第16話
「しまったな、こうなったか」
出来上がってしまったアイテムの評価を見つつ、僕はそれを忘却の彼方に送るか公表するかを悩んでいた。
目の前にあるのはウルフの肉。僕に注射針から流された毒物を注入し、抽出した例のウルフ肉である。
そこにボスのヒュージファンガスの胞子を過剰に摂取させて放置したら、とても良い香りの“栗”のような味わいのキノコが出来上がってしまった。
これの何がまずいのかと言えば、キノコの生えてる肉が動いてることだ。
つまりこれ、キノコに筋肉を支配されていると言うこと。
寄生状態なのである。
何回かの研究でキノコをもげばウルフ肉は動かなくなる事は判明している。
問題はこのキノコ、数多ある毒を乗り越えて操ったと言うことだ。
それもなんとも口に入れたくなる芳しい香りを纏って。
人間と言うものをよく心得てるなと思った。
結論を言えば、食えばキャラロスト間違いない栗の味のするキノコだと言うわけだ。
しかも僕の好物と変わりない。
どうすればこれでモンブランが出来上がるかだが、
「え、材料がキノコでモンブランは作れるか? ムーンライト君は面白いことを聞くね」
率直にR鳩さんに聞いたら、とても良い顔で正気か? と暗に促された。
「実際どうなんです?」
「味が栗ならばそれに他を合わせるのが私の仕事さ。しかしキノコを持ってくるとは思わなかったよ。香りならまだ分かる。キノコは香りが良いものが多い。だが味はどうだ?」
「最高とだけ。ただこれ、一つだけ問題がありまして」
「聞こう」
「食べるとキャラロストします」
それを聞いたR鳩さんはおでこを手でピシャリと叩いた。
「なんてものを持ってくるの? 味見もできないじゃない。これじゃあ味を仕上げるのも大変だ」
「なので調理するなら、レシピだけ頭に残して、ロストしても良いようなキャラで味見したらどうですか? 要はサブキャラですね。僕も食べるために予備のキャラを持ってくるつもりです」
「君のモンブラン愛は凄まじいね。それ程の味だと?」
「味に限って言えば、以前お話を持って行った農家さんを超えるかもしれません」
「君も好きだねぇ。分かった、私も上物を触る以上キャラロストを乗り越えて見せようじゃないか!」
「ありがとうございます!」
僕は早速「ヒュージファンガスの苗菌」の注意説明をクランのレシピ帳へと記載した。
するとすぐに書き込みが入る。
書き込みというよりチャット欄と化してるのは気のせいか。
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ニャッキ小次郎
もはや危険物で草
ワンコ狼
食べると100%キャラロスト? 食べた割合関係なくか?
ムーンライト
一欠片食べさせたスライムが突然震えて身体中からキノコ生やしまくったので量は関係ないかと
都コンブ
イキリプレイヤーへのお仕置きアイテムか何かかい?
ムーンライト
いえ、これでモンブラン作って欲しいとキャラロスト覚悟でR鳩さんに依頼しまして
うぐぐいす
何してるんですか!
ニャッキ小次郎
しかしなぜモンブランを?
ムーンライト
キノコなのに甘栗のような良い香りがしたんです。もしこれが栗と同じ味なら、キャラロストしても食べる価値あるなって
うぐぐいす
もー、センパイのモンブラン好きっぷりを甘く見てました
キャラロスト覚悟までするとは
ニャッキ小次郎
ムーン君は昔からキャラに愛着ないよね?
割とすぐにロストしてた気がする
ムーンライト
そんなつもりはないんですけど
やはり僕の探究心がそこへ至るのを止められないんでしょうね
うぐぐいす
昔からなんですか!?
ワンコ狼
危険を承知で引き受けるのもアルバートらしいっちゃらしいが
都コンブ
あの人もなんだかんだ探究心の塊だからね
ムーンライト
ですよねぇ。初めてお会いした時から
やたら親近感湧きましたから
あ、この人僕と似てるなって
茶豆
類は友を呼ぶってやつじゃない?
