第28話
第二サーバの開拓率がようやく回り出す。
まだほんの1%だけれど、今までずっと0%だったのを鑑みればそれは大きな前進だった。
その中心にいたのは新進気鋭のハニービー。
ものづくりが好きな彼女はありあわせの素材であらゆるものを創造し、ポストムーンライトを見事勝ち取った。
いや、僕に一番近いとされるだけでまんま僕になれるわけじゃないんだけどさ。
彼女は僕の興味を向けた場所のほんの一部にしか触れてない。
それでも開拓率が回りだした貢献度は計り知れず、ハニービーの作り出すアイテムはただの接合糊や潤滑剤の用途である。
しかしこれがあるとないとでは武器製作と建築に大きな溝を生む。
銅の加工をするのにも、鉱石を溶かす炉は必要だ。
その炉を作るのに熱に耐性のある石材や糊は必要不可欠。
今はまだ銅だけで済むが、それが鉄、鋼などグレードが上がるたびに必要となる炉のグレードも上げていく必要がある。
最初からなんでもさせてもらえないのがNAFの醍醐味とも言える。
一般プレイヤーはそれこそドロップアイテムを持ち帰れば良いわけでもなく、一見使えなさそうな素材の提供もしなければいけなかった。
NAFはただの土や雑草、花、木ノ実もその土地によって効果を持たせる。
なんの価値もなさそうなそれが、次の開拓につながることを“僕だけが知っている”。
今すぐ彼女に伝えてやりたいものだが、第一陣、そして天地創造のクランメンバーは手出し厳禁だからなぁ。
それでも第二サーバと第一サーバは行き来が自由なので詰まればこちらに聞きにくる自由度があった。
そもそもこっちのサーバのクランに在籍するものが多数だ。
普段はこっちでクランの世話になりながら、第二サーバで独立を目指す。
実際に直面しないと何が必要になるかなんて分かったもんじゃないからね。
そんな訳で第二サーバで活躍中のプレイヤーが第一サーバに戻ってくると聞き込みの様な活動が始まるのだ。
第一陣はまだ向こうに参加できないが、お話くらいはできる。
しかし全員が口を揃えて天地創造の名前を出すもんだから迷宮入りしてしまうのだ。
僕を含めて他の14人+@は全員引きこもり気質。
素材調達班のうぐぐいすさんか常に店にいるカルーアさんぐらいしか連絡が取れない。
ただの料理人のはずなのにアグレッシブに動き回るR鳩さんと言う生粋の変人も居るけどね。
そして一番のツチノコ枠が僕と言う訳だ。
他のクラメン達も同様にあんまり見かけないので全員UMA扱いを受けて入るが、僕ほどではないと言う。
それは流石に言い過ぎだろう。僕としては毎日ログインしているつもりなのに。
ただログイン時間が合わないだけじゃないの?
そう言ってやると苦笑いされた。
遭遇率の高さはやはりNPCだろう。
起動と同時に花屋に顔を出させているので張り込みをされるパターンが多いのだ。
しかし実際に僕本人はクランルームで調合や毒耐性獲得に身を震わせている。
新たに発見した魚類毒。これはR鳩さんのお陰でⅠ〜Ⅴまで開拓できた。その上で複合毒の専門喫茶、猛毒茶屋でいくつか実食できるので食べにいくと、何人かが僕を見てギラリと目を光らせているのが分かった。
「いらっしゃい、ムーンライトさん」
「また来たよミーシャ。あの味が忘れられなくてね」
「好きですねぇ、私も毒物耐性持ってる方ですけど、流石にこれをアイテム無しでパクパクはいけませんよ」
「ポトの蜜での耐性獲得シロップは教えたろう?」
「それでも複合毒の脅威はまた別ですって」
「一度失神くらいで何さ。僕なんてキャラ作り直すたびにあの地道な苦労を繰り返してるんだぞ? おかげで毒の見本市さ」
ミーシャとの会話を聞いていたプレイヤー達が唖然とする。
毒料理屋なんだから毒物に対して理解があるのは当たり前じゃないか。
だと言うのになぜか全員が僕と視線を合わせないようにそっけなくなる。
奥に引っ込んだミーシャが、特製スイーツを危険物でも取り扱う様に持ち運んだ。
いや、危険物で当然か。
なんせ彼女が取り扱うものは、R鳩さんの開拓した魚類毒*Ⅴ相当をたくさん利用したドリンクなのだから。
降り掛かれば自分の身も危うい。
