第4話

 ぐぎゃっ、ぐぎゃっ、ぎゃー!

 ぎゃぎゃぎゃぎゃ!


 ぎゃっぎゃっ!


 鳥の鳴き声に混じって聞こえるダミ声は、ゴブリンたちの笑い声。

 きっと先ほど外で走り回っていた子ゴブリンたちだろう。なんと和やかな事だろうか。

 

 血臭もしない。悲鳴も聞こえない。

 聞こえるのはゴブリンたちの平和そう(?)な声と、時々違うモンスターの鳴き(?)声が聞こえてくる。


 ――だが。

 今、冒険者たちはそれを『変な空間』だと認識する人間の常識よりも、更に遠い所に到達した気分を味わっていた。


 なぜならば、救いを求めてきたゴブリンさんと通称:村娘が恋愛面において和解できないと既に知っていたが、それがこれほどまでとは思っていなかった……というのが正直なところだ。

 というかこれって所謂人の恋路を邪魔する奴は神獣スレイプニルに蹴られて星の彼方に飛んでいけという言葉もある通り他人の恋愛ごとに口出しすると言うのは命懸けなのだ。


 だが、こればかりは言いたくもなるってものだ。


「まて。待て待て、待ってくれんかゴブリンさん」


「なンダ」


「ゴブリンさん、好いた女……つぅか、モンスターがいるのか!」


「……はっ、……し、知らレテしまった、恥ずかしい……!!」


「あんなに堂々と言っておいて!」


「アタシは認めませんよ。大体オーガはとても大柄でゴブリンさんとか他の種族なんか見向きもしません! その点アタシならゴブリンさんと背丈だって釣り合うし、こんなにも愛してますからね!」


 そもそもが人間とゴブリンも異種族なので釣り合うとかどうなんだというツッコミをしたいところだが、それを言い出すとゴブリンさんもオークとゴブリンシャーマンとのハイブリッドなホブゴブリンというなんだその妙な感じとそこまで遡ってからツッコミを始めねばならないので、男戦士はただ「ぐぬぬ」と飲み込むことにした。

