第7話

 オーガ父娘は夕方には帰って行った。

 何度も何度もオーガ娘の方は心配そうに村を振り返っていたが、ゴブリンさんも結局あの後気を失って彼女が帰る時に見送りには出られなかった。


 村娘ちゃんが「ゴブリンさんの看病はアタシがっ!!」と鼻息荒く名乗り出たがそこはオークレディが防いだ。流石に息子の貞操の危機は見逃せなかったようだ。勿論そういう意図があったかは分からないけれども。

 ふごふご言いながら(?)村娘を小脇に抱えてどこかに移動していったため、彼女たちがどこへ行ったのかはわからないがとりあえずオーガ父娘が帰る時にまだ戻っていなかった。


 結局ゴブリンさんの介抱は冒険者たちがすることになって、ちょっと奇妙な絵面の完成である。


「……ゴブリンさん、どうだ、まだ頭痛ェか……?」


 そりゃまぁオーガのアイアンクロー(ちょっとだけ悪意のある撫で)は体格が良い方とはいえホブゴブリンのゴブリンさんからすれば死活問題だった。


「ぐ、げー……」


「か、回復魔法かけますか? モンスターに聞くかがわかりませんけど……い、いえ私が信奉する神さまはきっとモンスターも人も差別などしませんけど!」


「よい、ヨイ。客人、息子、平気ゴブ」


「あっ、村長だ」


 のっそりと入ってきた自分と同じほどの長さの杖を持ったゴブリンが冒険者たちと同じように座った。

 初めて言葉を交わした時、その語尾が“ゴブ”だったことに盗賊男が酷く衝撃を受けたが、彼の答えの方が更に衝撃的だった。

 なにせ、「ゴブリンさんはゴブって言わないのに!?」という問いに対して「だって初代である曽祖父はゴブリンが人間の言葉を話すなら語尾にはゴブがつくはずだって勇者が教えてくれたんだもん」と片言で告げたのだ……誰だよそんな話したのって突っ込もうと思った男戦士も途中で顎が外れるかと思った。


 え、なんでそこで勇者出てくるの?

 ゴブリンシャーマンの曽祖父ってどのくらい昔? っていうか勇者ってどの勇者? そんなにいないけど勇者ってあの勇者? ってよくわからない勢いになったのは今では笑い話だ。

 とりあえず、この平和的思考のモンスターがよく集まる村ができたきっかけは勇者だっていう驚きの事実があったのだが、そこは正直シャーマンゴブリンのおっさんの喋りが上手くなくてよくわからない。

 そのうちまとめてゴブリンさんが聞いて教えてくれる約束になっていたのだが、今のところそれは実現していないのだ。


「息子もホブゴブリン、強くなった勘違イ鼻高いしすぎゴブ! 良い薬ゴブ!」


「……相変わらず村長の人間語、色々足りなくてわかんねえ」


「えぇと……ゴブリンさん、が、ホブゴブリンになったからってちょっと調子に乗ってたってことでしょうか……」


「オーガ、父親。父親、娘大事ゴブ。そんじょそこらのゴミ、やる気、ナいゴブ! オーガ娘ちゃん良い娘、生半可ダメ!!」


「ゴミて」


 仮にも息子がそのゴミ扱いでいいんだろうか。

 それともこれが本当の意味での弱肉強食の世界における戦いってやつなのか。なんか違うか。


 女戦士もなんとも複雑な顔をしたが、彼女自身、『自分より弱い男と恋人関係になる気はない』と公言した過去もあるのでなんとなく共感していた。オーガは力がすべてなのだとしたら、やっぱり弱い奴に自分の娘はやりたくないだろう。あれ、でもそういう意味ならやっぱり自分の子供にはそれ相応にヒエラルキーの上の方とお付き合いしてもらいたいと思うかなあ。


 いやでもそれって種族間を越えた云々はまずどうしたという点について誰も突っ込まないのが問題であるのだが。


「ぐげー、げー……ぐきゃ」


「ぐぎゃ、ギャ、グゲー!」


 ぎゃーぎゃー鳴き声をあげられたところで冒険者たちにはわからないが、どうやら父と息子で何やら言い合いをしているようだ。とはいえ多分そのゴミ発言についてだけど。そりゃぁいくらなんでも酷いと文句も言いたいだろう。


 でも元気のないゴブリンさんは劣勢で、加勢しようにも言語が意味不明なだけに冒険者たちは口を噤む。

 いやだって、これが全然見当違いで『大丈夫か息子よ、父心配!』『大丈夫だってー、心配性だなあ父ちゃんは!』とかだったら恥ずかしいじゃないか。


 まあ、フフンと息子を見下ろして鼻で笑うシャーマンゴブリンの姿を見たらそうじゃないだろうなーってことは想像に難くないのだけれども。ほら。念には念を入れてというやつである。冒険者は慎重じゃないとね!!

