第31話
どうやら第二サーバのイベントは順調なようだ。
仕事内容がGMのマネジメントなのでそこらで話がちらほら聞けた。那須さんも小躍りしながら手応えを感じたようだ。
僕が話を振ったのもあるが、企画を通したのは彼女なので、他の運営メンバーからも一目置かれてるようだね。
でも千枝さんのGOサインがあってこそと付け足しておくべきか。
そしてイベント期間の3/4が過ぎ、第一陣も参加資格が得られた。これらの参加資格はログインできるだけに関わらず、掲示板への参加も可能とする。
そこまでして二陣、三陣に自分たちで考えて開拓しろと言わんばかりの徹底ぶり。
お陰で自分たちの力で乗り越えたんだと言う自信が持てたことだろう。
そして第二サーバではハニービーさんの他にルートℹ︎と言う謎のプレイヤーが僕のポストについている。
いったいどこの誰だろう? ぼくのような奇特なプレイイングを真似する奴は。ぜひその顔を拝みたくて参加する。
ハニービーさんのようなファンであるなら応援してみたいものだけど、欲に駆られた奴だったらちょっと敬遠してしまうな。
なんせ、僕の趣味は欲に直結しない。
うぐぐいすさんのような熱狂的なファンでもついてなければ名前が上がることなんてないからね。そう言う点では似てるのかな?
彼、と断定していいのかわからないが。
その彼がランキング入りしたのは当初総額ランキングのぶっちぎり上位だった。
そして『ムーンライト』のかけらの所持数もハニービーさんと競い合うかのように上位にいる。
余程の際物でなければあの子に追いつける情熱を燃やせるだろうか。
僕は第二サーバにログインしようとして、
<エラー:クラン『天地創造』メンバーは参加資格がありません>
弾かれた。
なんてこった。ここまでするのか、このイベント?
仕方ないので第一サーバでふて腐ってやる。
後ついでに何個かかけらの元を量産して困らせてやれ。
あのかけらの元は僕がPC時代〜VRに来てからのものが蓄積されていると那須さんが言っていた。
つまり今現在も計測されつつあるようだ。
そして天地創造メンバーの第二サーバのメンツもできつつあるようだが、ポスト『ニャッキ小次郎』枠はいまだに現れていないようだった。
そりゃ、ね。
現代知識を用いるとある程度出来上がった材質の道具が必要だ。
それも加工済みの。
その点あの人は自分で水路を発掘して土を掘って水を引いてくる事までする。
やってる事が戦国時代まで遡ってるんだよ。しかも全部一人でやり上げたと言うくらい、その変人具合が分かるだろう。
例を挙げればキリがないほどPC時代の彼らは変人なので比べる方がどうかしてるな。
そもそも実際に自分から動くのと、画面の向こうのプレイヤーを操るのとでは労力が違う。
それでも苦労の多さは他のゲームに比べたら引けを取らないけどね?
と、思考を巡らせてるうちにやる気がむくむく湧いてきたぞ。
まだ第二サーバに行かない人たちと、物理的にいけない人たちで何かしでかしてやろう。
そんな訳で僕は純喫茶アルバートへ足を向けた。
そこではもはや新興宗教と化した光景が眼前に広がっていた。
結構な数のロストをしてるのに、懲りずに足を運ぶプレイヤー、又はGMが居た。ぐるぐるあんもにゃいは貝塚さんだな?
