第27話

「イベントの方、どうなってますか?」

「あ、向井さん。あんまり芳しくないですね〜」


 那須さんは分かりきっていたことだ、と言いたげに返す。

 けれど、わかっていたからこそここから巻き返す企画は立てたとその目が語っている。


「策は上手くはまりそう?」

「種は蒔きました。あとは芽吹くのを待つだけです」

「そう、今回は自信満々だね?」

「題材が良かったからでしょうか? むしろ始まりの16人に再び焦点が当たり始めましたね。見てください、この検索数。全部始まりの16人についての検索ですよ?」

「ほうほう」

「そして第一回、第二回の過去イベにも再び焦点が当たってるんですよね。当時の掲示板も閲覧数が軒並み上がってるんです」

「へぇ、むしろこっちが本命だった感じ?」


 那須さんはにこやかに笑う。

 ならば僕が直接何かアドバイスすることも無いかな?


 那須さんは想定通りだと言わんばかりに不敵な笑みをたたえている。それ以外は割と忙しそうにしていた。

 

 ◇


 仕事が早く終わったのでログイン。

 いつものように適当に毒物を摂取して耐性を取っていると、何やら見られている。


「何かな?」

「いや、こんなに恵まれた環境で何故そんなに体を張ってるのかって思ってさ」


 多分イベントを体験したプレイヤーなのだろう。

 あの悪夢を体験してきたのなら言わんとすることもわからなくはないか。


「成る程、君からしたら僕は馬鹿みたいなことをしてると。そう言いたいのかな?」

「ええと、概ね、はい」

「君は正直だね。だがいい機会だから教えてあげよう、性分だ」

「はい?」


 いまいちよくわからない。みたいな返事に、ニンマリと笑って返す。


「ならば言葉を変えよう。もし君が戦うことが好きで、寝る間も惜しんで戦えたとする」

「別に好きではないですけど、はい」

「他の誰かからしたらそれはとても異常な行動だ。もっと他のことはしないのかと言われるだろう」

「でしょうね」

「でも君からしたら好きなことをしてるだけなんだよ」

「ああ、つまり貴方はやりたいから毒物を摂取していると?」

「少し違うけど、それによって僕の興味が満たされるのなら、僕は誰に引き止められようと実行するよ。その成果がどこにも活かせなくとも、僕はきっとやり続けるだろう」

「なんとなく分かりました。ボク、ずっと不思議だったんですよ」


 目の前の少女は自分語りを始めた。

 彼女はものづくりが好きだった。

 でも彼女の作るアイテムを目にしたプレイヤーはそれを馬鹿にした。

 ただ扱いが難しく、どこで使うのかわからないとクレームが入ったのだ。

 そのアイテムは瞬く間に面白おかしく捏造されて炎上し、彼女の名前は悪い意味で広まった。


 しかし、そのアイテムを持ってたプレイヤーが偶然その使い方を見つけた。

 強敵と言われるモンスターに使えば比較的簡単に倒せることを動画で証明した。


 そのプレイヤーは人気者だったから、そのアイテムも人気が出た。

 でも一度傷つけられた少女は絶対にレシピを公開しなかったらしい。


「ボク、きっと心が狭い奴なんです。もし貴方みたいにもっと広くレシピを公開してたらって思うことも少なくなくて。ボクはどうすれば良かったんでしょうか?」


 思い悩む少女の肩に僕は手を置く。


「君のやったことは別に心が狭くもなんともない。誰だってそんな真似されたらレシピの公開だってしやしないさ。僕も同様にね。そして君は少し勘違いしてるよ。僕は好き好んでレシピを公開した覚えはない。ログアウトして、ちょっとログインできなくなってる間にVR版が出て伝説扱いされてただけなのさ。僕自体はつい最近ログインしたばかりのペーペーだよ。すごくもなんともない」

「え?」


 少女は理解ができないと小さく呟く。

 確かに僕はNAFをやるプレイヤーなら知らない人はいないと言うくらい知られてる。

 だからって僕が偉いわけでもなんでもない。

 勝手に周りが持て囃してるだけなんだよね。


「さて、君はものづくりが得意なんだったな。得意分野は? 僕もそっちの方面に一家言ある」

「一家言どころか……」

「周囲が、というよりはうちのクラマスが僕のファンでさ。多分この熱狂的なファンを掴めるかどうかなんだよ。君は運が悪かった。本当なら僕のような存在は日の目を浴びることなく消えていてもおかしくないところだった」

「でもそうはならなかったのは?」

「うぐぐいすさんと言うファンが僕を見つけてくれたからだよね。ある意味で君にとってのファンはその人気者だったわけだ。それから彼は何か君に何か申しつけていなかったかい?」

