第25話

 池に向かって釣竿を投げる。

 餌はつけてない。

 ただ、手元のリールと連動して、先端のスライムコアの入ってる瓶がくるくる回る仕組みである。


 そう、今はスライムアートコンテストに向けて新規デザインのアイテムを開発しているところだった。


 ただこの釣竿、重くなった程度で竿を引くのは早計だ。

 スライムが水を固定化しているだけで重くなるので、程よく回して、獲物を待つ必要があった。


 水面に魚影が揺れる。

 今だ!

 コアを回すリールを回しつつ、もう一方の糸を引くリールを電動で回した。

 釣り上げた釣竿の先にはスライムの効果で凝固したゼリーに捕まった魚がビチビチしていた。


 ゼリーで窒息死したのか、はたまた相当量のゼリーを飲んだのかぐったりしていた。

 スライムコアを離すとゼリーは液体化し、少しずつ活きが良くなった気がする。


 釣れた魚を乳棒で叩くと、詳細画面が現れる。



 ──────────────────

 ◎ドクオイカワ

 肉は臭みがあり食べるのに適さない

 魚類毒*Ⅱ、昆虫毒*Ⅲ

 ──────────────────



 ふむ。

 PC版ではなかった釣り要素。

 基本的にモンスターという形で近づくと襲ってくるので釣る必要がなかったのだ。


 しかしVR版では突然飛びかかってくる事はなく、普通に釣れると言うことで新しい毒がないかの検証をしていた。

 昆虫毒*Ⅲは既に摂取済み。

 しかし魚類毒は初めてだな。

 このゲーム、たまに新しい要素を出してくるから怖いんだ。

 他の要素にスキル枠使わなくてよかったよ。


 最近毒そのものは受け入れられてきているが、見たことのない毒が出回る前に対処法を探しておくのが僕のお仕事だからね。


 魚類毒は肝に含まれているようで、ハイになりながらシロップを使って耐性をつけていく。

 その日は釣りをしながら魚類毒*Ⅰ~Ⅲをマスターし、解毒薬のレシピを公開した。



 ◇



 その足でミーシャの店へとやってきた。

 魚はその場で解体して全て薬品瓶に詰めてある。

 ちょっと生臭いのは、消臭効果のあるスプレーで誤魔化してみた。



「あ、ムーンライトさん。お久しぶりです」


「やあ、儲かってるかい?」


「ぼちぼちですね~。最近新しい毒メニューも全く思いつかずで」



 常連客がざわついているが、店主自らが新メニューの開発に終始するのは何も間違ってないな。



「そっか。じゃあちょうどよかったかな? ミーシャは魚類毒について詳しい?」


「いえ、聞いたこと無いですね……まさか!?」


「そのまさかさ。いくつか仕入れてきたんだ。少し厨房をお借りしても?」


「是非是非! 私も味見してもよろしいですか?」


「勿論だよ。実は大衆食堂さんじゃなくて直接ここにきたのはスイーツ向きだからと判断してね」


「わぁ! でも、アルバートさんのところに持っていかなくてもいいんですか?」


「あの人にはきっと響かないと思うなぁ。いつの間にか遠い場所に行っちゃったから」


「ムーンライトさんが見放すってどんなレベルですか?」


「僕をもってしても理解不能だから、あの人」



 遠い目をする。

 会う度に後ろの数字増やしてるR鳩さん。

 先日目にした時はR鳩28だった。

 彼はいったいどれほどの危険食材に手を染めているのだろう?

