第26話

 第三陣迎え入れ一週間前。

 本日も運営部署の一部、GMルームは賑わっていた。

 その中で一人、難しい顔をしている人物がいる。


「進捗はどうですか、那須さん?」

「あ、向井さん」


 今すぐにでもキノコが生えてきそうなほどジメジメとしたオーラを放つ彼女は、元気よく進捗が進んでいるとは言い難い。

 だが、仕事である以上成果は出さなければならないのだ。

 彼女は“GMぼーにゃす”の他にイベントの企画なども担当している。


「実はあんまり」

「根を詰めすぎてもアレですし、少し休憩しましょうか。相談くらいは聴きますよ?」

「では、ご相伴に預からせていただきます」


 休憩も何も喫茶室で堂々とサボることは許されていないので給湯室をその場所とする。

 彼女は僕と言うケアマネジメントを手に入れてめざましい活躍を見せている。

 しかしその反面、成功を収めたらそれにつきまとう責任に押し潰されそうになっているのだ。

 今日は彼女がどんな事に躓いているのか聞き出し、自分ならどんなアイディアを提供できるかの相談を受ける。

 しかし仕事だとどうしても彼女は緊張しすぎてしまうので、休息という名の餌で釣って現在に至る。


「なるほど、三回目の公式イベント。ですか」

「はい。次に迎え入れる三陣は今までの人数を超える50万人。今まで通りでいいのか不安で」

「ふむ。今までは人数が少ないからこそケア出来ていたと?」

「それもありますが、100万人規模が納得できるイベントなんて経験がなくて」

「成功させたいけど、そのアイディアが浮かばない?」

「……はい」


 だいぶ間を開けた後、那須さんは頷く。

 トータル100万人を目前に、変なプレッシャーがかかってるみたいだ。

 けど逆に言えば、それだけの規模の企業プレイヤーが入ってくることを意味する。

 三陣からしてみたら一陣と二陣は少し早くプレイ出来ただけの目の上のたんこぶだ。

 同業者からしてみたら活躍の機会を得られずに燻り続けるのが目に見えている。

 千枝さんの目論見が一般プレイヤーから企業への引き抜きにかかっているのなら、それは戴けない。

 そこで僕はとある案を話す。

 

「だったらさ……こんな案はどうだろう?」

「ふむふむ……新規サーバーの導入ですか?」

「そこまで大袈裟ではないけど、天地創造のいないサーバーがあってもいいんじゃないかと思って」

「と、言うのは?」

「今やNAFの顔になりつつある天地創造というクラン。実際に始まりの16人という名前でいくつかイベントだって開いてるわけだ」

「ええ、ですが全く手付かずだと不便なんじゃ?」

「だからイベントとしてそのサーバーへ迷い込んだ形とする。開拓率0%のマップがいかに地獄であるかなんて初期組は夢に出るほど理解してる」

「……はい」


 那須さんはそんなイベントで本当に人が集まるか? と疑わしげだ。


「でも実際、その環境を目の当たりにしたことのない二陣、三陣は?」

「最初からプレイヤー向けの街があると思い込みますねぇ」

「実際に仕事でもなんでもそうだけど、強すぎるライバル会社がいると、どれだけ上昇思想があってもさ。自分なんてその程度なんだって凹みがちだ。何かにつけて比べられる世の中だからね?」

「じゃあ、あえて省く事で?」

「開拓率0%なら開拓者の名前が自分にとって変わる。それってクランを立ち上げた人ほどこれ以上ないチャンスだと思わない? 競合他社が居ないんだ。その代わり一切の手助けはないんだけどさ。でも、そのチャンスを与えてやれるのも運営だけだ」

「そうなりますか! たしかに今まではあの凶悪な世界のインフラを整える事でなんとか人を呼び込もうと奮起してました。むしろ更地の部分に触らせる事で現状と比較するんですね?」

「無論、それをメインにするわけではなく、あくまでプレイヤーがこのゲームをどう開拓するかを見守るのが君たちの仕事だ。なのでそれ以外にもう一つの要素を付け加える」

「もう一つ、ですか?」

「うん、とある行動をしたときにイベントアイテムを入手させる」

「イベント報酬に関わるものですか?」


 はて? と、那須さんは首をかしげた。


「いや、天地創造の、始まりの16人をモチーフにしたかけらを持たせるんだ。彼らが開拓をする際に何をしてきたか。それをなぞるだけでプレイスタイルが見えてくるんじゃない?」

