勇者(の思い出) 編
第9話
森の小道は、穏やかだ。
差し込む日差し、小鳥の鳴き声、野兎が跳ね、木苺はたわわに実る。
それはまるで絵本の世界のように穏やかな光景。
だがそこを進むのは、ホブゴブリンを先頭に冒険者たちという奇妙な取り合わせだ。
「荷物、重クない? 平気?」
「おう、この程度なんてこたぁねえよ」
父親から聞きだしたという勇者とモンスターの話がよくやくまとまったと聞いて訪れた冒険者たちを、ゴブリンさんは申し訳なさそうに出迎えた。
曰く、知り合いのスライムが毒消し草を欲しているからそれを届けに行かないといけない。
来てもらったのに大変申し訳ないが村で待っていてもいいけどどうせなら話をしながら一緒にどうだ……とのことだった。
勿論冒険者たちは快諾した。ちょっと物見遊山気分なのは否めない。ゴブリンさんが自分たちを罠に嵌めようとかはもう考えない。だって男前ゴブリンさんだもの!
ところで。
え、スライムって意思疎通できるの?
そう思った冒険者たちは悪くない。モンスターはモンスター、それが世間一般の認識であってゴブリンさんたちが特殊なのだから。勿論彼らだって悪いわけじゃないけど。
どっさりと用意された毒消し草は値の張るものではないし、森にたくさん自生している。
だがゴブリンさんの言うスライムは毒消し草が生えにくい地域に暮らしているらしく取りにも来れないんだとか。
じゃあどうやって連絡してきたんだよというと、通りがかりのリザードマンが伝達してくれたらしい。
なにそれ助け合い。でも超遠回り。結果として伝わったから問題ない。それが彼らのスタイルである。
「で。そのスライムってなぁどんななんだ?」
「真っ白い。スライムキング呼ばれてる。今から行くスライム村の村長!」
「いやいや、待とうかゴブリンさん。今なんつった? 立ち止まってもらおうか!?」
「うン? お前タチ、勇者の話、知りタい言ってた。スライムキング、勇者知ってル!」
「いや、うん……そりゃ言ったがよぉ……」
「そうよね、あのね、根本的な話で悪いんだけど……スライムって知能ないって思ってたんだけど……」
女戦士も頷いて見せると、ゴブリンさんは目を瞬かせてからにっかと笑った。顔怖い。
だがもう冒険者たちも見慣れたもので、彼がただ「ああ、なんだそんなこと!」と思って笑ったのだと直ぐに気が付いた。慣れってすごい。
「スライム、知能、ないわけジャない! ほとんどないダケ!」
「それないって言ってんのとかわんなくね!?」
「イヤイヤ、村、呼ぶクライ、仲良くする、デキるスライム。スライムショー、子供たち、人気! たまに合体トカして、お互い食い合ッちゃうのがタマにキズ!!」
「いやもうそれどっからつっこんだらいい? ねえどっから?」
盗賊男がいつものようにとうとう我慢できずに突っ込み始めたところでゴブリンさんは動じない。寧ろ冒険者たちが何を驚いているのかよくわかっていない。だってゴブリンだから。人間の常識とは違うんだよね、しょうがない。
「よし、歩きながら話そう。もうなんだか時間が勿体ない。まず、エー……スライムの村ってどんなんだ?」
「湿地帯。家とかはナイ! 好きな草ノ根元!」
「……家族構成とか」
「スライム、分裂! 雌雄、ナイ!」
「……スライムショー……」
「スライムベビーたち、大人気! 五色のスライム、跳ネル、潰れル、混じる、破裂スる! 大興奮スルすごいショー!」
「ごめんちょっと想像できない」
「チナミに緑色したスライム、甘くて美味シい」
「食うのかよ!?」
「ちょッと
「おいゴブリンさん、こっちちゃんと見ろ。視線反らすな。オイコラ」
色々アウトな案件な気がしてならないが、確かに“スライムショー”なるものは気になる。興味深いという意味ではなく、なんだか見ちゃいけないものを見たくなるのは人間のサガというかなんというか。とにかくそういうヤツだ。
