第32話

「え、蒸気機関車を作った?」

「おう」


 モンブランを食した後、案の定キャラロストした僕は再度ログインしていた。

 毒の耐性を得るべく研究所に戻って毒物の摂取をしていた最中、最近顔を見せなかった都コンブさんとワンコ狼さんが雁首揃えて現れた。


 僕の状態などまるっきり無視して要点だけ並べていく辺り、僕の事情を察してくれているのだろうね。

 うん、今絶賛動けないんだ。でも耳は聞こえるし会話は可能なので非常に助かる。


 しかし蒸気機関車ときたか。


 随分といきなりだね。いや、案外いきなりでもないのか?

 物を運ぶための移動手段。

 最終的には人を運ぶが、乗せるのは機材か。

 ならその用途は……


「第二の拠点の目処が立った?」

「ああ、だが問題はその環境の方でな。一晩放置すると自然に飲まれて一部になるほどの辺境だ。だから一気に資材を運んで飲まれる前に拠点を作ってしまおうと言うわけだ」


 そりゃまた大変な場所に作ろうと思ったね。

 けど街を構える以上、第一の街セドーイと交通の便がいいなどの利点があるのだろう。

 または他の攻略フィールドに隣接しているか。

 どちらにせよ、セドーイから遠すぎて攻略もままならない。

 そのための拠点の増設。


 しかし襲いかかってくる自然ときたか。

 広野とも火山とも思えない。

 可能性があるとしたら砂漠地帯か海岸か?

 森に次いで砂漠と海岸は三大自然の脅威とされていた。


「それはさておきどうして僕の元へ? 言っとくけど全てのレシピはクランに提供し切っているよ?」


 僕はうつ伏せのまま、目だけを上にあげて二人を見つめた。

 絵面はひどいが気にしないでほしい。


「そんなもん、蒸気機関車のノウハウを解かれても俺にはさっぱりわからんからな。俺は鉱石発掘職人よ。石炭の発掘は出来ても、それ以外は門外漢なのさ。ムーン君、そう言うのに詳しくない?」


 ダメ元かよ!


「あたしも欲しい金属素材があるんなら用立てなくもないんだけど、相手はやたらとロマンを語るクチでねぇ、ムーンさんの手腕を期待してこうして頭を下げに来たわけさ」


 物理的に僕が床に寝そべっているから首が下を向いている二人に、仕方ないかと立ち上がる。

 実は随分と前に毒の耐性を得ていたんだが、アドバイスだけで済むならこのまま聞き流して他の耐性も取ってしまおうと画策していたんだ。

 けど全然帰る気ないんだもん、この二人。


「おお、引き受けてくれるのかい!」

「やっぱりムーンさんは頼りになるね」

「僕も都さんやワンコさんに普段から世話になってますからね。恩返しくらいはさせてもらいますよ」


 場所を移してセドーイの駅。

 機関車がある以上、駅を作っていたのは分かっていたが。

 やたらと気合を入れすぎた背景が見て取れる。

 金属部分も多いが、ほとんど木造建築だ。

 物資の搬入がメインなのに、デパ地下でも作るつもりなのか地下の階層までしっかり掘られていた。

 そこの作業員の一人に見知った名前を発見し呼びかける。


「茶豆さん!」

「や、ムーンライト君」

「茶豆さんもこの事業に関わってたんですか?」

「発足人がマスターだからね。普段世話になってるからこその恩返しだよ」


 君もだろ? と茶豆さんが意味深な笑みで聞いてくる。

 え、僕何も聞いてないんですけど?


 なんだったらさっきまで研究室で毒物摂取していましたが?