「ああ、そういう奴ですね? しかしプレイスタイルをなぞらせるのはアリなんですか?」

「むしろそうやって線引きする事で全く触れてない場所に需要を見出す人も居るんじゃない? その手の業種は初期サーバーには沢山いるけど、新規サーバーにまで出張ってこない」

「確かに。そして憧れのプレイヤーに近づける要素も含めつつイベントに落とし込むと?」

「実績解除型なら、やり込み要素としてゲームを楽しめるかと思ったんだ。その人一人で何人かの天地創造メンバーを受け持ったっていいし」

「そうか……真似をするにしたって一人を選ばなくてもいい、その為のかけらシステムなんですね?」

「一人、とんでもない数の実績持ちのメンバーが居るけど」

「あははは、あの人は、そういう人ですからねー」


 誰とは言わないが、まぁ僕のことだ。

 解除した実績の数なら余裕で万を超えるからな。


 那須さんはお茶受けをコーヒーで流し込むと、さっきまでのジメジメが嘘のように元気いっぱいになってやる気をみなぎらせていた。


「ありがとうございます、向井さん。方向性が纏まってきました。このイベント、絶対ものにして見せますよ!」

「僕からも社長に掛け合ってみるから」

「何から何までありがとうございます」

「僕もNAFが続いて欲しいからね。一プレイヤーとして、これくらいの助言はいつでもさせてもらうよ。がんばってね」

「はい!」


 那須さんはダッシュで給湯室を出て行くと、PCにしがみつくようにして企画書を書き込み始める。

 他のメンバーからは、どうも僕と那須さんは出来てるらしいだなんて噂が立つが、根も葉もない噂である。


 ◇


 しかしそんな噂が立つだけで機嫌を悪くする人もいるわけで。

 目前で頬に空気を溜めながらむっすーとする千枝さんの両頬を指で押して空気を抜く作業に勤しんでいる。

 抜くたびにすぐに補充するから永遠に終わらないんじゃという考えが浮かんだとき、千枝さんから動きがあった。


「明斗さん、明斗さんは私と那須さん。どちらが好みなんですか?」

「それ、わざわざ聞く必要ある?」

「口で言ってくれないとわかりませんー」


 毎晩、迎え入れて夕飯をご一緒する関係。

 基本的に一人の時間を尊ぶ僕は、このように仕事でもないのに赤の他人と付き合う趣味は持たない。

 厳密に言えば恋人だからこその譲歩だ。


 しかし千枝さんは言葉にして欲しいと拗ねた。

 なんとも可愛らしい嫉妬じゃないか。

 夕食後、不安げな彼女を抱きしめてやればあっという間に元気になった。

 本当はキスの一つでもしてやればいいけど、彼女の場合バグる可能性があるので、そこに至るまで手順を踏まないといけないんだ。


 最近ようやく手を繋げたし、ハグもその一環でようやく乗り越えた。正直、彼女の僕に抱く憧れはオタクのそれだ。神聖視しすぎて同じ人間という認識がすっぽ抜けてるんじゃないか? と何度も疑念を抱いたほどだ。


 彼女、婚約届けを迫るくらいグイグイ来たくせに、肝心の事になるとバグが発生するんだよね。

 バグった後は仕事が手につかなくなるくらいならまだ軽い症状で、数日使い物にならくななるくらい頭がパーになる。

 普段の自分に厳しく他人にも厳しい千枝さんが行方不明になってしまうのだ。


 とはいえ、勘違いさせた僕も悪いので。

 その日はログインせずに一緒に過ごす事に決めた。

 

 翌日は僕の部屋から会社に出社していった。

 朝ごはんは僕が用意して、それを平らげてからの出社だ。

 

 借りてる部屋が近いとかそういう関係ではなく、彼の部屋から出社するというイベントをこなす事によって恋人気分を味合わせるステップの一つ。

 ゲームと一緒で常にバグがつきまとう千枝さんをどうにかして恋人として立てて見せるのも僕の仕事、いや、プライベートの一つになりつつある。


 というか、彼女。プレイヤーの時とリアルの時でキャラが違いすぎるんだよなぁ。

 それに比べて他の天地創造のメンツときたら……徹頭徹尾で変人なんだもん。


 まぁ僕も人のことは言えないわけだけど。

 さて、イベントに向けて僕の方も趣味を突き詰めてやるか。

 直接関わらないとは言え、向こうの実績解除を突破してくる期待の新人が来るかもしれないしね?

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