「分かりません、そのあとログインするのもやめてしまって。ボク、そのゲームから逃げたんです」

「そっか。ならさ、ここで同じように続けていけばいいんじゃないの? だって君にとってものづくりって作業時間が気にならないほど楽しいものなんでしょ?」

「はい……ボクにはそれしかありませんから」

「僕もだよ。さぁ、目の前に素材Aと素材Bがある。君ならどうする? 僕ならこれをこうするけど」


 目の前で作って見せれば彼女の目が輝いた。

 やはりものづくりが好きなのだろう。

 自分とは違う作り手を前に奮い立つ物を感じ取っていた。


「ボクなら……こうしますね」

「へぇ、そう来るか。面白いね、僕もいい勉強になるよ。なら次は!」

「そんな風になるんですか? こんなレシピ、ボクに教えても良かったんですか?」

「レシピ? なんのことやら。僕はただ素材と素材を合わせただけだよ。君もそうだろ? 出来上がった素材を誰がどう使うかなんてのは僕達が気にすることじゃない」


 とても暴論に聞こえるだろうが、作り手が使う人のことまで考えるだけ時間の無駄だ。

 僕の手記なんかは無駄の集大成で出来ている。

 だが作り手である僕が満足し、話のネタに使えればそれでいい。

 それくらいのスタイルで居ないとものづくりなんてすぐに頓挫してしまうからね。

 言い切ってやれば、彼女はようやく肩の荷が降りたように微笑んだ。


「なんだかボク、ムーンライトさんのことを誤解してました」

「そりゃそうだよ。みんなの言うムーンライトは僕の本来の姿じゃない。君のアイテムだって、その本質を理解せずに貶めた相手の思うような物じゃない。炎上したのは運が悪かったように思うよ」

「あはは、そうですね」


 彼女は吹っ切れたように大声で笑った。


 ◇


「見つけました、逸材のプレイヤーを!」


 翌日、仕事場に赴けば興奮気味モニターに食いつく千枝さんが僕に息巻く。

 そのプレイヤーネームは、ちょうど昨日僕が語らった彼女だった。


 名は確か……ハニービー。

 蜜蜂と名乗る彼女は蜂蜜色の髪と瞳を持つ新進気鋭の調薬師だった。あの後意を決して第二サーバーへと舞い戻ったようだ。


 どうやらポストムーンライトに一番近いのも彼女のようで。

 イベントサーバーでムーンライトのかけらを一番多く入手しているようだ。

 そうか、あの子がなぁ。

 別にそうなるように仕向けたわけではないのだけど。


「千枝さんが目を見張るほどですか?」

「明斗さん程ではありませんが、この集中力は今のプレイヤーの火付け役になり得ますよ。残ってた職人プレイヤーと一緒になって盛り立ててます。あとは人が集まり次第ですね」

「集まりますかね?」

「企画の那須さん曰く、サプライズイベントを仕込むみたいです。今回のイベントは最長の1ヶ月だそうですから。週の節目に仕掛けたそうです」

「へぇ、楽しみだね?」

「明斗さんは余裕そうですね? 追い抜かれちゃうかもしれないと危惧しないのですか?」

「そこは全然。僕よりすごい人はたくさんいるのに、なぜか僕にだけ注目が浴びてる現状を疎ましく思ってるからね?」

「私の応援は余計なお世話でしたか?」

「いいや、君の気持ちは嬉しいさ」


 頬に指を添える。

 それだけで彼女は真っ赤になった。

 キスですらないのにこのキョドり具合。

 あまり揶揄うのはやめてあげよう。

 罪滅ぼしに話題を変える。


「でもお陰で表も満足に歩けやしない」

「単純に外に興味が向かないのではなくて?」

「それもあるけど」

「なら私の応援は無駄じゃないじゃないですかー」

「悪かったよ。でも、過剰と思ってるのは少しだけ本当」


 そこへノックの音が鳴る。

 扉は空いていて、内側に入ってきてわざわざ気を向かせるように鳴らされた。

 扉の前には仕事中ですよ、と麻場さんが笑顔で佇む。

 仕事中にイチャイチャしてんじゃねぇとその顔は言っていた。


「社長、報告書にサインをお願いします。向井さんは絶賛発狂してる貝塚さんの応援に行ってあげてください」

「と、言うわけだ。お互い業務に戻ろう」

「ごめんなさいね、彼ったら」

「いえ、今更どうこう言いませんが。社長にも春が来て良かったですねとだけ」

「そう言ってくれるのは麻場さんだけよ〜」


 部署の中で唯一結婚してる麻場さんだけが仲間であると千枝さんは縋るが、仕事中に堂々とイチャイチャしてた問題は未だ解決してないわけで、イベント中に浮かれるなとお小言をもらっていた。


 ちなみに僕も後々お小言をもらったが、あまり社長を甘やかすなとの忠告だった。どうやら過去にそれらで一悶着あったそうだ。

 千枝さん、昔から割とバグってたらしい。

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