 そして彼は睨むようにしてからまた目を閉じた息子に一瞥くれて、今度は冒険者たちの方に向き直った。


「息子、看てクレ、感謝ゴブ。神官サんも、魔法、必要、誰カ、いる。ソッチ、使うゴブ」


「……ありがとうございます、でもご子息が……」


「息子、シブとい! このクラい大丈夫! なる! ゴブ!!」


 もはやゴブしか最後言っていない。

 語尾でも何でもないからこれは言われた通りにつけているだけ疑惑が発生したが、まあそこは大人なのでスルー一択だ。やっぱりこういうのは突っ込んだら負けな気がする。ゴブリンさんが味方になってくれるまでは待つべきだ。

 そもそものゴブリンさんの発言だって色々ツッコミどころ満載な訳だが。


「ちなみに、モンスターに回復魔法ってどうなの?」


「アンデッドだめ。他、回復スるゴブ。リッチのジジィ、多分モノとモしないゴブ。信心、力、神官の力、でもかかる相手、信心、ない。微妙?」


「ん? んー……?」


「……神官の信心、回復の基本。でもかけられる側、信心ない、効果、微妙。オデたち、神、森。大地。空気。人間ト、考え、違ウ」


「ゴブリンさん」


「オデ。寝る」


「あ、ああ。早く良くなれよ、ゴブリンさん」


「アリガト」


 グゴーグゴーと途端にいびきをかき始めた息子をちらっと見ながら、ゴブリンシャーマンは困ったやつだと言わんばかりに笑っている。どうやら本当のところ、息子の様子は心配だったらしい。ツンデレなのか、年頃の息子にちょっとどう接していいかわからない父親の心境というやつなのか。


 だがとりあえず、息子の事で息子の友達(という認識)に感謝したりと良いお父ちゃんしているのも事実なので多少空気読めないとか見た目がやっぱりゴブリンしているとかそういうのは気にしない。


「かけられる側の信心がない……ですか……」


 しかし女神官の方は言われた内容にひどく興味を持ったようにブツブツと呟いている。


 それに気が付いたシャーマンゴブリンはとん、と杖の先で床を叩いて見せる。

 そこからふわっと小さな光が舞い上がるのを冒険者たちは綺麗だなあと視線で追った。


「ゴブリン、モンスター、皆、特定の神、信じテない。お前タチ、人間、愛の神、好きゴブ。でも繁殖、ツガイ、愛当たり前! ……ゴブリン、他の種犯す、まあ、あるけどゴブ」


「あるんじゃねえか! 愛のないの!!」


「そうですよ、ですから愛の女神さまはそういう事態を憂いて……」


「弱者と強者。それ自然、当たり前。弱イ、負けル! 命、無いゴブ。親子庇ウ、愛。愛、色々! 神いナクてもゴブリンたち、生きてル。繁殖、喰らう、寝ル、当たり前、自然」


「……自然の摂理のままか……いや、そうだけどよ」


「森ナイ、ここノモンスター困ル。森、大事。森、信仰繋ガる。人、考エ、違うゴブ」


「……」


「難しイ。でモ、分かり合う、できる。勇者言ってたゴブ!」


「そうかい……まあ、その、まだ俺らは親父さんの言葉を理解するのは難しくてよ」


「いいゴブ。ゴブ!」


 とりあえずそのゴブはなんなのかとそこから問い詰めたいところだが、良い話を聞けたような気がするので冒険者たちはシャーマンゴブリンの不気味な笑顔にも笑顔で返した。

 そんな和気藹々わきあいあいとしたところで戻ってきたレディオークと村娘ちゃんの両手には、籠一杯の薬草があって、ああ、ゴブリンさんの為に薬草を摘みに行ってたんだなあと家族愛にほっこりもした。


「お義父とうさん! ただいま戻りましたー!」


「ウン? 村娘ちゃン、娘違うゴブ」


 そしてシャーマンゴブリンさんはとてつもなく空気は読めないようで、村娘ちゃんのアピールを一蹴して泣かせてしまいオークレディによってアイアンクローを喰らうのだった。

 その音はゴブリンさんが以前喰らったものやオーガさんがのものよりも痛そうな音がしていた。


「グゲゲゲゲゲ! ゲ! ゲゲ! ぐげゴブ!!」


「ふごー……ふごー……」


「冒険者! 助けロ! ください! ゴブ!!」


「あ、勿論無理です親父さん」


 冒険者は今日も助けを求められる。

 でもやっぱりできることと出来ないことってあるよね!

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