村娘 編
第1話
冒険者たちがいた。
彼らはモンスターが頻出する森の奥に、危険なリッチが出現したという噂が出たので確認に来たのだ。
男女で戦士が一人ずつ、女神官が一人、盗賊が一人とバランス重視のパーティが慎重に森を進む中、それは唐突にやってきた。
「冒険者! 冒険者、助ケて!!」
「もっ、モンスターだ!」
「ホブゴブリンじゃないの!?」
「ちょ、ちょっと待て、喋ったぞ、こいつ人間の言葉を喋ったぞ!?」
「助ケろ、冒険者ー!!!」
双方に理解がないままに叫びあってみてから、互いに距離をとって神官が恐る恐る手を上げる。
時間にすると結構経っていたかもしれない。あまりの騒々しさに周辺の動物たちが逃げて行ったかと思うと、あまりの間抜けさからかリスやら小鳥やらが戻って見物するくらいには。
「私たちの言葉が理解できるのですね?」
「そウだ。人間、助ケろ欲しイ!」
「……騙し討ちをする気ではありませんね?」
「シナイ!」
これは一体全体どうしたことだ。自分たちはリッチという危険な死霊と戦うつもりが、世にも珍しい人語を解するゴブリンの上位種であるホブゴブリンに助けを求められてしまった。
本来退治する側なんだけど。
でも助けを求めているのにモンスターだからっていきなり切って捨てるとか卑怯だよね。
そんな会話を視線で交わして、彼らは神官の方を見る。
この神官は、マイナーな宗教の神官だ。生きとし生けるものは平等ではないのか、という人間至上主義の宗教とはまた別の考えから生まれた新興宗教の神官というべきだろうか。
とりあえず、教えを広めるために活動しているだけで基本的には怪しい所もない誠実な人物だが流石に彼女もモンスターと会話をするのは初めてのことでどう対処していいのかわからないのだろう。
「あの……ホブゴブリンさん、具体的に私たちに何を助けて欲しいのですか?」
「人間のオンナ、連れテ帰って」
「……は?」
彼女が絶句したとしても、それを咎める人はいないだろう。
やはり共通の認識でゴブリンが人間の女を攫って孕ませたり玩具にしたりと散々であるということは周知の事実だ。それなのにこのホブゴブリンは言うに事欠いて『連れて帰れ』というのだ。
つまり飽きたから返すのか、とも取れたが態々自分たちに助けを求めるというのも奇妙だ。
なかなかに理解が追いつかない。
「え、ええと……ホブゴブリンさん。我々ちょっと理解が追いつきません」
「話すト長くナル……とにかク、困ッてル……」
「その女性は、健康ですか? 妊娠とかはしていませんか?」
「シテなイ。昔、足をケがした。人間怖イ。だかラ村から出テ行かナい。オデの嫁なル言う、すごク困る!!」
「……え、ええと……は? あの。ちょっとやっぱり何言ってるかわかりません」
「とにカく助けてー!!」
ホブゴブリンが膝をついて、両手を組んで、涙目で冒険者パーティに懇願する。
なんと異様な光景だろうか。命乞いをするような戦闘は一切ない。寧ろ向こうがいきなり助けを求めているのだ。
しかも内容がおかしすぎる。
すでに喋るホブゴブリンという辺りでおかしさ満載だが、この際そこは置いておく。
彼? が言うには人間不信の女性が一人、何があったのか彼? に求婚してくる。それがすごく困るから、とっとと人里まで連れて帰って欲しいというのだ。
あれなんだろう、話はわかるんだけど理解できない。
それがパーティ全員の意見である。
まあ、普通そうだろう。
「村来ル、わかる! 助けロ!!」
「……どうしますか?」
「どうもこうも、オレたちはリッチがいるかどうかの確認が任務だったんだけどな……」
「でも人間の女性がいるというならそれも放っておくわけには……」
「けど酷い目に遭ってるわけじゃなさそうだが」
「そのホブゴブリンの言う事が正しければっすけど」
「寧ロ、オデ、酷いメ見てる!! 助ケて!」