GMが堂々とプレイヤーに混ざって茶をしばきにくるゲームなんてNAFくらいだろう。
千枝さん曰く、フレンドリーさを前提において猫のツケ耳と尻尾のアクセサリーをくっつけて矢面に立たせたのが始まりらしい。
なんて言うか、無理矢理ファンタジー要素を取ってつけた感じだ。
未だ開拓率は40%、その手の種族との出会いはない。
つけ耳と尻尾のアクセサリーの時点でそんな種族の存在は認めてないと言ってるようなものだ。
なんだったら人間が“突然その作られた環境に飛ばされた”と言われた方が現実味があるだろう。
それくらいこの環境はモンスターの楽園だった。
開発がそこらへんを堂々とQ&Aで答えるくらいにモンスターの種族理念がはっきりしてる。
孤高のモンスターなんていやしない。
全てのモンスターが番を作り、群を生む。
プレイヤーがそれらを始末する事で生態系が変わって脅威が変わるくらいにここでの暮らしは現実に則している。
だからLV制を撤廃し、過度なレベリング要素を植え付けないようにしたのだろう。
と言うより、モンスターもスキル制なのでプレイヤーもそれに倣えと言われてるようなものだ。後出しなんだよなぁ、何もかも。
「どうしたの、ムーンライト君。席に着くなり黄昏ちゃって」
カルーアさんが頼んでないのにコーヒーを淹れてくれる。
阿吽の呼吸と言うやつだ。僕の欲しい味なんて彼からすれば手に取るようにわかるのだろう。
手をつけて口に入れて意表を突かれるまでがセットではあるが。
「またへんな豆仕入れて……」
「面白いよね! わかめとお豆腐の味噌汁味」
「変わり種ばかり出してると顧客が離れていきますよ?」
「流石に冗談の通じる人にしか出さないさ。来るなり注文もせずに俯いちゃってる人なんかは良いカモだね」
そう言うところだよ。
「じゃあご飯味のコーヒーを一丁」
「こっちの趣味に合わせてくれるのはありがたいけどね、普通にご飯を頼みなさいな。これ、メニューね。ランチもうちの主力だよ?」
そう言って手渡されたメニュー表は一見して普通なのだが、ページを捲るたびにドクロマークが付随していく。
味は★で表し、その下に危険度をドクロマークで表す喫茶店なんてここくらいのモンだぞ?
しかし店内を見るに受け入れられてるようだ。
ここまで来ると世も末だな。
そんな訳で僕は納豆フレーバー味のご飯★Ⅰ、☠️Ⅱと、チキンカツ★Ⅱ、☠️Ⅰを頼む。
味はともかく、☠️Ⅰ〜Ⅲはただの猛毒。Ⅳ〜Ⅴは複合毒となっている。更にこの上になると★がⅤ〜Ⅷまで極端に上がり、ついでにキャラロストを表す【消失】の%が加味される。
食後のスイーツに例のモンブランがあったので、それを例に挙げるならこうなる。
<お陀仏モンブラン>
味 :★Ⅶ
毒 :☠️Ⅵ
消失:99%
と言った感じか。
モンブランの上に着く不吉な文字でその内容はお察しだが、さらなる改良を得たのか、消失率が100%を切っていた。
「気になる?」
僕がメニューをガン見してると、R鳩60さんがニコニコ笑顔で現れた。いつも訪ねていっても居ないのに、こんな時にだけ姿を表さなくたっていいのに。
「今回通常アバターなので今度の機会に」
「すぐ無くなっちゃうよ? アバター切り替えるの待ってあげるからさ」
「そんなに僕の死に様が見たいか!」
「そりゃ、この味が世に広まった原因は君じゃない」
「天国に登る味でした!」
すっかり仲良しになったのか、つけ耳をピクピクさせるぐるぐるあんもにゃい30。あれ、今その耳動いた?
気のせいか尻尾まで揺れてる錯覚が見える。
つけ耳、つけ尻尾だった筈じゃ?
