第8話

「そもそもさあ、ゴブリンさんとオーガ娘って取り合わせは珍しいんじゃねエ?」


「……否定デキない」


 ゴブリンさんが復活してから数日、再び村を訪れた冒険者パーティはそれぞれにゴブリンたちと交流を深めていた。

 ゴブリンさんがお願いしていた、村娘の人間恐怖症克服のためという点では女神官が注意深く、彼女と距離を上手くとりながらなんとか話をしてくれているようで、どうやら道は遠いものの閉ざされたわけではなさそうだと男戦士と盗賊男は安心した。

 彼らと普通に会話できるところまでくれば一安心だ、その後はゴブリン村の為に人間の街に行って買い出し、そこで交流、と段階を踏んでいく計画だ。


 とりあえず、ゴブリンさんが人間と彼らモンスターの寿命の差を考える忘れているという点について誰も教えていないのだが、そこはまあしょうがない。モンスターだもの。

 そして冒険者たちもごく一般に言われがちな“ゴブリンのような低級モンスターは短命かつ知能が低く、多産くらいしか取り柄がない”という通説からそんなもんだろうと思っている。


 だがしかし、忘れてはいけない。

 ここは、特殊な村なのだ。


 マイコニドなんてキノコ型モンスターと共生し、ロックバードなんて危険な巨大鳥の羽の手入れをする代わりに抜け落ちた羽から布を織ったり、畑を耕してその一角にマンドレイクがやっぱり共生していて彼らに時々根っこを分けてもらって薬を作ったりとなんだか文化的に過ごしていることを忘れてはならない。

 しかも一夫一妻制、妻を大事に、夫を大事に、子供はみんなの宝物!


 なにこれ、理想郷?

 でも残念! モンスターの集団なんだよね!!


「いっくら平和的思考の村だっつってもやっぱゴブリンでカップルが殆どじゃん」


「そりゃ、ソウだ」


「ゴブリンさんと親父さんが特殊中の特殊って事か」


「そう言ウ、ちょッと、傷ツく……」


 それは親父と一緒にされたという年頃の息子の気恥ずかしさなのか、特殊であると認めるのがちょっと悔しいのか。そこのところはわからない。モンスターと言えども繊細なのだ。


「村娘、人間、馴染ム。良い事。街戻るナイ、村暮らす、止めない。デモ嫁はしなイ!」


「他のゴブリンたちは村娘ちゃんのことどう思ってんだ?」


「……ンー?」


 ゴブリンさんがちょっと考える。そしてゆっくり頭を振った。


「可哀想ナ人間。色んな意味デ」


「「色んな意味」」


 うわあ、意味深だなあ!

 そう思ったところで聞くのは藪蛇な気がして、男たちは沈黙した。ゴブリンさんもあまり言葉にはしなかった。そこの所は紳士なのだ。ゴブリンに紳士という単語はないらしいが。まあでもゴブリンさんの振る舞いは紳士だと男として冒険者たちも認めるところなので大丈夫だろうと思う。


「で、オーガ娘ちゃんとはどうなのさ」


「ど、ドウって!? なにモない! オデ! ただ挨拶! した! だけ!!」


「い、いやそういう意味じゃなくて」


「村娘ちゃんが諦めない雰囲気だったしさー、でもオレらが見てもオーガ娘ちゃんもゴブリンさんのこと、憎からず思ってンじゃないかなー」


「そ、ソウ……かな……?」


 途端にもじもじし始めたホブゴブリンというのもちょっぴり、いや、正直大分気持ち悪いがどうやら恋する気持ちは男女共通……というよりは生物共通なのかもしれない。ただ、ちょっと見た目的に相容れないだけで。色々と。


「ダメですよ! 変な事ゴブリンさんに言わないでください!!」


「うわ、バレた」


「何か言いましたか!?」


 流石に恋する乙女も地獄耳になるらしい。

 女神官と穏やかに会話していたかと思うとなかなかの距離があったというのに一気に詰め寄ってくるあたり、この村娘ももう常人ではないのかもしれない。冒険者にスカウトしてみるのもいいんじゃないかなんて女戦士がいつ言い出すかと男戦士はひやひやものだ。