それこそ、そんな危険物を頼むのも僕くらいだ。
さて、スイーツといいつつもそれがドリンクなのは仕掛けがある。
これはかつて僕が開発したスライムコアを使ったゼリー製作機。
コア単体だと近場の水分を乗っ取るので、思考を回転分離させて頂くのだ。ちょうど飲み込んだ先でとろりとなるくらいがちょうどいい。
最初は噛み応えがある硬さ。
飲み込む時はジュレの様に、最後は液体に戻る。
これはそんなスイーツだ。
ただし猛毒。触れただけで即死級の被害を浴びる。
NAFの中でも特急の危険物を好んで食べるのは僕くらいだ。
味は最高なんだよ、味は。
それに今日は待ち合わせも兼ねていた。
「やぁムーンライト君、待たせたかね?」
「全然。ちょうどR鳩さんの考案スイーツを頂いてました」
「お、それに挑むか。男だなぁ」
「考案者が何言ってるんですか? 僕は味のためならキャラロストも厭わない男ですよ?」
「はっはっは、そう言えばそうだった」
作った本人がこれだもの。R鳩41さんも多くのキャラロストを乗り越えてきたのだと匂わせるオーラを纏っている。
この数週間で一体どれだけ無謀な挑戦をしてきたんだろう、この人。
これは僕以上にバカなんじゃないの? そう思わせる命知らずっぷりだ。
「それで話とは?」
「今回のイベントについてです」
「ああ、私達が参加できないあれかね?」
「そのアレです」
話題がそちらに移れば、僕を待っていただろうプレイヤー達が騒ぎ出す。
別に僕たちは彼らに対して避けていたりするわけでもないんだけど、勝手にそう言う思い込みをしがちなんだよね。
僕なんていまだに全員のクラメンと顔合わせできていないと言うのに。単純にログイン時間が違いすぎるだけだと思うんだよ。
R鳩さんの様にお店を持ってる人は日中ログインできない……いや、この人の場合朝には普通にいるし、なんだったらたった3時間しかない開店時間の食材だけ用意してほとんどログインしてるんじゃないかとさえ思える。
なんてアグレッシブな人なんだ。
それはさておき、周囲に集まってくれたプレイヤーへと呼びかける。彼らが僕らにどんな興味を抱いてるのか、聞くチャンスだ。
「おーい、そこの人達。僕たちについて何か聞きたいことがあるんじゃないか? 食事中なら暇してるからある程度の質問になら答えるぞー、一人3問までな!」
流石に全部は答えられない。というか拘束時間が想像できない。
今いるメンツの話くらいは聞くとだけ答えればワッと反応してくれた。
まず最初の質問者はお茶漬け侍さんだった。
お久しぶり。元気してた? だなんて世間話から始まり、今行き詰まってることなんかを聞いて回る。
それが大体接合部に使う中間素材だとか。
未だにハニービーの扱う素材の少なさが問題だろうに。
そこで材料となる素材を徹底的に教えてやる。
生産職は特に素材がないと何もできないからな。
「僕がPC版で行ったのは自ら素材を採取しにいくことだったな。当時はみんながみんなドロップ素材しか持ち帰らなかったもんだ。けど、僕の興味はそこには向かない。実際に触れて詳細確認をして調合した先に僕の興味は向く訳だ」
「つまり?」
「その辺にある石ころ一つとっても土地や環境によって様々な変化がある。糊の溶剤一つとっても耐性が違えば用途が変わる様に、土一つとっても最初から熱耐性を持ってればそれはそれで素材として活かせる。鍛治だって鉱石から皮素材の材質に悩まされるだろう?」
「確かに。そうかー、ハニービーちゃんには必要な素材が足りなすぎると?」
「あの子と友達なの?」
「そういうムーンライトさんこそお知り合いで?」
「彼女とは偶然出会ったんだ。身の上話を聞いてアドバイスしてあげた程度の仲さ。多少のレクチャーはしたが、彼女は独学だよ。僕はレシピについて何も語っちゃいないからね」
「そうなんですね、道理でムーンライトさん贔屓な訳だ」
「ふぅん」
そこで意味深にR鳩さんが唸った。嫌な予感。
「相変わらず君は人たらしだね。そうやってあらゆる人材を口説いていく。いっそ君がクランとか作ったらどうなのさ?」
「あ、それいいですね!」
いや、良くないから。
僕は今の環境から脱するつもりはまるでないぞ?
