第17話
就活は難航した。
正直な話、あまりにもこちらに条件の良すぎる職場は幾つもあったのだけど、そのどちらもブラック運営特有の【アットホームな職場・経験不要】を売りにしていたのだ。
過去の経験則からこの手の常套句を使う企業は社員をモノとして扱う傾向にある。以前勤めていた場所もノルマがキツかったもんな。
中にはそれ以外の職場から全てお祈りメールが来るほど再就職にかける時間が長かったのが原因か。
流石に前の会社を辞めてから三ヶ月以上ゲームして遊んでましたなんて仕事する意思なしと見られてもおかしくない。
もうこうなったら一か八かブラックな企業にかけるしかないのかもしれない。
そう思い、僕は何の会社かいまいち分からないフレアバード企画さんへ面会に行く事にした。
◇
「本日は我が社の面接にお越しいただきありがとうございます。面接官を担当させて頂く火鳥と申します」
「本日はよろしくお願いします、向井です」
担当官は珍しく女性だった。
火鳥さんと名乗った彼女はとても整った顔をしていてスタイルも良い。もっと強面で威圧たっぷりのおじさんが来ると思っていたからびっくりしてしまった。
「我が社は多方面への支援を目的としていまして──」
「伺っております。私も以前まで貿易会社の営業部門にいましたので、そこで御社で働かせていただければ、と思い足を運んだ次第です」
「あら、営業のご経験が?」
「なにぶんと課せられたノルマが多い場所でしたもので」
話は意外と弾んだ。
面接というだけあってトークの中から向こうの欲しい情報を抜き取っている感じは割とあるが、今までの就活と比べて圧倒的に居心地の良さが勝る。
やはり相手が女性だからだろうか?
それとも向こう側から僕は好印象として受け取られているのか?
質問に対してスムーズに受け答えできている気がした。
しかし決まって無理難題が後に待っているものである。
それ次第ではいい雰囲気から急下降で着地してしまうことも何件もあった。僕は詳しいんだ。
「所で向井さんは休日どんなことをして過ごされていますか?」
来た。これをどう乗り越えるかで僕の運命が決まる。
「僕は地元の商店街巡りをして地域活性、地産地消運動を心がけています」
「まぁ、素晴らしいことで。それ以外には?」
何だかぐいぐいと来るな、この人。
「あとは余った時間にVRゲームを少々。嗜む程度ですが」
嘘をついた。どっぷりと首元まで浸かっていると言うのに。
「あら、奇遇ですね。私も最近ハマっているゲームがありまして。ですが向井さんの遊ばれているものとは違うかもしれませんね。私の場合、のめり込みすぎてその運営会社に投資してしまうほどで」
おや? まさかのファインプレーだった?
そういえばメインは株の売買だっけ、この会社。
あらゆる分野に展開してるからすっかり見落としてしまった。
世代的にも同じくらいだし、これで共通の趣味が持てたら良いなと思いつつ受け答えしていく。
「いやぁ、私は数時間遊ぶだけで精一杯ですよ。しかし今のゲームはすごいですね、土の食感や風に運ばれてくる匂い、汗が流れるなど細部にこだわっていて」
「そんなゲームがあるんですか?」
「New Arkadia Frontierというゲームです。元になったPC版はマイナーでしたけど、VR版は随分と流行っているようでびっくりしましたよ」
「あ、私もそのゲームで遊んでます。クランなんかも立ち上げちゃったりして」
「へぇ、知ってる所かな? 私も結構大きなクランに所属してるもので」
「どうでしょう? 人数も20人と少なめですし、割とその道のプロ! みたいな人が集まる場所なので大手というわけでもないと思います」
ん?
それってウチのクランじゃないの?
人数も詳しくは知らないけどはじまりの16人+@で僕の他にR鳩さん、カルーアさんが来て大体そのくらいで。詳しい人数はマスターのうぐぐいすさんぐらいしか知らないし。
「もしかして、プレイヤーネームはうぐぐいすだったりします?」
「わぁ、よく分かりましたね!」
火鳥さんは大仰に手を叩く。
そういう事か!
道理で他者からお祈りメールが届くと思った。
彼女の事だ、最初から僕を拾い上げる気満々で根回ししていたな? だから僕に好条件な職場ばかりが職業案内所で拾えたのだ。
全部彼女の仕掛けだな?
「じゃあ僕をこの場所に誘い出したのもあなたですね?」
「何のことでしょう?」
あれ、違った?
