできそう!」とか言ってたらしい。サッカーがなんだかわからないが、勇者はスライムキングのことを気に入っていたようだ。
ある日、ご飯を幾つか置いて勇者は出かけて行った。
そして戻ってきて、またちょっと出かけて行って、戻って来たという。
多分それ、『魔王を倒しに』行って戻ってきて『王城に報告に』行って戻ってきた……というか出奔してきたんだろう。
「その時誰が一緒に居たんだ?」
「人間族っぽイの、勇者ともウ一人! 多分賢者!」
「伝説の通りね」
「でも多分ってなんだよ、スライムキングは勇者と仲良かったんなら他の勇者パーティの事も知ってたんじゃないのか?」
「スライムキング、人間判別できない。オデたち雌雄くらいわカる。スライムキング。雌雄もわからナイ」
はーやれやれ。困ったもんだよね。
そう言わんばかりにゴブリンさんは首を振った。そして冒険者たちを見る眼差しはこうも語っている。わかってあげてね、と……。
だが、冒険者たちの視線は若干温度が低めだ。だって期待してた程の情報は得られないってもうわかっちゃったんだもの。
「……」
「だっテ、ホラ、スライム分裂で増エルし!」
「……」
「め、目モあるケどなイみたいナもの! ダカラ、ほラ……ね?」
「……」
「冒険者、そんナ目で見ル止める! ホラ、スライムキング落チ込んダ! 案外繊細! 謝る! 早ク! 泣いちゃウ、可哀想!」
「わ、悪かった」
ちょっとー男子ィー、スライムキング苛めちゃだめでしょー?
そんな声がゴブリンさんから聞こえてきそうである。
まあ確かに責められる謂れはスライムキングにない。冒険者たちが勝手に期待しすぎただけの話だ。そもそもスライムキングが勇者と接したことがあるっていうだけでも大きな収穫だったじゃないか。
プルプル震えるスライムキングも確かに落ち込んでいるようだ。若干その表面の艶が失われているような気がする。
そして冒険者たちもそんなスライムキングの様子についつい聞き逃したが、ゴブリンさんも結構酷い。案外とか言った。でも誰もそこは突っ込まない。だってゴブリンさんはほら、紳士だから。きっと翻訳の言葉が上手く見つからなくて直接的な表現になっちゃっただけに違いない。
村娘ちゃんがいたらきっとそうフォローしてくれただろう。
「スライムたち、人間、争わナい。リッチ来る前から、ここ、住む! 勇者見つケた場所」
「え、そうなのか?」
「その頃森、焼け野原。スライム、死体食べル、アンデッド出ない、平和!」
それはどうなんだ。
確かに魔王と勇者の戦いで色んな土地に大きな傷痕が残されたとは文献にあった。熾烈な戦いを極め、森は焼け、大地は抉れ、空は常に暗雲に覆われたとか覆われないとかそんな感じに。まあ誇張表現も多々あったんだろうけども、生き証人(生きスライム?)によってやっぱり大変だったんだなあという歴史は垣間見えた。
といってもそこいらに死体が転がっていてほっといたらアンデッド化するとか知りたくない事実。いや、そうなるって事例は今でも報告があるので冒険者たちにとっても厄介だという事は理解できるけど。
じゃあ同じモンスターの死骸も食べちゃったのかよと思うとなんだろう、このモヤモヤ感。
これがモンスターと人間の感性の違いというやつなのか。いやそれそのものだった。
「勇者言ってた! 森、アンデッドばっかり、根っこ腐ル! 良くナい!!」
「……まあ、死体からアンデッドになると毒を持ってるやつも多いっていうし」
「そもそも腐ってるから他の生き物に良くないしね……」
「そうなると食物連鎖とかも上手くいかないわけだから、まあ環境にいいとは言えないよね」
「ソウ! それ!」
どうやら勇者も色々考えた結果、スライムのなんでも食べちゃう消化能力に目をつけてこの土地の掃除をお願いしたという事らしい。
スライムキングはどやぁと胸を張ったようだが、冒険者たちには単純にぷるんと震えただけにしか見えなかった。残念。
ちょっとゴブリンさんでも気がつけなかったようだ。
「スライム、増える。森、掃除する。モンスターも、動物モ助かる。デも食べ過ぎダメ。増えスぎ、ダメ。ほどほど、勇者教エてッた! スライムショーも勇者考案! 勇者すごい!!」
果たして、ここまで勇者がモンスターによって称えられる姿が今まで見られたであろうか? いや、ない。
しかも強いとかカッコいいとか頭良いとかそういう褒め言葉じゃない。
スライムショーの発案者。素晴らしい! そうキラキラした目で醜悪なホブゴブリンが褒め称え、その横で白い餅……じゃなかった大きなスライムが(多分)胸を張っている姿はなんだか微笑ましいんだか気持ち悪いんだか、正直もう冒険者たちにはよくわからなかった。
多分誰が見てもよくわからないんじゃないかと思う。
「勇者さまって、私たちが想像していたような御仁ではないのでしょうか……」
「どうにもやんちゃな御仁のような気がするなあ」
「勇者さま……ツルギ・オウガ、か……よくわかんなくなってきたなあ。王国の伝説じゃあ『疾風の救世主』とか呼ばれてたとか、色んな人に平等だったってことくらいしか」
「そレ、偽名な上に恥ずカシい黒歴史とカ言ってたラしい」
さらっと笑顔で言ったゴブリンさんに、冒険者たちが目を剥いた。
そんな彼らの様子もわからないのか、ゴブリンさんは続ける。
「本名、違ウ。ちょッとカッコつけたカった。悪気はナイ!」
かつて勇者はこうスライムキングに言った。
『オレ……ガキだったんだよなあ……』
所謂、中二病だった。
それに気が付いたのは、魔王を倒すちょっと前だった。遅すぎた。遅すぎたのだ。
疾風の救世主とか名乗ったり、漢字にしたら『暁 桜牙』と書くその名前。
彼は様々な出会いと別れ、戦いを乗り越えて大人になり──それが、黒歴史となり。人々に今更本名も名乗れず、どこに行っても『勇者さま』だの『疾風の救世主さま』なんて呼ばれるたびに頭を抱えてしまいたくなってしまったなんて誰に相談したら良かったのかわからない。
スライムキングもわからない。だってスライムだったからね! キングになってからもあの時の勇者の嘆きは理解できなかったが、とりあえず元気を出して欲しかったことは覚えている。
そして、当然それは後の世で“消えた勇者”の物語を追う冒険者たちにもわからない。わかるはずもない。
勇者は、助けて欲しかった。
ちょっと召喚された時の自分を叱り飛ばしたいと思うくらい、恥ずか死ぬ。そんな思いでいたなんて、誰がわかってくれるだろうか。
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