 なんだろう、この疎外感。

 まぁ、わざわざ自由にさせてくれてるんだから文句は言えないけど。


 よもやうちのクランのほとんどが世間の注目が第二サーバに注がれてる裏でこんな事業を打ち立てていただなんて。

 まあ、こんな事業嫌でも目立つだろうし、告知する必要もないのもわかる。


 そもそも人が寄ってきても成果はこれからあげるんだから告知しようがないもんな。趣味で作ったのならともかく、これらは実用性重視だ。


 それはさておき本日の交渉役を務める。


「こんにちは、ムーンライトです。今日はお話を伺いにきました」

「あんたが噂の交渉引受人かい? 随分と若いな?」


 本日お話を伺うのは新規クラン『暴走特急ハヤテ』の機関士トマスさんだ。

 名前で怒られそうな気がするが、無事認可が通ってる時点で大丈夫なのだろう。

 歳の頃はワンコさんと同じくらいなので60代後半。

 随分と気性が荒そうな風貌をしている。


「今回僕はお話を伺いにきただけです。あくまで仲介役。そう思っていただければ幸いです」

「成る程な、己の若さを逆手にとってそう開き直るか。だがこっちはお前さんの噂は知ってるんだぜ? 随分な遣り手と聞く。なぁ、ワンコ?」

「お知り合いだったんですか?」

「こいつとはガキの頃から近所で木の棒を振り回してた付き合いでな」


 いわゆる幼馴染。

 そりゃ話も弾むだろう。

 そこにきて若い僕が間に入る。

 向こうとしては面白くないわけだ。


「で、都コンブさんとしてはうまくこの二人の中を取り持ってもらいたいと?」

「そうしてくれると助かるって感じだね。あの人達は何かにつけていがみ合う犬猿の仲なのさ、いい歳してね」

「なんだとババア!」

「おい! 俺のカミさん捕まえてババアだと? どうやら今日を命日にしたいらしいな!」


 売り言葉に買い言葉。

 トマスさんの発言を無視できないとワンコさんが血管を浮き上がらせてメンチの切り合いをする。

 本当に人を殺しそうな威圧を放ってるよ。

 こんな物騒な幼馴染嫌すぎる。


「はいはい、いい歳した大人がそんなみみっちいことで取っ組み合いの喧嘩をしないでくださいよ。論点は問いません、何に詰まってるんです?」


 要点は簡潔に。

 論点は高齢であるにもかかわらず再婚したワンコさん夫妻が羨ましいとか何かだろう。

 こんなに亭主関白だともしご結婚されていたとしても愛想を尽かされてたっておかしくない。

 しかし話を聞けば気立の良い奥様だったとかで、彼は奥様を亡くしてからずっと元気がなかったそうだ。

 それをお孫さんから誘われて、そっちの道に入り、ワンコさんと出会って意気投合して今に至る。

 

 昔話に花を咲かせていられたのはお互いに歳をとった老人であるからこそ。奥様を亡くされた同士。しかしそこに都コンブさんが現れて亀裂が入ったとかそんなところか。

 よくある痴情のもつれだな。

 だからこその水掛け論。

 永遠に決着のつかない水平線の戦いか。

 

 なので率直に僕が呼ばれた理由を尋ねる。


 トマスさん曰く、蒸気機関の巡りが悪いそうだ。

 水を沸かして蒸気を発生させる。

 一番肝心な要素がどうにも動かないことに音をあげた。

 と、そんなところだろうか?

 

「単純に設計にミスがあるのでは?」

「俺がそんな設計をするとでも?」

「僕はあなたがどんなにリアルで凄い人でも、NAFで全く同じことができるとは思いません」

「ちょっとムーンさん、その言い方は……」

「これだから若ぇ奴はいけねぇや! 俺っちの偉大さを、ありがたみをなんも分かっちゃいねぇんだ!」


 ワンコさんは額をピシャリと叩いて“また始まった”と唱えた。

 つまりこの癇癪は平常運転。

 そこを蔑ろにするから相手も余計癇癪を起こす。


 でも僕は、そこに解決策があると思い熱心に聞き込んだ。

 曰く、鉄道の基礎設計を作ったのは自分である。

 曰く、精密機械故に清掃の徹底を唱えたのも自分。


 ここまで聞くと今ある功績の全ては自分がいたからこそあるみたいな誇大妄想のように聞こえてくる。


 だがそれが本当なら凄いことだ。

 ご老人だからと舐めた態度でいたら誰だって気分が悪いだろう。

 だから僕は少し謙って物を語る。


「それは失礼しました。あいにくと僕はこの業界に疎く、ワンコさんのお知り合いだからとお話を聞きに参った次第です。偉大な先達だったと知り出会えて光栄です。今日は是非トマスさんのお仕事を勉強させてください」

「お、おう。お前は若いもんにしちゃ随分と職人の仕事を分かってるな。最近の若いもんはあれこれ話を飛ばしたがるが、あんたは違うな。ワンコの奴が気にいるわけだ」

「ありがとうございます」


 早速気に入られた僕を、どんな魔法を使ったのかと言わんばかりに凝視する都コンブさん。

 僕から言わせて貰えば、あなたも大概気難しい方でしたよ?