それにしても物理的に天国に行ってきたようなアバター消失数に思わず引き笑いしてしまう。
GMのアバターは基本的にダメージを受け付けない者だが、開発がそれだとつまらないとして特定モンスターによる乗っ取り『キャラロスト』はつけたようである。
本来なら勤務時間でのプレイの筈が、すっかりプライベートとしての満喫っぷり。
うぐぐいすさんも知っていて放置してるんだからなかなかに業が深い。
この場合の業は生贄という意味で。
実際にGMでも関係なくキャラをロストさせる鬼畜っぷりをプレイヤーへ向けているのだ。それでも食べたくなる味という意味でじわじわクチコミが広がっていった模様。
仕方ないので味見用のアバターに着替えて実食。
納豆ご飯はコーヒーとよく合う。
もちろん、先ほど出されたわかめと豆腐の味噌汁だからこその合いっぷり。たくあんとかもあれば最高だ。
そんな話を振れば、
「あるよ」
カルーアさんの指が毒物の欄のメニューの上に置かれる。
今の僕のアバターでは余程じゃない限り耐えられそうもない毒の容量である。
「そうやって後出しでメニュー出すのやめてくださいよ。このアバターはモンブランのために着替えたんですよ?」
「なんだかんだ、ご飯もチキンカツも毒物なのに君ってばぺろりと平らげるじゃない?」
だからいけると思った。そう加えるカルーアさん。
この人もR鳩さんに染められてきたな。
なお、別途料金で毒物耐性のお札も売られている。
まるでそっちが商売の本体なのか、リーズナブルなメニューの金額より随分とお高い。
まぁ僕のように
中には罰ゲームでロシアンルーレットみたいに食べさせるグループもいた。一般メニューの中に毒物が混ざってるようだ。
流石にロストこそしないようだが、HP全損は免れまい。
食事を食いにきて死ぬとか馬鹿なんじゃないかな?
そんな彼らを横目に、僕の前のテーブルから空になった皿が引き上げられ、新しく用意された特別制のコーヒー(普通のやつ)と、お陀仏モンブランがやってきた。
メッセージカードまで添付されて、中には遺書めいた何も記されていないカードとペンが置かれている。
死ぬ間際に記せばいいのか?
よくわからないが、先程の納豆+チキンカツの味を落とす意味でもコーヒーを一口。
やはり本格的なコーヒーは違うな。
さっき飲んだのがイロモノ過ぎて、頭が混乱しそうであるが。
だからこそ本物は意識を覚醒させてくれる。
絞られたモンブランクリームの上には甘く煮つけたマロングラッセ。これも多分毒だろうな。
そう決めつけて口に含めば、なかなかに美味しい。
意外なことに毒物耐性がポップアップしなかった。
なんだったら即死耐性までついたぞ?
なんだこれ。もしかしなくても僕は命綱をたった今失ったのか?
時間はたったの9秒と短い。
初見で見破るのは至難の技だろう。
どうせ死ぬ覚悟だ。ええい、ままよ!
僕はマロングラッセの余韻に浸りながら、いつもの構成のモンブランを口に含んで、つけられたコーヒーを堪能する。
いつも以上に満足度が高い。
しかし遅延制だったのか時間経過と共に毒物耐性がポップアップしてくる。
この空白の時間は余韻を楽しむモノではない。
もしやこの時間で遺書でも記せばよかったのか?
遠くなる意識で、そう思ったのも束の間。
物理と意識が切断された。
◇
「記録、6分50秒。流石ムーンライト君、こちらの予想を裏切ってくれるね」
「R鳩さんも趣味が悪いなぁ。でも本当は彼、このモンブランの攻略法に気付いてたんじゃない?」
カルーアがお陀仏モンブランの仕掛けについて予測を入れると、R鳩は頭を振るう。
「気付いたとしても、どう食べるかまではその顧客の自由だからね。料理人が口を挟むことじゃないのさ」
「そりゃそうだけどさ」
「それにしても驚いたのは、彼は死ぬ寸前まで複数ある毒を耐え切ってみせたことだよ。たくあんには渋い顔をしていたのにね?」
「それは確かに」
毒物耐性手袋をつけて食器を洗うカルーアが、R鳩の見立てに相槌を打った。
そして数々の死に様を見てきたカルーアもまた、ムーンライトほど綺麗な死に顔もないなとその姿をスクリーンショットに収めるほどだ。
その内『ベスト死に顔コンテスト』でも開けそうなほど、カルーアの画像データは溜まる一方。
いっそ開いてしまうか?
そんな企みがムーンライトが不在の間にあったとかなんとか。
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