しかも食うのか。許してくれるのか。食ったらスライム死んじゃうんじゃないのか。っていうかスライムって食えるのか。色々とまたツッコミどころが増えてしまった冒険者たちの頭を悩ませたところで、彼らは湿地帯に無事到着した。
森の奥を抜けるとそこに湿地帯がある、ということを知らなかったくらい奥まったところ。恐らくゴブリンさんがいなかったら迷子になっていたに違いない。
「アッ! 盗賊男、ソコ、ダメ!」
「えっ、ええ!?」
「そこ、スライムベビーたち! お昼寝!!」
「えええええ……」
足を踏み込もうとした瞬間に強く言われた盗賊男がその持ち前の俊敏さでバックステップを決めて、恐る恐る言われたところを見ると確かに何かいる……かもしれない。
そこには透明のねばついた感じがちょっとある草の根元だ。あ、でもなんかプルプル動いてるかも。
「……もしかしてこれがスライムベビーなんですか?」
「ソう。たくサンいる! 今年はいっぱい分裂シタ。ショー、張り切り過ギた結果!」
「オイ。まったく……モンスターにゃぁ俺らの常識が通じないってのはよくよくわかったつもりだったんだが……」
「そ、そうね……ねえゴブリンさん。この毒消し草は何に使うの?」
「ああ、ソレ。スライムショーの黒色のヤツ、毒草食べル、色、付ける。食ベ過ぎて、毒漏レる! 湿地汚れる困ル、言う!」
「……自業自得じゃねえかああああああああああ!?」
「ソノトオリ!! まッタく、困ったヤツ!」
「え……じゃあ毒消し草食べて直すって事……?」
「ソウ! わかりヤスい!」
「おいゴブリンさん、友好的かつ平和なのはいいけどよ……スライムが増えすぎるってのも問題じゃねえのか?」
「ソうでもなイ」
ゴブリンさん曰く、案外残飯処理だのなんだの便利なんだそうだ。
そういえばゴブリン村でも何匹かスライムがいた気がする。ただウロウロしてるだけかと思ってた。だって知能があるなんて思ってなかったもの。
残飯処理、汚物処理、なんでもござれなんだそうだ。へぇー知らなかった、これは良い情報かもしれない。そう一瞬でも思ったが、人間社会でそれが受け入れられるか否かと問われるとちょっと難しそうだと思った。
でもちょっとだけ女神官は思う。『これ……新しい商売になるかもしれない……!』と。案外商魂がある。口にしないだけで。
まあ話を戻すと、そんなスライムたちなので定期的にどこぞのダンジョンだとか森の中とかに就職するらしい。就職という表現に思わず冒険者たちが遠い目をしたが、ゴブリンさんは気付かない。
「ダンジョン、危険。命落とすスライム、いっぱい! 常に募集、アル!」
「……へ、へえ……」
「森の中もソウ! 大型モンスター。気付けず踏みツブす! 危険!」
「そ、そーなんだー……」
「お、スライムキング、いた!」
「えっ、どこどこ!?」
この話題から逃れられる――そう、冒険者たちは思った。
しかしそれは、あくまで一時凌ぎだという事を彼らはあえて忘れたことにしたのだ。よく言うだろう、臭いものには蓋……と。
そして彼らの視線の先には、こんもりとした餅……に見えるほど真っ白な物体がぽつんと湿地帯の中央にある岩の上に乗っかっていた。その上にカラスが乗ってつついているが、白い物体は動かない。
つついているカラスを追い払うこともなく、ゴブリンさんは声を掛ける。
「スライムキング!」
途端に、ぐねり、とその物体が動いたかと思うと――つついていたカラスが、飲み込まれる。
ガァー! という断末魔の悲鳴に、冒険者たちはドン引きだ。
やっぱり、スライムはスライムだ。ゴブリンさんがホブゴブリンであるように。平和的思考だけど、根本的に彼らはモンスターである。
そして今更思うのだ。
あ……やっぱりこれ、意思疎通とか無理っぽくね? ……と!!
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