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その後もコメントはヒートアップし、口に入れなければ寄生する力を持たないキノコとしてクラン内で取り扱われることになった。
◇
時は流れて二週間後。
出来たぞ、と二週間前に見た時よりも後ろの数字を傘増ししたR鳩21さんに呼ばれ、
因みにムーンライト1号は栗の味を確かめた時にロストしたので2号を育成枠に回し、3号は試食用だ。
運営はキャラロストを見越してか、育成用キャラ枠を販売する形でこの状況を見守っているらしい。
成人限定の趣味枠のゲームであるNAF。
お金目当てで始めるにしたって予備はあるに越した事ないもんね。
商売が上手いなと思った。
普通はあって然るべきなのに、なぜかPC版はキャラ枠1つだけだったんだよね。
大体その理由は開発が運営に口出ししたからだと思うんだ。
さて、話を戻すよ。
試食会は大きなテーブルに椅子がクランメンバー分用意されていて、でもなぜか僕以外の着席は確認出来なかった。
「で、僕以外誰も食べない感じ?」
「私はたとえ美味しくても遠慮願いたいですね」
「俺も、そこまでしてでも食いたいもんじゃねーし」
「えー、別キャラ作れば良いのに」
「あー、キャラ枠使い切っているので」
うぐぐいすさんもニャッキさんもつれないんだ。
僕の前に運ばれてきた皿にはもう販売されてないお気に入りのモンブランがそっくりそのまま再現されていた。
一見して普通にモンブランである見た目をしているそれにフォークを差し込み、一番下までサクリと落とす。
見た目もそうだが雰囲気も、他の素材へのこだわりが強く感じられる。
まずはマロンクリームに直接行くよりも下部に設置されたマカロンを口に入れる。相変わらずシュワっと口の中で溶ける。
生クリームと溶け合って口の中が幸せだ。
付け合わせに出されたコーヒーはカルーアさんの自慢の焙煎コーヒーだ。
これで喉を潤わせて、いざモンブラン部分へと突き進む。
最初の一口はクリーミー。
素材がキノコとは思えないクリーミーさで、キチンと栗の甘みも残しつつ、夢見心地だ。
美味しい。あとはもう思い残すことはない。そんな気持ちにさせる。全てを完食し切って、コーヒーまで飲み干し。
僕は意識が暗転するのを感じつつ、微睡に身を任せた。
意識がログアウトするのと同時、肉体が乗っ取られたのだろう。
ある程度毒耐性を取らせてはいるが、それ以外は無力の非戦闘職なので取り押さえるのは容易いだろう。
しかし様子を見にログインすると、そこでは何故かうぐぐいすさんに甘える3号の姿があった。
頭に生えてたキノコは数本残されてる状態で。
「あれ? 3号は暴れ出さなかった?」
「それが、私がトドメ刺した記憶がまだ残ってたみたいで、何本か抜いたら急に泣き出しちゃって。今ようやく泣き止んだ所です」
「ふぅん」
先ほどから僕に向けられる生暖かい視線が強まる。
いつの間にかほとんどクラメンがうぐぐいすさんと抱っこされて眠りにつく3号を見守っている。
なんか急に恥ずかしくなって来たんだが?
「ま、取り敢えず普段見せないムーン君の素顔が見れてこっちは楽しかったよ」
ニャッキさんが笑みを強めた。
ニコッ、というよりニチャッとしたいやらしい笑みだ。
「そうだねぇ、君は私同様抱え込む人間だ。だからこうやって誰かに弱みを見せることはしてこなかったのだろう。見てみなよ、この寝姿を。すっかり心を許して安心し切っているだろう? お嬢さんの胸の中で」
R鳩21さんは何が言いたいのだろう?
早く結婚しろだとかかな?