なんだったら今が一番最善だとすら思ってる。
「ダメダメ、どうせ僕なんてつまらない男だよ。情報を吸い上げたらポイされるのがお決まりさ」
「そういいつつ、吸い上げきれないくらいの情報持ってる癖に」
「それはR鳩さんにも言える事では?」
和食のみならず洋食、中華、の料理からスイーツにまで詳しい存在も早々居まい。
と、話が脱線したので本題に戻す。
お茶漬け侍さんの質問は徹頭徹尾鍛治関連。
美味いアイディアが出ないのだが、要は今ある素材の活かし方について教えてほしいそうだ。
僕は武器について詳しくないからね。
R鳩さんも同様。
それでもいいから見解を教えてほしいそうだ。
結構な無理難題を吹っかけてくるね。
しかも素材持ち込みと来てる。
ある程度まで頭の中に絵図が引かれているのだろうが、決定打が無いみたいだ。
素材は熱耐性*Ⅱの木材、銅、衝撃耐性*Ⅰの木材。
熱耐性の用途はどこに?
と思ったらこれらは鉄砲にするのだそうだ。
火薬なんてあったっけ?
どうやらそれらの作り方は知っていたらしい。
現物を持っていたらしいのでチェックを入れたら衝撃*Ⅲ、熱量Ⅳと出た。うん、暴発する未来しか見えない。
僕は助っ人を呼び出した。
金属加工の第一人者と、木材加工の第一人者だ。
呼べば来るので、意外と律儀なんだよ、この人達。
連絡手段を誰にも渡さないだけで。
「紹介に預かったカリカリ梅だよ。金属加工で迷ってるというのはドイツだい?」
「あたしです!」
「たった今ご紹介された通り茶豆だよ。木材加工のレクチャーを聞きたいのは誰かな?」
「俺です!」
それぞれがそれぞれのプロフェッショナルに直接指導してもらい、知見を広げていく。
その時々で僕が呼ばれるが、ただの中間素材の提供の面でだ。
それぞれのプロフェッショナルと比べたら貢献度は段違い。
だと言うのに、全員の僕を見る目が尊敬の色で塗り替えられていた。
「やっぱりすごい人じゃないですか、ムーンライトさん!」
「そうよね? なのにこの人って自意識がこうも低いのよ。もっと威張ってたっていいのにね?」
カリカリ梅さんとお茶漬け侍の梅茶漬けコンビが揃って宣う。
「いやー、目から鱗だった。しかしそれ以上にこの接合糊を作って見せるムーンライトさん! あんた無しではこの開拓はなかったと言っても過言では無いな!」
「この人、潤滑剤も網羅してるからダメ元で話振っても即座に解決するから世間話ついでに話持ちかける人が後を絶たないんだ」
なぜか茶豆さんへの質問者からも絶賛される。
「君、随分と自分の功績について無自覚だよね? そういうところだと思うよ?」
R鳩さんは何を察したかそんな答えを出した。
周囲にいた全員が深く頷く。
なんだよぉ、みんなして。
こんなの誰でもやれる事だろ?
そう言うと、誰でもやれてたら苦労はないと言われた。
どうやら僕は自分で思ってた以上に変人だった様だ。
専門職でもなんでも無いのに、そっち関係の話についていけるのもアレなのに、そのほしい答えを持ち合わせてるのも異常だと言われてしまった。
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