 いつの間にか宗教団体の教祖みたいに崇拝されてるし、キャラロストしても食べたいと言われるほどの依存性の高いメニューを作り続けてるし。


 話を戻して毒見開始。

 一応液状にしてシロップ、毒と解毒薬でそれぞれ渡す。

 まずは毒の方の匂いを嗅いだ。



「わっ、これは凄いフルーティですね。どことなくオイリーで、でもこれって……ナッツのような香ばしさですね。軽くローストしたような、そんな風味です。味は……うん、思った通り……あ、毒の効果が……」



 魚類毒*Ⅱの症状は幻覚*Ⅰと腹痛*Ⅱ、神経痛*Ⅰだ。

 普通に複合毒の類なので解毒薬を口元にやって舐めてもらった。



「あ、こっちはこっちで癖になる味わいですね。ピーナッツクリームのような香ばしさが。このままローストしたパンに塗り込んでも美味しそうです!」



 タフだな。さっきの今で毒から復帰したとは思えないくらい考察が深い。



「僕としてはコーヒーにブレンドしても美味しいと思うな。ミーシャはどう思う?」


「コーヒーですかぁ。私は焼き菓子にブレンドしてもいいかなと思うんです。タルトやクッキーに混ぜても美味しくなると思います」


「いいねぇ。じゃあいくつか渡していくから検証しておいて貰える?」


「了解でーす!」


「あ、味見する時は二人以上でね? 普通に複合毒だから一人だと手に負えな……」



 言ってる側から瓶の割れる音と昏倒するミーシャが見えた。

 この子……R鳩さんのこと言えないくらい毒ジャンキーだわ。

 僕も人のこと言えないけど、この子ほど怖いもの知らずじゃないからね。



「ほら、言わんこっちゃない。立てる?」


「うぅ、お世話になります」



 魚類毒*Ⅰは意識が飛ぶんだ。ついでに目眩と疲労困憊が同時にかかるので耐性がないと何も出来ずに倒れるのだ。



「うぅ、美味しくてつい多めに摂取しちゃいました」


「味はチョコレートだからね、これ」


「そう! そうなんです。あぁ、これをアイスクリームと一緒に食べたいです」


「味が一緒なだけで冷やしても固まらないけどね?」


「あぁ、それだけが心残りです」


「それこそ混ぜ物としては優秀だから耐性を上げてから挑んでね?」


「もう一方は?」


「流石にいきなり魚類毒*Ⅲに挑むのは命知らずだよ? 貧血*Ⅲと失明*Ⅱ、脱力*Ⅲ、全身麻痺が同時に襲いかかって……」


「わー、聞きたくないです。それで、味の方は?」


「つぶあん」


「えっ?」


「あんこだよ。小豆や砂糖をすっ飛ばしていきなりつぶあんの味わいが来るんだ。それでよく味を確かめようとして口の中で回すでしょ?」


「そりゃ……あぁ、それが罠だと?」


「僕は二時間意識を覚さなかったよ。起きてすぐ目が見えなかったし」


「これ、普通にアルバートさん案件では?」


「えー、多分それほど気に入られないと思うけど」


「取り敢えず、私の方でも検証してみますが、アルバートさんはどうやって生かすかを参考にしたいなーって」



 恐る恐ると言うか、怖気付いたのか。

 ミーシャから先程までの勢いは見られなかった。

 僕としたことがこの子を買い被りすぎたのだろうか?



 ◇



 と、言うことで純喫茶アルバートに顔を出す。

 相変わらず盛況だが、マスターのカルーアさん以外に厨房に人がいなかった。



「よぉ、ムーンライト君。こっちに顔を出すなんて人食いモンブランの時以来か?」



 なにその物騒なネーミング。

 実際にキャラロストしたから人食いでなんら間違ってないけどさ。

 味はいいんだよ、味は。そのあと意識失うだけで。

 


「R鳩さんいる?」


「彼なら食材探しに市場に行ったよ。どうせ欲しいものもなくてすぐに戻ってくると思うけど。顔を出したついでにコーヒーだけでも飲んでってよ」


「あ、じゃあ帰ってくるまで待ってようかな。オススメを一杯」


「あいよ! 木工の茶豆さんがコーヒーの木も林業し始めてね。まだ味は落ち着かないけど、珍しさもあって結構面白い味だよ。それでいい?」


「ええ」



 茶豆さん、細工する以外に林業までしてたんだ。

 知らなかった。



「はいよ、まずは砂糖とミルクを入れずに飲んでみてよ」


「心得てますよ」



 焙煎に絶対の自信があるからこそのカルーアさんの発言に促されて一口いただく。



「お?」



 淹れたてだというのに、舌に熱さは感じなかった。

 油分があるからだろうか?