 まあ、断られるだろうけど。

 理由は簡単だ、『ゴブリンさんが一緒じゃないなら無理!』って言うに違いない。一途もここまで行けば立派だろう。ちょっとヤンデレ気味だけど。


「大体オーガさんは体格が普通のオーガよりもすごいんですし、オーガはオーガ同士で結ばれた方が体格的にはいいんですよ! それかサイクロプスとか!」


「ぐ、ぎゃ……」


「私とゴブリンさんなんてほら! 身長だってちょうどいいじゃないですか!」


「オーガ、……グギャ……」


「お、おいおい村娘ちゃん。流石にゴブリンさんが傷ついて……」


「あっ……」


 身長差、それは案外大きな問題なんだろう。

 うんうんと頷いて涙を流し始めた盗賊男は落ち込むゴブリンさんの肩をがっしりと組んだ。


「わかる! わかるぜェ、ゴブリンさん!!」


「ぐ、げ……?」


「大丈夫だ、男は身長じゃない! ハートが大事に決まってる!! そこはモンスターだって人間だって違わないはずだ」


「!」


「種族の違いがなんだ! 身長の差がなんだ!!」


「……ソウダ!!」


 この盗賊男、成人男性の平均身長が190センチはあろうかというのに彼は小柄の170センチ台。

 その所為で今まで女性関係、苦労したとかしないとか。


 何故か変なところで意気投合したゴブリンさん、今回は救われた気分である。


「ゴブリンさん、だがオーガの親父さんの方はなかなか難敵だなあ?」


「……オーガ、親父。強イ、大事にすル。モンスターの世界、力がすべて。負けデ食われる、それはそれ。仕方ない。でモやっぱり、身内、負けル、食わレる、悔しいし悲シい」


「そりゃそう、だよなあ。でもやっぱりここの村でもそんな感じのことはあるんだな」


「? ソれは当然。近くの村、交流ある。でモ行くと誰か死ンでたりスル。でもソレ、負けル、弱い。そういうもの」


「うわシビア……」

 

 平和的思考の村だからこそ基本的にそういう争いなく暮らすためにも農耕に励んでいるんだとか。

 ちなみに共生を選んだマイコニドとマンドレイクたちは自生を面倒がった個体だというからなんとも情けないような、ある意味したたかと言うべきか。


 まあそういう連中を見つけてきて今のスタイルを築き上げるのにまたもや勇者が関わっていたというから勇者って何する人だったんだっけ? っていう疑問が持ち上がっているが、それはまた別の話である。


「あ! そうだ、オレ折角ここに来たんだからゴブリンさんに頼みたいことがあったんだよ!」


「? 盗賊男、頼み? オデに?」


「そう! オレをゴブリンさんの弟子にしてください!!」


「ごめんなさい無理です」


「いきなり流暢になった!!!!」


 この紳士で真摯な特殊ゴブリンのモテっぷり&男っぷりに自分がモテる活路を見出した盗賊男、一大決心の願い出だったのだがゴブリンさんはあっさりと、そしてものすごく流暢な人間語でお断りした。


 盗賊男は助けて欲しかった。そろそろいい加減、彼女が欲しい。一人寝で枕を濡らす侘しい日々とお別れしたい。

 ゴブリンさんは助けて欲しかった。よくわからないことでこれ以上悩まされるのはごめんなのである。


 

 そして二人は同時に振り返る。男戦士の方に。


「リーダー! ゴブリンさんにオレを助けるように言ってよ!」

「男戦士! 盗賊男、説得する。お願いサれロ!」


「おう、お前ら落ち着いて聞け」


 すっと息を吸って男戦士はとても良い爽やか笑みを見せた。


「無理だからお前らで話し合え」


 無情な一言と共に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る