 盗賊男は相変わらず「なんで……ゴブリンさんが華麗に三角関係キメてる時にオレ……食堂の女の子にフラれたんだろう……」とか部屋の隅に座り込むし。

 なんだかんだ女性としてそういう恋愛話に興味津々の女神官が「これが……愛……!!」とか言い出すし。

 オーガが出るというのは初耳だなあ、なんて至極現実的そうで結局それ逃避でしょ? っていうことを外を見ながら思う女戦士の姿があるのだ。


 結局この相当微妙になってしまった空気をぶち破ったのは空気読めない系オカンであるオークレディが巨大な鍋を持って「フゴォ!!!!」と吼えたそれだった。

 恐らくは先ほど言っていたブラッディベアとかいう食材を使った御馳走なのだろう。

 オークレディのドヤ顔はただ凶悪なだけだったが、逆にそれが食べるのを遠慮することを許さない。


 ぐいぐい押し付けられる木の器とスプーンを受け取りつつ、全員が昼餉にありついたのである。


「あ、美味しい……」


「本当だ。町の食堂とかじゃ食べたことない味だけど」


「でもブラッディベアってなんだ? 森のモンスターならオレらだって知ってると思うけどな、聞いたことないだろ?」


「人間、別ノ呼び方。スル」


「別の呼び方?」


「はい、ゴブリンさんたちがブラッディベアと呼んでいるのはオウルベアのことです」


「オウルベアか! こんな味がするなんて知らなかったな……オレたちが狩ったオウルベアは筋張ってて食えたもんじゃなかったけど」


「ふごっ! ふごごっ!」


「おいゴブリンさん、おふくろさんなんつってんだ?」


 鍋の中にあった目玉を美味しそうに口に放り込んだゴブリンさんは、男戦士の問いに小首を傾げてから答えた。


「とニかくブっ叩けバ肉、柔らい。叩け。美味い。ダッテ」


「……おう。オークの腕力でぶっ叩いたから柔らかくなったってことか……」


「ふごごー」


「アト、マイコニドの手足、チョットモラウ。美味しい」


「マイコニドってキノコ系のモンスターでしょ? 平和系って言いつつ狩っちゃうの? 知能あるって噂だけど」


「村、イル。時々、ワケてもラう」


「手足を!?」


「マた生エる。オデたち、マイコニド用小屋作ル。助ケ合い! 大事!!」


 それって助け合いじゃなくて共生って言わないか。

 そう思ったが誰もそれは言わずに置いた。言わなくて良いことってあるよね。そしてなんというかよく考えたらモンスターが振る舞うモンスターを使ったモンスター料理を食している段階でちょっと色々自分たちも今麻痺してるかもしれない。

 そう冒険者たちは思ったが、とりあえず目の前の鍋は確実に美味しいし持て成されている以上、やっぱり食えないと言うのは失礼だし、お腹も空いてるし……そうやって己をごまかすことを彼らは覚えたのだった。


 そして食が満たされれば、先程のように怒鳴らないまでも話し合いが戻ってくる。


「そもそもそのゴブリンさんの好きなモンスターってのは、ゴブリンさんの気持ちを知ってるのか?」


「……わからナイ、けど、気付イテくレてるって信じてる……!!」


「で、でもオーガなんですよ!?」


「嬢ちゃんだって人間じゃん……」


「人間とゴブリンなら良く合うサイズ感じゃないですか!!」


 いや、そもそもゴブリンと人間の恋愛なんて聞いたことないし。

 またそこに戻ってしまうのでやはりその発言は飲み込みつつ、最初の話に戻る。


「ゴブリンさんはよ、もし村娘の嬢ちゃんが嫁になるのを諦めたンなら人里に戻れとは言わないのか?」


「言ウ」


「そりゃまたどうして」


「人間、怖い。デモ、良い奴、いるはず。冒険者たち、そう。この村。平和。平和良い事。デモ、オデたち、ゴブリン。ゴブリン同士、寄り添っテる。特殊だけど」


「特殊だけど」


 思わずその通り! と言いそうになるのを堪えて男戦士はただ繰り返した。

 だが、ゴブリンさんの決意に満ちた眼差しに、すぐに彼も真面目な表情になる。


「人里戻ル。同じ種族、触れ合う。ダメ、戻るナラ、構わナい。自分から可能性潰ス、だめ」


「ゴブリンさん……あんた、良いやつだなあ……」


「い、嫌です! お嫁さんになるのを諦めるのも人里に行くのも嫌です!」


「でも村娘ちゃん、ゴブリンさんの気持ちもわかってあげてください。貴女の事を心配して、わざわざ冒険者パーティに声を掛けるなんて勇気ある行動までしてくれたんですよ?」


「……」


 確かに、普通に考えたら自殺行為だ。

 たまたま良心的冒険者パーティに出会ったという運の良さもあるだろう。まあ彼らだってグギャグギャしか言わないゴブリンが現れたのであれば問答無用だったかもしれないが。

 いきなり話しかけられたというのが衝撃的過ぎたという事実はこの際置いておく。

 なんとなく同じ鍋のメシを食べたという事で友情が芽生えた感もあるし。別にチョロいわけではない。繰り返すがチョロいわけではないのだ。

 一宿一飯の恩義という言葉もある。持て成されたならばそれ相応に礼儀をもって返すのが正しい冒険者の姿なのだ!


「でもやっぱりオーガになんてゴブリンさんを盗られたくない!!」


「グゲー!!」


「この良い流れでまだ言うのかよ!?」


 村娘ちゃんは助けて欲しい。

 大好きな人と離されたくない、わかって欲しいこの乙女心恋心。

 一度火のついたこの想いを、どうして捨てられるだろうか。


 助けられるのはただ一人(一匹?)。


「ゴブリンさん、アタシ、諦めないんだからー!!」


「冒険者、助けロくださイ」


「ごめん無理」

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