第2話

 ホブゴブリンは冒険者たちに幾つか先に教えておいた。


 村は殆どゴブリンで構成されているが、人間の言葉を理解しているのが八割。

 その内人語を喋れるのは三割、自分はそれなりに流暢に喋れる方だが同じレベルは更にそこから一割なのだという。

 他にも人間含め、他の種族と争う気のないモンスターも共に暮らしているから彼らを驚かせないようにしてやって欲しい、というごくごく平和的な申し出だった。


 当然、冒険者たちからすれば『モンスター=凶悪・凶暴』という脳内図式が成り立っていただけにそんなことを言われてもハイソウデスカ、とはいかないのが実情だ。

 だが実際に村まで案内されるとそこは確かに彼が言う通りの光景が広がっていた。

 

 近隣の村人が訪れるには不便な程度に森の奥まった位置にある場所を切り開いて作られたであろうその村には、畑が合って、家がある。

 ごくごく、一般的な地方にある小さな、そして長閑な農村。そんな印象だ。

 だがそこにいるのは穏やかな人々――ではなく、口から鋭い歯を覗かせてグギャグギャ笑う小鬼ゴブリンだらけ。なんでかリザードマンまでいる。

 その奥には巨大なロックバードまでいて、何だこれ所謂カオスってやつじゃないのかい?


 そう言いたくなる冒険者たちに、ホブゴブリンが慌てたように振り返った。


「ソウダ! 言ウの忘れテた!!」


「なんだよ、今度は。やっぱり人間嫌いで襲ってくるやつがいるとか言わないよな?」


「そうじャない。オデたち、人間、見分ケつかなイ。人間、ゴブリン、見分けツカない。同じ!」


「あー……なるほど。そんで?」


「オデ、お前ラ呼ぶ、特徴。良イか?」


「かまわねぇけどよ……」


 なるほど、ホブゴブリンの言うのも尤もだとリーダー格の戦士が頷けばホブゴブリンもほっとした様子だ。

 それにしてもホブゴブリンだとわかるホブゴブリンだが、やっぱり他のゴブリンに比べると彼は少しばかり体躯が大きめな気がする。

 それを尋ねようとしたところ、案内された家の一つの扉が開いた。

 

 途端、むわりと広がる血臭。

 ホブゴブリンは匂いに鈍感なのかどうってことない顔で冒険者たちの方ばかり向いて喋っている。


 ぬっ……と扉から太い太い腕と、その腕が握る血濡れの包丁が出てきて思わず男戦士が腰の剣に手を伸ばした。他の冒険者たちも同様だ。


 出てきたのは、オークだ。

 血濡れのエプロンに血濡れの包丁。今にも獲物を解体していましたというホラーな絵面だ。

 ぬぅっと出てきたそのオークが、ホブゴブリンを見てゴォッン……と包丁を扉の角に叩きつけた。


「ひぃっ」


 思わず女神官が小さく悲鳴を上げるのも無理はない。

 オークも人間を犯し、殺し、そして喰らう……そういうモンスターだからだ。さらに言えばゴブリンよりも強く、動きはノロいが耐久力も高いために面倒な敵として新人冒険者からすれば脅威でもあった。


 いくら平和的な村だと言われても血濡れのオークが出てきたらそりゃあビビるなという方が無理なものである。


 そしてそのオークは手を伸ばすと、ホブゴブリンの頭を掴んだのだ。

 握り潰されるのを想像して冒険者たちがドン引いた瞬間、ホブゴブリンが「ぐぎゃっ」と声を上げた。


「ああ……断末魔が哀れ……「ぐぎゃギャギャ! ぎゃぅ!」……え?」


 盗賊男の嘘くさい哀れみの言葉は、楽し気なホブゴブリンの声によって裏切られる。

 そうしてそんな彼らの視線にようやく気が付いたらしいホブゴブリンが、どちらかといえば好感度がまるでない、醜悪な笑みを浮かべた。


「オデの母ちゃん!」


「「「「「な、なんだってー!!!!」」」」


「丁度昼飯ノ、ぶラっデぃべあ捌いテたらしイ。客。伝えタ! 飯、楽シみにして良イゾ!」


「……あ。あー……うん、え? ゴブリンとオークって結婚するの? 一夫一妻制とか言ってた?」


「え、あのオーク、女の? 超いかつくね? いやオークの雌雄とか見分けつかないけど」


 どうやらブラッディベアなる素材はホブゴブリンからすると御馳走の類らしく、偶然とはいえ客が持て成せて良かったと無邪気に喜んでいるようだ。

 

「……聞いていいか、ホブゴブリン。お前の父親はゴブリンシャーマンとか言ってたよな? オークの嫁さん貰って他のゴブリンは何も言わないのか?」


「うン? オヤジ、母ちゃん、一目惚れ! 殴らレてモ喰わレかけテモ諦めナカった! 最後は母ちゃんガ絆されタかラ、皆祝っテくれタって聞いてる!」


「うわあ、思った以上にバイオレンスかつ情熱的で更に感動的だった……」


「ゴブリンとオークでさえ熱愛する時代だっていうのになんで俺、フラれ続けてるんだろう……」


 事情さえ分かってしまえば、先程のオークとホブゴブリンのやり取りはこんな感じだったのかもしれない。


『おかえり息子よ、なんだい、友達連れて来たのかい?』


『やめろよー母ちゃん、みんな見てるだろ! 恥ずかしいから頭撫でんなって!!』


『なんだいなんだい反抗期かい? いつまで経ってもアンタはあたしの可愛い息子に違いないんだから撫でられときな! 丁度今ブラッディベアを解体し終えたところだよ、みんなご飯食べてくんだろ?』


『えっ、マジで!? やったー御馳走じゃん! みんなも喜ぶよ!!』


 どこのほのぼの親子だ。親子だった。見た目はモンスターだから人間視点だとちょっと不気味極まりないのだけれども。

 嬉しそうにするホブゴブリンの体格が少しばかり彼らの見知ったゴブリンやホブゴブリンよりも大きいのは、どうやら母親がオークだからということなのかもしれないと前向きに何とか色々なものを飲み込んで納得して見せた冒険者一行だった。


「あっ、ホブゴブリンさんおかえりなさい……!!」


「ぐぎゃっ……!」


 だがそんな和やかな(?)時間も、聞こえてきた声によって終わりを告げる。

 

 そう。

 

 ホブゴブリンが冒険者たちに声を掛けた、“連れて帰って欲しい村娘”が現れた途端に先ほどまで朗らかな様子だったホブゴブリンが顔を引きつらせたのだ。そりゃもう正直見た目が不気味なくらいに。


「寂しかったんですよ……ってキャああああ!? 人間がいる!?」


「えっ、そこ驚くところ?」


「なっ、なんでこの村に……はっ、まさかアタシとゴブリンさんが愛で結ばれるのを邪魔しに来たんですか! また……これだから人間は嫌いなんです!!」


「いやアンタも人間だろう」


「アタシはいいんです! ゴブリンさんを愛してるんですから! ねっ、ゴブリンさん!!」


「オデ、お前、愛しテない」


「もうっ、照れちゃって……そんな謙虚なところも大好きです!」


 盗賊男の至極真っ当な意見に対し、胸を張ってみせた例の娘に“ゴブリンさん”と呼ばれた彼はこそこそと女神官の後ろに隠れる情けなさ。

 だがその姿はあまりにも哀れで、どうやら本当に困っているらしい……ということはこれで証明されたのである。


「オデ、村娘、いつもコノ調子……話聞かナい。助ケて、冒険者……」

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