「どうしてその女性が求婚するのに困るのですか? その……ゴブリンって一夫一妻制とかじゃなさそうですけど」
神官があくまで相談に乗るという形で声を掛ければ、ホブゴブリンは胸を張った。
何故だか誇らしげなその姿は、この困惑する状況で冒険者を苛立たせたがそこは彼らも大人なので黙っておいた。
「オデの村、一夫一妻! 嫁大事にスる、大事!」
「まあ……モンスターってもっと野蛮かと思っておりました」
「オデたち、特殊」
「自覚あるんか」
「自覚あったのね」
「っていうかそこまで特殊ならそりゃ自覚もするでしょうよ」
思わず一斉に突っ込んだ冒険者集団を気にもせず、ホブゴブリンは今度は目に見えて肩を落とした。
それこそ、哀れなほどに。
「嫁、なりタい言う。……実はオデ、村娘、好み違ウ……」
「なんだろうこのリア充ホブゴブリン殴りたい」
「なんでホブゴブリンがモテてオレがモテないんだ」
「お前ら落ち着け」
男戦士と盗賊が武器を構えそうになるのを物理で大人しくさせた女戦士が、難しい顔をしてホブゴブリンを見る。
ここまで会話をして不意を突かれることもなければ、周囲に仲間がいる様子もない。
本当に、もしかすれば本当にこのホブゴブリンは困っていたから自分たちに声を掛けてきたのだろうか。
だとしたら、人道的にこれをモンスターだからと放置するのはいかがなものだろうか。
助けを求めている者を見捨てて良いものだろうか。
そんな葛藤が生じる。
「……ホブゴブリン。つかぬことを聞くけれど、この森にリッチはいるか?」
「リッチ? いる。会いタいノか?」
「いるのか! ……会いたいと言えば、会えるのか?」
「難シイ」
「そうか、やはり人間が憎いのか」
「? 違ウゾ」
リッチと言えば、魔術師が研究と共に不死になった姿とも言われている。
伝説によればこの地に生まれたリッチはかつて魔王を倒した勇者パーティにいた賢者の弟子で、勇者とその仲間の功績を妬んだ人々によって迫害されたことから憎しみで研究を続けているという。
それを受けてのことだったのだがホブゴブリンはあっさりとそれを否定した挙句――
「あのジイサン、超人見知り! 赤ん坊相手デも、5年クライしないと姿ミセルのも恥ずカシい!」
「どんだけシャイなアンチクショウなんだよ!?」
「恨みがあるんじゃないのかよ!?」
「最近目撃談が……」
「昔イタ国の紋章ニ似たの見タ、懐かしイ思った? 言っテた!」
ぐっとサムズアップして語られた内容はあくまで平和的過ぎる内容だ。
こんなんどうやって報告しろってんだ、とやさぐれそうになる男戦士が首を振る。いや待て、まだそれが真実とは限らない。
「……ホブゴブリン、お前が本当に真実を話しているのかオレたちには正直なところがわからん」
「ソウか……」
「だから、お前の村に案内してくれるか? 武器を外さない。それでもいいなら、だ」
「ちょ、ちょっと……」
女戦士が咎めるように言いかけて、だがそれが今の最善かとも思い直したのか剣をぎゅっと握りしめる。
盗賊は周囲を見渡して、嫌そうな顔はしたものの反対はしなかった。
神官は、逆にこれは布教のチャンスかも! と意気込んでいた。
「……それは別に良イけど、お前タチ、良く食ウ?」
あっさりとそれを了承したホブゴブリンは、冒険者たちを見て小首を傾げた。
あまりにも唐突な関係のない質問に、気合を入れた冒険者たちが肩透かしを食らったのも気にならないようだ。
「え? うーん……人間としてはごく一般的だと思うが」
「歓迎スる、今備蓄少ナい。イイカ?」
「いやいやお前おかしいからな!? 俺らはお前らに招待されて遊びに行くんじゃないんだからな!?」
「ハッ! そうダった!!」
「やだこのホブゴブリン!」
こうして――救いを求めてきたホブゴブリンは、なんと冒険者一行を村に迎えることになったのである!
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