Chapter 3

セキ「ごめんね、たぶんそんなにかからないから」

マホ「あ、ううんいいの。なんかすごいね、ヤオさんって」

セキ「優秀すぎて困ってるよ」

マホ「あんなに器用で日本語も話せたら、コンビニよりもっといい条件のアルバイトだってできそうなのに」

セキ「確かに」

マホ「あ・・ごめん、いまわたしすごい失礼なこと言ってた」

セキ「いや、全然。低賃金は事実だから」

マホ「ほんとにごめん。最悪だー、わたし。平気で職業差別みたいなこと言って・・」

セキ「ちがうちがう、そんなこと思ってないから。俺だってここの店長と会ってなかったら、たぶん一生コンビニで働くことなかったし。前の会社辞めたあとさ、体調がまともになってからもなんか気持ちが腐ってて、ずっとオンラインゲームやってたんだよ。マッドヴィリアンっていう、まあモンハンみたいなやつなんだけど、モンスターがみんな仮面被ってて、それを叩き割る。だから選べる武器が全部鈍器なんだよ」

マホ「物騒だね」

セキ「そうだね。そのマッドヴィリアンで「randma」さんってプレイヤーと知り合って。「randma」さんがいつも協力プレイに入ってくれるのが、なんかすごい嬉しかったんだよね。だんだんゲームより、「randma」さんに話聞いてもらうのがメインになって、それで、悩んでるなら答えが出るまで自分の店で働いてみないかって言ってもらったんだよ。それがここの店長」

マホ「いい人だね」

セキ「そうだね」

マホ「そっか、セキくん、新しい人生を始めてたんだ」

セキ「どうかな」

マホ「だから会いたくなかったよね」

セキ「え?」

マホ「会いたくなかったからでしょ。クラス会来なかったの」

セキ「いやそれは、店長が事故って」

マホ「え、そうなの? 大丈夫?」

セキ「大丈夫、あのひと不死身で有名だから」

マホ「・・そうなんだ」

セキ「帰省する予定だったんだけどね、本当は」

マホ「でも、行けなくなってラッキーって、思ったんじゃない」

セキ「・・どうしてそんなこと聞くの」

マホ「わたし、寂しかったよ。つらかったよ。今日だけじゃない。別れてからずっと」

セキ「ごめん、」

マホ「謝らないで。謝ったらだめなの。ごめんね、責めるようなこと言って。でも、」

マホ「フレンチトースト、食べたいな。よく朝作ってくれたよね。夜のうちに仕込んでおいてさ。仕込みにきてよこれから。シホはまだ実家にいるよ」

セキ「マホ、作り方覚えてるでしょ」

マホ「覚えてないよ」

セキ「簡単だから。食パンを、」

マホ「食パンは何枚切りだっけ」

セキ「四枚切り」

マホ「卵とあと何を混ぜるんだっけ」

セキ「卵二つと牛乳一カップ、砂糖大さじ三」

マホ「セキくんが卵をかき混ぜる手を見るのが好きだった」

セキ「パンに卵液がぜんぶ浸み込んだら、フライパンにバターを敷いて、中火で片面三分」

マホ「バターの焼ける匂いっていいよね」

セキ「パンをひっくり返したらフタをして、弱火で蒸し焼きにする」

マホ「蒸し焼き?」

セキ「そうすると外はカリッ、中はジュワっとしたフレンチトーストになるんだよ」

マホ「すてき」

セキ「うちの店でひととおり揃うんじゃないかな。スーパーより割高になっちゃうけど、」


セキがレジを出ようとするが、マホが腕を掴んで引き留める。


マホ「もういちど」

セキ「マホ、」

マホ「もういちど教えて、料理苦手だから」


ヤオ、猛然と登場。


ヤオ「你这个入店行窃的人!」

セキ「ヤオさん、」

ヤオ「どうして言わないんですか」

セキ「・・」

ヤオ「パンに切れ込みを入れておけば、卵液がすぐ浸み込むこと」

セキ「そっち?」

ヤオ「そうすれば一晩も待つ必要ないって、わたしが教えたのに」

マホ「・・そっか」


マホ、踵を返してカゴに商品を素早く入れ始め、レジに持ってくる。


マホ「お願いします」


ヤオ、セキを押しのけてレジに入る。


ヤオ「牛乳一点、バター一点、食パン四枚切り一点、ヨセミテのカベルネ・ソーヴィニョン一点、カープーカーのソーヴィニヨン・ブラン一点、スパークリング純米酒黄桜ピアノ一点」

マホ「袋ください」

ヤオ「三六六五円になります」

マホ「PayPayで」


会計音。

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