「その、僕の姿をしてるソイツはどうするつもりだ?」
「どうするつもりとは?」
「野に返すか、迷惑をかける前にキルするかだよ」
「私に懐いてくれてますし、うちで保護しますが?」
「僕が恥ずかしいんだけど?!」
「中身はモンスターですよ? 何をそんなに恥ずかしがってるんですか」
「たしかにもう僕の手から離れたとは言え、僕と同じ顔の3号が君に甘えている姿は少しこう、胸にクるものがある」
ふふ、と笑う彼女はどこか母性が溢れていた。
僕がいつまでも告白に返事をしないもんだからこうやってイジワルされるんだよ、と都コンブさんが視線で圧をかけてくる。
「ムーンさんは基本誰かに甘えないからね。たまにはこうやって息抜きさせてやらないと爆発しちまうよ。まぁ、これも惚れられた男の特権として見守ってやんな。お人形ひとつでこうも安心できる子も居ないよ?」
「だねー。いつもみてるこっちがヤキモキするもん。早くくっつけって」
「実はこうなる事を分かってて、敢えてマスターへのプレゼントにしたとか?」
「いやー、ムーン君はそこまで考えてないでしょー」
「これはいつも通りの無茶だよ。でも結果はご本人が望んでいた通りのものではなかったと」
「それは本人見てれば分かるよね?」
「確かに」
ニヤニヤとした笑みが強まっていく。
どうやらギャラリーに僕の味方は居ないようだ。
僕はそそくさとその場から逃げ出し、1号で履修していた毒物耐性のノルマをこなす作業に移った。
その翌日、うぐぐいすさん主催で本人合意のもとで意中の相手をテイム出来る試食会を発案。
キャラ枠を使った新しい恋人作成ツールとして敢えて寄生させてキャラロストさせ、テイムする事で所有権を得る偽りの恋人プロジェクトが始動、軌道に乗ってるらしい。
NAFはモンスターをテイムできない仕掛け。
そもそもスキル制でジョブも何もないからね。
そのスキルの組み合わせで、どの分野が得意かを判明させるのだ。
僕が非戦闘員を名乗るのは耐性に特化してるからである。
ちなみにテイムしたところで街の外に連れていくことはできないようだ。
今回の特別な状態はスライム種では過去に例を見ない状態。
通常キノコ類は人の肉体を奪うだけ奪ってその肉体を苗床にする。
しかし苗菌がヒュージファンガスだったので意識を持ち、操ろうとしたのだ。
それが今回新しい発見としてNAF内で発表された。
だとしても、意思薄弱な僕といちゃつくうぐぐいすさんを見る度に思う。
あれ程までに僕を推していたと言うのに、その日以降僕に声をかけて来なくなったのだ。
そっくりな人形があればそれで満足できてしまうのか、と。
なんだかモヤる気持ちを抑えながら僕の日常は続く。
都コンブさんも言っていた通り、3号は僕の形を模したお人形だ。
毒の耐性こそ持つが、1号に比べるなくもない。
それに都合がいいではないか。
僕を推したい彼女と、彼女の思い通りになる3号。
僕はその間自由にやれる。
そう思っていたんだけど……
彼女が人形で満足してしまった日以降、僕に一切の振り込みが無くなってしまったのだ。
それは例えるなら僕の立場を完全に乗っ取られてしまったというのに他ならず、しかし周囲は僕と同じ顔をしてる3号とデートしてる姿を見ているわけだから、ようやくくっついたぐらいに思っている事だろう。
もう会社で働かなくてもいいくらいの稼ぎをゲーム内で得てしまっていた僕は、突然の投資のストップに事ここに至って気がついた。
このまま3号に好き勝手されるのは非常にまずい。
そこは僕の場所だ、僕が手に入れた場所なんだ。
うぐぐいすさんは僕なんかに惚れてくれたのに、お前が僕の立場を好き勝手するな! という強い感情が芽生えていた。
そうだ。僕は内心で彼女のことを認めている。
僕の仕事を評価してくれ、理解を示してくれている。
その仕事に対しての対価もまた申し訳ないくらいに高く、おかげで仕事をせずとも暮らしていけるほどだ。
それが何年も続くなんて思っては居なかったが、失って初めて分かる。僕は彼女にすっかり甘えていたのだと。
ただ好いてくれている。その感情を利用して甘い蜜を吸っていたろくでなしが僕なのだ。
一体いつからだろう?
その行為に疑問を抱かなくなったのは。
このままじゃ僕は甘ったれの、ヒモに成り下がってしまう。
事ここに至ってようやく重い腰をあげる。
数ヶ月も先送りにしていた求人広告の洗い出しから始める事にした。
僕なんかじゃどう取り繕ったって彼女に釣り合いが取れない。
せめて働いて養ってもらっていた以上に稼いで見せなければ同じ位置に至れないと、そう思った。
ゲーム内でやりたい事はたくさんあったけど、働いて稼がないと食っていくこともままならない。
今更うぐぐいすさんに頼るのも違うし、きっと彼女も働かない男に興味はないとその態度で持って僕に気づかせてくれたのだろう。
僕はその日からログインを週に一度に抑え、就活に勤しんだ。
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