「僕、私はあなたのクランに所属しているムーンライトです。3号はお元気ですか?」
「あら、お久しぶりですセンパイ、全然気づきませんでした」
「本当に? どこからどこまでが仕込みかわからないですけど実は僕、うぐぐいすさんに会ったら言おうと思っていた事があったんです」
「あら、何でしょう?」
「僕は今日、あなたと初めてお会いしました。ですがあなたは僕を先輩と呼ぶ。面識は一切無かったのにも関わらず。それは、どうしてですか?」
「ええ、そうですね」
「あなたは一体何者ですか? どうして僕にそこまでしてくれるんですか?」
少し感情的になってしまったか?
火鳥さんはどこか遠い場所を見つめるような目をして、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。
「どこからお話しましょうか。まだ私が学生だった頃? それともどうして貴方を知ったに至ったかの方でしょうか?」
「気になるのは後者ですね」
「でしたらそちらから」
火鳥さんの語り口は何かを思い出すような、そんな言葉から始まった。
彼女はまだ学生時代、すでに社会に通用するレベルの才女だった。
大手グループの会長を務める祖父は、専属の秘書としてうぐぐいすさんこと火鳥さんを側近とし、人を扱う勉強をしていたそうだ。
そしてもし自分が部下につけるならどんな人材がいいかを選択させた。
そう、選択だ。
遣り手の祖父が選んだ人材に奇しくも僕が選ばれていたらしい。
それは一体何の因果か。
「最初はなんでこんな人が、と思いました。その中では一番若かったので、もしかしてお爺さまが私の年齢に合わせてくれたのかも、と思った程です」
「そうですね。僕もなぜそのような場所に選出されたのか身に覚えがありません」
「お爺様曰く、推薦枠だそうです」
「推薦?」
「はい、お爺様の懇意にされてる方がかつて遊んでいたゲーム。それがNAFというとても尖ったゲームだったのです。はじまりの16人。そのうちの一人は私ですが、その中にもう一人一般人が紛れ込んでいる。果たしてその者は本当に一般人なのか? それを調べるべく私はサ終間近のNAFに潜入し、調査しました」
「そして僕の噂を聞いたと?」
火鳥さんは頷き、目を輝かせて言葉を続ける。
最初は驚きの方が優ったそうだ。
なにせ相手の正体をなまじ知ってるもので萎縮してしまったという。
「正直、想像を絶するものでした。私は何度もあの環境で挫折しました。バランスの壊れたゲーム難度。殺意の高すぎるモンスター。しかしそれを乗り越えるべく開発された数々の道具が、あなたの手記から散見された時……ああ、この人は自分以上の挫折を経験してなお、前を向いて乗り越えたのだ、強い人なのだなと思いました」
そこまで賞賛される事ではない。
当時はいろいろなものに夢中だった。
今やれと言われたら無理なことだってある。
昔ほどの情熱は流石に持ってない。
「そしてそんなあなたが勤めている会社へも調査の手を伸ばしました。数々の不正、計算の合わない報告書、明らかに数字のおかしい成績表。それがあなたの“周囲だけ”で起こっている。あなたの成績はどん底のまま。もし私がNAFを体験する前だったらあなたの事を無能と決めつけていた事でしょう。それくらいあなたのデータは酷いものでした」
「でも実際は違ったと?」
火鳥さんは頷き、僕を見据えるようにその瞳に正義の炎を宿した。
「あなたはあの会社で実績だけを同僚と上司に奪われていたのですね? そして窓際にまで追い込まれた。なぜ、やり返さないのです! 顧客からのサポート満足度第一位のあなたがなぜその地位で満足しているのです?」
他人に言われずとも、どれほど愚かな事をしていたのかは分かっている。それでも僕は──
「──僕はその仕事が好きだった。仕事に関して言わせて貰えば、驚きの連続だ。でもそれ以上に人との交流が好きだったのだろうな。お金の話にしか興味のない人たちとは話が合わなかった。孤立したのは自業自得だと思ってる。僕は会社での処世術があまりうまくないようだ。ハハハ」
乾いた笑いを浮かべる。
昔からそうだ。僕は肝心なところが不器用で、周囲からやりがい搾取を受けていた。
頼めば引き受けてくれる便利な駒として見られていた。
でも、頼られるのが嬉しかったから、断ることはしなかった。
いや、一人でいるのが怖かったんだろうな。
頼られるためならなんでもやった。
この仕事を干されるのを恐れた。また就活して拾ってくれる場所があるか? それを考えたら震えが止まらなくなる。
「だから、そんな貴方だから応援したいと思いました。助けたい、救い出したいと思ったのです。もしよろしければ、私と一緒に事業を大きくしてもらえませんか?」
今にも泣き出しそうな顔。
同情半分、もう半分は僕に対する失望? それともそれ以外の何かだろうか?
