第6話

 どずん……ず…どず、どす。

 あくまで感覚の問題でしかないが、地鳴りが聞こえてくるんじゃないか? 地震でもあるかのように体が揺れてないか? そんな錯覚を覚える。


 表現するならそんな風だろうな、と男戦士は思った。これが森の中での遭遇であれば、逃げる……ないし腰に帯びている剣を迷うことなく抜いて構えるかの二択だ。


 目の前には、巨大な鬼。緑の体躯、恐ろしい容貌、ごつごつの筋肉で覆われたその腕が持つ棍棒。すべてが脅威だ。オーガなんてモンスター、出会ったらとりあえず逃げろと言われるだろう。熟練の冒険者ともなれば挑む者も少なくはないが、決して“オーガスレイヤー”という栄誉以外には旨味も少ないモンスターだ。

 食人種のオーガが多いとも聞くが、少なくとも冒険者たちが所属するギルドがある街では今のところ耳にしていない。ということは、このオーガはゴブリンさんと同じく平和主義者なのだろうか?


「グ、ご……」


 何かを呻くように言うオーガ。

 言ったのか、鳴いたのか、そういう事はちょっとわからないが開いた口の中から覗く犬歯が冒険者たちをぞっとさせたがオーガは人間がいることも気にすることなく、ゴブリンさんを見下ろしていた。


「グゥ、ゴォォ、お……」


「グギャッ、ギャ! ぎゃ、……ぎゃぅ……」


「グォ、おー……」


「ぎゃっ。ギャギャッ!!」


 あれ、ちょっと待って。

 

 赤い体躯のホブゴブリンであるゴブリンさんは、オーガ(娘?)を見てより赤らんでいたのは惚れていたからということでファイナルアンサーである。

 だが、緑の体躯で顔がとても高い位置にあるオーガ(娘?)もうっすら赤くないか? いや太陽光の所為で見間違いだろうか?


「……なぁ、隣からすげェ音して怖い」


「頼みのゴブリンさんも二人の世界作っちまってるしな」


 ぐぎりぎりぎりぎりぎゅりりりごり、

 ぎりぎりぎりりギシィ……


 そんな音が隣から聞こえたら普通にホラーだ。


 だがそれは実際に盗賊男の隣から聞こえてくる音で。そして

 その音の発生源が見た目可愛い村娘ちゃんだけに何とも言えない哀愁を感じる。とはいえ、それが目の前のホブゴブリン(モンスター)とオーガ娘?(モンスター)による恐らく、多分、見た目そう見えなくても、初々しく甘酸っぱい雰囲気を醸し出しているのが原因だと考えるとモテない男からすると辛い。


 なにこれ、相思相愛っぽい凸凹カップルとそれに横恋慕する美少女とか吟遊詩人が喜びそうなシチュエーションのはずで、自分だって憧れちゃうかもしれないのに。美少女に横恋慕とかされてみたい。自分ゴブリンでもなければ相手はオーガであって欲しくはないが。

 そこのところ、正直に言葉にはしないがシチュエーションとして羨ましく思うくらい、恋愛に縁遠い感じになっている盗賊男が遠い目をしているが慰めるものは残念ながらいなかった。


 なんとなく事情を察していても慰めようとは女戦士がこれっぽっちも思わなかったのは秘密。


 恐らく、そんな冒険者たちを置いて良い空気を醸している二人(二匹?)の会話はきっとこんな感じなんだろう。


『……あの、ひ、久しぶり、ゴブリンさん……』


『オ、オーガ娘ちゃん……よく来たね、元気だった?』


『ええ、貴方は……?』


『勿論元気さ! ゆっくりして行ってね!』


 とかそんな感じだろう。多分。冒険者たちからするとグギャとかグォーとか唸り声とか呻き声とかそんな感じにしか感じれないけど。だってモンスターだもん。

 モンスターだって恋愛くらいするさ! 最近知ったけど。まさか種族を越えて愛を育むとかあるとは思ってなかったけど。

 報告をした時ギルドの偉い人に呼びつけられて、「仕事させすぎた? 医者呼ぶ? 休暇をあげるけど、どこの田舎がいいとかある? 海はいいぞ!」とか矢継ぎ早に言われたのは冒険者たちにとってつい最近の出来事だ。


 ノイローゼじゃないし現実逃避でもない。

 男前なゴブリンさんと、平和主義のゴブリン村は存在するしちょっとヤンデレ気味になりつつある人間恐怖症の村娘ちゃんの存在だって本物だ。

 それを納得してもらったのもつい最近だ。


 結果として、割と平和主義だった冒険者たちが所属するギルドのある街は「じゃあ渉外はその冒険者パーティに任せていいんじゃない……かな?」という静観具合。暢気か。


「ぐぎゃっ、ぎゃ!」


「……ぐぉ?」


「あっ、待って、ゴブリンさんが何か決意に満ちた目を……!!」


「ま、まさかこの状況で!?」


 告白なのか!?

 そんな甘酸っぱい展開なのか!?


 思わず固唾をのんで見守ろうとぐっと冒険者たちが見守る瞬間、村娘の歯ぎしりがマックスを迎えそうになったその瞬間。


 ど ごん!


 オーガ娘とゴブリンさんの間に、猪が降った。そう、まるでそれは雨のように。

 空高くから、地に降った猪は地面にめり込んだ。ゴブリンさんの赤い皮膚が、やや青ざめたように見えた。少し遅れて、二人(二匹?)の頭や顔を猪の血らしい滴がぽつぽつと濡らした。


 オーガ娘が慌てて振り向いたそこには毛皮を被ったオーガが凶悪な笑みを向けてのしのしと歩いてくる。


「グゴオオオォォー!!」


 でかい声で吼えられた途端、びりびりと周辺全部が震えた。

 思わず女神官と村娘ちゃんが尻餅をつくほどに、それは威圧感たっぷりな咆哮だったのだ。


 にたぁりと笑みを浮かべるオーガに、「あ、人生オワタ」と思っても誰が怒るだろうか。

 そのくらい怖かった。

 オーガ娘の笑顔が穏やかとか言うゴブリンさんの言ってることがなんとなく理解できたようなやっぱり理解の範疇を八艘飛びしていった感が拭えないが、とりあえずなんとなくわかった気がした。


 ぼすん、とゴブリンさんの頭を若干強めに見える感じで撫でていく辺り、レイスの弟子だというオーガはゴブリンさんに挨拶をしてくれたに違いない。他意はないと思われる。


 いや、多分。絶対。


 世の中の娘溺愛のお父さんにありがちな「俺の娘になにしてんだ? ん?」ってやつだこれ。

 冒険者たちは察した。


 察したからこそ、内心でゴブリンさんを応援するしかできない。


「ぐげー……」


 例え、ゴブリンさんがオーガの強力なパワーで今にも首がもげそうなほど撫でられていて、助けを求める視線をその隙間から向けていたとしても……である。

 ごめん、むり。村娘ちゃんは精神メンタル的に無理だけど、オーガの撫でくりは物理パワァ的に無理なのだ。だって冒険者たちだって、命は惜しいんだもの。


 でも友情はあるからサムズアップだけする。

 落胆を隠せないゴブリンさんも、多分色々察してくれたんだろう。


 ゆるく、ゆるく、震えながら腕が上がって……サムズアップを返してくれた。

 そして解放されたゴブリンさんが、その場で崩れ落ちる。


「ゴブリンさんーーーーー!!!!!!!!!!」


 ゴブリンさんは助けて欲しかったなあ、と取りあえず「水……クレくださイ……」と呟くのだった。

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