 けど、一口二口と飲みすすめているうちに少しずつ個性が出てくる。



「うーん、梅茶漬け」


「あっはっは、やっぱりそう思うよね? 砂糖入れなくて正解でしょ?」


「ミルクも合わないでしょ、これ」



 しかしカルーアさんはチッチッチと指を振りながら否定する。



「実はこれ、泡立てたミルク。フォームミルクって言うんだけど、それを入れたら化けるんだぜ?」


「ほんとぉ?」


「騙されたと思って飲んでみな。飛ぶぞ?」


「なにさ、その謳い文句?」



 梅茶漬けはなにをどう足そうと梅茶漬けから脱却するはずがない。

 そう決めつけて口をつけると……



「煎餅だ! 梅ざらめの」


「そうなんだよ! ご飯要素がそっちいく? ぐらいに変化してさ。NAFってこう言う味の変化が面白いからリアルと同じことしてても変化を楽しめるんだよ」


「楽しんでるねぇ」


「年甲斐もなくハマってるよ。君にアドバイスしてもらったおかげでね?」


「誘ったのはR鳩さんでしょ?」


「それでも、君に言われなかったら乗り気にはならなかったさ。だからこれは兼ねてからの感謝の印さ」


「それはそれはどうもありがとうございます」


「と、待ち人が来たようだね。Rさん、ムーンライト君来てるよ?」


「お、珍しいね。私に会いに来るってことは毒案件?」


「僕が来た時点で毒ですねぇ」


「お似合いの二人だよね。分かりあってると言うか」



 やめてくださいよ。

 この人すぐ調子に乗るから。



「じゃあお手並み拝見といこうかな?」



 厨房に入り、まずは解毒薬から味見をしてもらう。

 毒そのものもいい味だすが、解毒薬も香りがいいのだ。



「ふぅん、面白いね。これはフレーバー的な奴で?」


「ええ。そして毒は……」


「待った」



 R鳩さんは片手で制すると、僕の言葉を遮った。



「これ、猛毒茶屋さん向きのものでしょ? ダメじゃないうちに持ってきちゃ」


「持ってったら、手に負えないからR鳩さんにもお渡ししてどういう答えを出すか参考にしたいとのことです」


「あ、先に持ってったんだ?」


「持ってきましたよ。きっとR鳩さんクラスならこれに感動はしないなって思いましたもん」


「君はなかなかに私をわかってるねぇ」


「流石にあのモンブランと比べたら大味ですし」


「あれは自信作だからね」



 そりゃそうだ。素材がキノコとは思えないほどクリーミーだし。



「ちなみにこれ、素材元は?」


「池に釣り竿垂らして釣った魚ですね」


「盲点だった。今すぐ違う種類のを探そう。カルーア君! 釣り道具売ってるところ知ってる?」


「俺が知ってると思います?」


「ダメ元で聞いたんだ」


「この人www」



 相変わらず仲の良いことで。



「よかったら僕の開発したスライムコア竿使います?」


「胡散臭いから要らない」



 知ってた。

 

 その日、R鳩さんは新規毒を開拓し、カルーアさんに看病されながら耐性を獲得していた。

 なんで僕の発掘に至ってない魚類毒*ⅣとⅤを開拓してるんだこの人。

 僕は僕で毒耐性の新規開拓ができると喜んで同行した。

 お陰で悶え苦しみながら解毒薬を精製する。

 毒はきつかったけど味はいいんだよ、味は。

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