「──それは部下として?」
意地悪な質問をしてしまったと思う。
彼女の気持ちは痛いほど知っているのに、僕は肝心な時に勇気を出せない困ったやつだ。
「部下としても、です!」
テーブルに置かれた書類の中に婚姻届が混ざっているのは流石に笑ってしまった。
うっかり纏めてサインしてしまうところだったが、捺印だけは止めておく。
だが一人の女性の人生を狂わせてしまった責任は取るつもりだ。
「いきなりすっ飛ばしすぎですよ、まずは恋人から始めませんか? 仕事を通じて貴女のことを色々と教えて欲しい」
「はい、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
「ちょっと、僕の方が部下ですよ? 火鳥さんは上司なんだからしっかりしてくれないと困りますよ」
「だってぇ~」
半泣きになった彼女は年相応のかわいらしさで僕に甘えてきた。
そうだ、こうやって甘えてくるのをずっと僕は受け入れられずにいた。
これからは彼女の甘えは受け止める方向で行こうと、そう思った。
◇
で、肝心の仕事はというと。
「えーと、NAFに投資していたのはわかってましたけど。運営も?」
「はい、一部ですがウチの子会社が引き受けてます。向井さんは今日からその部署に勤務してもらうことになります」
「流石に専門外なので何とも」
「まずはGMとの交流から始めてもらいましょうか。はい、ちゅーもく!」
彼女に向けて突き刺すような視線はやがて横にいる僕へと集中した。
「社長が男連れ?」
「職権濫用だー」
「誰?」
「もしかして新しい職員?」
「かも、ここ仕事内容に対して人数少なすぎだと思ってたから」
「だったら助かるー」
部署内からは不穏なフレーズがチラホラって聞こえてくる。
割と運営スタイルはブラックなのだろうか、ここは。
「彼女たちの声は無視していただいて結構です。女所帯なので日々ありもしない妄想に取り憑かれているのが彼女たちなのです。自分から望んでこの仕事を希望したのにおかしいですよね?」
うん、その回答である程度察しがついた。
彼女ならこなせる仕事量を基準として言ってるな、これは。
それより劣るスペックを蔑ろにしかねない横暴さを彼女の口調から感じた。
「今日からここで貴女達がしっかりと働いているかをマネジメントしてくださる向井さんよ。NAFプレイヤーでもあるからお悩み相談もバンバン引き受けてくれるわ!」
ちょっと、火鳥さん何言ってるの?
僕に対する信頼度が上昇しすぎて無理難題押し付けてるところに気付いていないのだろうか?
いや、これも散々彼女を待たせた僕への贖罪か。
「お、同業者助かる~!」
「けどプレイヤーだからってあちし達の苦労をわかってくれるのかにゃ?」
「まずはお手並み拝見て所かな?」
「新入りー、お茶よろしくにゃー!」
やたら語尾に“にゃー”とつける人達が多い。
NAF内でキャラ付け、もといロールプレイしている影響だろうか?
僕までこうならないことを祈りつつ、お茶汲みやゴミ捨て。栄養管理をチェックしていく。
女性の職場と聞いていたけど、男だらけの職場より汚れてないのが助かるな。
前の職場は食いかけの弁当がカビていたとかしょっちゅうだった。
それに比べたらここは天国かと思うほど居心地が良かった。
「此奴、侮れないにゃ。お茶の淹れ方も凄ければ茶請けのセンスもずば抜けてるにゃんこ!」
「お褒めに預かり光栄です貝塚さん」
「にゃんと、もうあちしの名前を覚えてくれたかにゃ?」
「6人しか居ませんから。名前を覚えるのも楽で助かります」
「そうにゃのか、って……んにゃ?」
「どうかしましたか?」
社内モニターから一件の通知が来ており、それを見た貝塚さんが固まった。
どうやら僕と長くお話しし過ぎたことで社長から厳重注意をされてしまったようだ。
この会社をワンマンで回す火鳥さんは部下の不正を絶対に許さないみたいだ。
前の会社からは考えられないほどの高待遇。
ただし手を抜けば相応に罰が降るので油断はできない。
仕事の内容はただの見張り役だ。
といってもメンタルケアをしつつ仕事が無理なく回るようにお悩み相談を受けたりとやることは多い。
ただ自宅は勤務する部署が入ってるビル内に部屋を借りて引っ越ししてきているので、出勤、退勤後の移動が楽だった。
仕事の後は火鳥さんを誘ってのディナー。
住む場所は違うが、同じビル内での暮らしなのでしょっちゅう作り過ぎたおかずを持ってくるのでそれを一緒に食べる生活になってきている。
火鳥さんは休日のない仕事ぶりを見せるけど、唯一息を抜ける場所がゲーム内なのだとか。
だから彼氏の僕は精いっぱい彼女を甘やかしてやろうと思う。
毒への探究心は一時期端に避けて、ね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます