第3話

「……で、だ、要するに“ゴブリンさん”が恩人でお嬢ちゃんが惚れたから、人里には戻るつもりもないってことでいいんだな?」


「はい! 加えて言うなら人間怖いですのでお断りです、ノーセンキューです」


「……オデ、嫁、しない。そレだけデモ納得、ダメ?」


「いやです! アタシはゴブリンさんのお嫁さんになります!! 子供だって産みますよ!? たくさん作りましょうよ!!」


「グゲー……」


 結局のところ、“ゴブリンさん”の自宅のリビングに集まったメンバーで話し合いをした結果、決裂状態を迎えている。とはいえ、冒険者たちからしてみればなんとも言えない状況だったが。


 ゴブリンさんが言う所のこの『村娘』という少女はなんとも見目好い健康的な少女だ。

 聞くところに因るとゴブリンの集落に怯えた村が身寄りのない彼女をエサに時間稼ぎをしようとしたというこれまた辺境ではないと言い切れない非人道的行為の犠牲者だという。

 

 そしてここからがズレた問題だが、発見したゴブリンというのがこの村のゴブリンで、つまるところ平和的思考だった。

 怪我をしている上に縛られて転がされていた彼女を『奇妙なプレイを楽しんでいる状況』と判断し、放置プレイだとしても肉食獣の気配がするしほっとけないから連れて帰ろう、という経緯があったんだそうだ。

 もうすでに『プレイとは何ぞや』と突っ込みたいところだが男戦士(パーティのリーダー)はぐっと堪えた。そこは大人である。そこから突っ込み始めたらもう終わりが見えないと思ったのだ。


 そして手当を受けた彼女が当初は慰み者にされるのだとばかり思って暴れたりなんだりあったそうだがとりあえず気が付いたら手当はされるし色々食べさせてくれるし村とはちょっと違うけど布とかで寒くないようにとか気遣ってくれるしでどうやら友好的存在だ、と気が付いたんだそうだ。

 まあ気付くの遅くね? って突っ込まれそうだが、恐怖の対象でしかなかった存在が友好的だって言われていきなり全部飲み込むのは正直無理な話だった。


 そしてその時点では人語を解する者が極端に少なかった村で、ゴブリンさんが彼女の話を聞いてあげたのだ。彼女がエサで時間稼ぎと知ったゴブリンさんたちはそりゃもうどうしたものかと右往左往した結果、取りあえず敵意がないのを示そうか――なんていそいそと歓迎の御馳走なんて作ったりしてたらしい。暢気か。


 ところがそこで、別のゴブリン集落による襲撃が発生した。

 そっちのゴブリンは所謂一般的なゴブリンで、好戦的かつ残虐なタイプ。平和をこよなく愛する特殊個体の揃ったこの集落を目の敵にしていたんだそうだ。

 襲撃を先に知った村では即座に退避して難を逃れたわけだが、そこから更にあった。

 なんと人間たちの討伐隊もバッティングしたのだ。


 当時の村では退避の隠れ場所が村の地下だったから、地上の音が割と聞こえた。


「今思うトよくバレなかッタ!! 適当ニ造り過ぎ、今は反省してル!」


 堂々とそう言うゴブリンさんを思わず冒険者たちが生温かい目で見てしまったのも頷けたが、とりあえずそれについても彼らは触れなかった。大人だから。


 とにかく、一般的ゴブリンの集団と討伐隊の戦闘は熾烈を極め、結果として討伐隊が勝利した。

 だが討伐隊は略奪を行ったし、何より地上の音が聞こえたことが仇になって村娘はより人間嫌いになってしまったというのだ。


「……何があったんですか?」


「………」


「ゴブリンさん?」


 黙秘に入った少女に困った女神官がその矛先をゴブリンさんに向ければ、彼は困ったように頭をかいてぽつりぽつりと語り出した。


 曰く、ゴブリンの集落と聞いて討伐隊は人間が捉えられて凌辱されている可能性を考えていた。

 そこから可愛い女性がいれば助けた好感度でムフフなイベントを期待してた……と笑っていたんだそうだ。ついでに言えば、精神に異常をきたした女性がいたらすることだけして殺して去ろうとも言っていたんだそうだ。外道がおった。


 で、それを運悪くゴブリンさんと村娘が隠れていたところのそばで話されたもんだから村娘は「人間怖い」と人間恐怖症になってしまったというのだ。


「いや、まあ……うーん、ありがちなだけに、なんとも……」


「下衆どもが本気で言っていたかどうかもわからないが、冗談にしても被害者からしたら洒落にならないからなあ……」


 女性陣がドン引きしつつ、流石にこれは村娘に同情するとその意を示すと男性陣もなんとも言えないのだろうが、それに同意で頷いていた。

 まあここで余計なことを言えば女神官の精神的にクる説教と、女戦士の物理説教が飛んでくること間違いなしだからかもしれなかったが。


 そして、ゴブリンたちは引っ越しをすることにした。

 討伐隊の容赦なさも、敵対的ゴブリンがまたいつ襲撃してくるかも不安だったからだ。そこで村娘をどうするか、となったわけだが……ゴブリンさんは哀れに思って連れて行こうと言ったのだ。


「その姿が男気に溢れてらっしゃって……アタシ、こんなに優しいヒトに出会った事ありません!」


「そもそもヒトじゃないからな」


 思わず突っ込んだ盗賊男を責める声はない。

 うっとりした状態の村娘はそもそも男性陣と言葉を交わすのも嫌らしいが、「ゴブリンさんのお客さんですから……」となんとか同席してくれているに過ぎないのだ。


 だがそのうっとりした表情と蕩ける眼差しを向けられているゴブリンさんと言えば、迷惑だと思いつつ彼女の境遇を哀れんで困り切った、苦虫を嚙み潰したような――であろう、醜悪な顔を更に歪めてそっと距離をとっていた。


「それデ、この土地キタ。この森、レイスのジジイ治める。穏健派モンスター、暮らシヤすい。暮ラし始め、村娘イル、人語、上達する」


「ああ、成程な。それで嬢ちゃんが居た頃は殆ど人語を解するのがいなかったのに今じゃ相当数理解しているわけか」


「そうダ」


「で、なんでまたゴブリンさんは村娘ちゃんを人里に戻したいの? さっきの話を聞く限り人里戻っても人間恐怖症が治るわけじゃないと思うけどなあ」


「デも人間ト接すルない、余計治らナい。そレに、オデ、こいつ、嫁シナイ」


「そんなぁ! 何度も言ってるじゃないですか、アタシ、ゴブリンさんの子供だったらいくらでも産みますしお料理だって頑張ります!!」


「村娘、妹ミタイ。妹、嫁スル、ない」


「アタシは妹じゃないです!」


「オデ、森の奥、オーガ、好き。だから村娘、ない!」


「アタシは認めませんよ!?」


 白熱し始めた二人(?)の会話に、冒険者たちがどうしていいかわからない。

 

 だってどうなのよ、人間の立場からするとちょっと色々複雑なのだ。

 ゴブリンの集落があって村が襲われるかもしれないから討伐隊を送るってのは良く聞く話だし、冒険者として依頼を受けることだってある。

 まさかゴブリンがこんな友好的で知性があって、親切だとは誰が思うかってハナシであって……。


 しかも彼らに引き取ってもらいたいと願われた人間の少女がこれまたそんなゴブリンたちとの暮らしの方が元の村の人間と暮らすのに比べようもないほど幸せだなんて言いきっちゃってるんだから本当に困ったもんである。


 今、ゴブリンさんは助けて欲しい。

 だけど、冒険者たちだって助けて欲しい状況なのだった。

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