 まったく、自分の事を棚上げしたがるご年配が僕の周りには多すぎて困る。


「そこで俺が炉に石炭を焚べるだろ? 普通ならブシューッて蒸気が溢れて車輪が回るんだ。だがこの炉の設計がおかしいのか、ちっとも車輪がまわりやしねぇ。あの錬金術師め、失敗作を掴ませやがって!」


 トマスさんの説明は何かにつけて感覚的だ。

 

「炉を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「おう、俺っちの機関車を支える炉だ。壊すなよ?」


 炉がそう簡単に壊れるとは思えないが、一応詳細説明を開示する。

 炉はただ火を焚くだけのものだ。

 蒸気機関の肝は高温に熱した水を冷却した時に出る蒸気。

 それでピストンを動かし、車輪を回す。


 今現在炉におかしな点はない。

 しかし蒸気が出ないということは水の方に問題があるのかもしれないな。


「トマスさん、水はどちらから仕入れました?」

「水ならそこら辺の湖で汲んで来た物だぞ? 別に飲むもんじゃないし不純物の有無は気にしてない」

「ならそれが問題ですね、ここにスライムが紛れた可能性があります」

「はぁ? スライムなら熱に負けて燃えるだろう?」


 トマスさんはコアがよく燃えるのを何かで見たのかもしれないね。

 だがあいつら、よく燃えても、周りに水さえあるなら復活することはあまり知られてないのかも?


 取り敢えず僕はスライムの水流支配を乱す電波を発する魔道具を使用する。

 支配されてるゼリー状の水分は熱しても溶けはするが、蒸気に変わる前にコアに変わってよく燃える。

 しかしそこに再び水が満たされたら再び水はスライムに支配されてしまうんだ。

 もし重要機関にスライムが入りこんでしまったなら解決策はそれしかない。


 スライムにとって有害な電波を発し続けること五分。

 無事問題が解決したのか、勢いよく水蒸気が上がってピストンが周りだし、車輪もよく動いていた。

 成功だ。


「本当にスライムだったのか!?」

「今回は僕が偶然これを持っていて助かりましたね。ですがトマスさんの設計がなければここまですんなり動き出しはしなかったでしょう」

「いや、現実通りにやれたからと、うまくいかない理由を他人のせいにしていた俺っちにも問題があったようだ。だがここではリアル以上に厄介な敵がいやがる。それを教えてくれたってわけだ。それにしてもよく気がついたな? 普通スライムって聞けば雑魚だって気にも止めないぜ?」


 一般プレイヤーはそうでも、水で苦労してきた僕たちだからこそ、その対処法のノウハウができている。

 こればかりは実際に苦労してみないとわからないからね。


「普通ならそうでしょう。しかし僕たちは彼らに散々煮湯を飲まされてきたので。だからどこに入り込まれたら困るかよくわかるんです。あいつら水さえあればどこでも活動できますからね。問題は僕たちも見たことのない亜種が混ざる可能性もあるということだけですか。この電波装置は産業革命さんでも取り扱ってます。僕の名前を出せば便宜を図ってくれるでしょう」

「いや、それにしたって本当に見事だ。ワンコやそこの女でも解決できなかった重要事項だぜ? あんたが有能なことくらい分かるよ。よーし、お前ら列車の連結を急げー! 物資の搬入に入るぞー!」

「親方! もう治ったんですか!」

「ああ、こっちの兄ちゃんがズバッと解決してくれたんだ! お前たちも礼をいいな」

「「「あざーす」」」


 普段から声が大きい人が、興奮すれば拡声器なんて必要ないくらいに大きい声で伝達する。

 一緒にいて思わず耳を塞いだほどだ。


 トマスさんは慌ただしい日常に戻っていき、僕たちは役目を終えたとばかりに帰路につく。


「いやぁ、助かったよムーン君。お陰様で縁を切らずに済んだ」


 開口一番それをいうのもどうなんだ?

 なんだかんだと仲が良いのか、しょうもないことで友達を減らすところだったと己の浅はかさを棚上げしていうワンコさん。

 この人も大概頑固なんだよなぁ。


「ワンコさんもスライムには散々煮湯を飲まされ続けてきたでしょうに? どうして思いつかないんですか?」

「だからムーン君に頼んだんじゃないか。俺は最初っからスライムの仕業だと気がついていたぞ?」

「嘘おっしゃい、ムーンさんがおもむろにポンプを気にし出したあたりで当たりをつけたんでしょうに」

「ワハハ、バレたか!」


 この老夫婦もいつも通り仲睦まじい。

 ゲーム活動を通じて結婚を決めた当たり内面がバレてるから気が楽なようだ。

 僕とうぐぐいすさんもこんな熟年カップルになれるだろうか? だなんて研究室で毒耐性を得ながら思ったものだ。


 ピコン、と何かの通知に気を向ければ、トマスさんから投資されていた。ただスライム専用毒電波を教えただけなのに150万のリアルマネーをポンと出せる当たり、本当に大物なんだろうなぁ。


 ご家族に妬まれないかちょっとだけ心配になった。

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