13小節…モノクロの過去2-2


鬼頭紅衣side


私はふーかの過去を知った

文化祭で一緒にピアノを弾きたいとか一緒にピアニストになりたいとか

勝手なことを言ったのは悪いと思ってる

けど、あたしは、ふーかとピアノを弾きたいのは本気だ

だって、ふーかはあたしにとって

ピアノの本当の楽しさを教えてくれたんだから


今から8年前、あたしは日本からドイツに引っ越した

パパがドイツ人ってこともあって暮らしやすいって言ってくれる

そしてもう1つ理由がある

あたしは小学3年生にして日本のピアニスト賞で優秀賞を貰っているからだ

それを聞いたパパがもう喜んで、ピアノの本場であるドイツで活躍して欲しいっていう願いがあったみたい

まあコンクールとかには出てもいいけどやることは変わんねーぞ?


ドイツに行く飛行機の中で

パパと友恵さんはあたしのこれからについて賑やかに話したりしていた

小学3年生のあたしにはそれがどういう事なのかも知らなかった


「エリーゼ、君も来なさい

もうすぐで僕の故郷につくよ」


あたしの本名は鬼頭・エリーゼ・紅衣

パパがドイツに行く時用に付けてくれた名前だった

ピアノ好きのあたしにとってはこの名前はテンション上がる!

日本でもエリーゼを名乗りたいくらいだった


ドイツでの暮らしには不自由はない

日本と変わったことと言えば言語くらい

ドイツ語話せなくても喋ってくれる子は居るし優しい人達ばかりだった


でも、ピアノに関しては全然違った

あたしが日本にいた時は同い年の子達にピアノで負けたことはない

世界は広いんだって改めて思う

あたしはドイツのコンクールで受賞歴がない

下手ではないはず、あたしは自信があるのに

他の人のレベルが高すぎるんだ


あたしはがむしゃらに練習する

ピアノで賞を取れなかったら何で輝けばいいんだ

あたしは時間を忘れてピアノの練習に没頭していた


「エリーゼ」


そんな時、パパに呼ばれる

あたし、練習してんだけどなんの用だろ?


「なに?」


不機嫌そうにあたしは聞く


「エリーゼ、1度肩の力を抜こう

コンクールも大事だけど、まずはピアノを楽しむことだ」


パパは家の中に大きな何かを業者の人と運んでいた


「コンクールはピアノを楽しんでからだ!」


パパが持ってきたものはベヒシュタインと呼ばれるピアノだった

ピアノの中でもかなりの高級品

そんなピアノをあたしのために買ってくれたんだ

そうだ…ピアノを楽しんでからだ

でも、そうは言っても今までコンクールだけだったあたしが今更ピアノを楽しむ方法がわからなかった


それからあたしは中学生になった

そんなある日のこと


「紅衣ちゃん!紅衣ちゃん!!」


友恵さんがあたしの部屋に慌ただしく入ってくる


「どうしたの?」


「……パパが…倒れた」


「……え?」


突然の悲劇だった

あたしと友恵さんは病院に向かう

そして病室に入るとパパは眠っている

そこに居た医師の方に話を聞いた


「余命…1年です」


もう完全に聞き取れるようになったドイツ語で宣告された

パパは脳の病気を患っていて余命1年だった


パパは目を覚ましてくれたけど

余命宣告されたパパの悲しそうな表情は忘れもしない


1度は退院出来てパパは家に帰ってくる

友恵さんと一緒に盛大に退院祝いをしたしパパも笑ってくれていた

…でも、あたしが部屋にいる時、友恵さんとぱぱの会話が聞こえた


「1度でいいから、エリーゼがコンクールで最優秀賞を取ってるところが見たかったな」


パパの声だった

もう叶うことの無い夢みたいに言いやがって…

それならもう一度…あたしはコンクールに参加する

あたしが最優秀賞取るところ、パパに見せるから


半年後

あたしは毎日ピアノの練習をした

ここ最近は何となく弾いていただけだったけど

パパにあたしが輝いてるところを見て欲しい


パパの余命もあと半年、そして、コンクールまであと2日

パパは通院と退院を繰り返してる

だから家にパパが来てる時は残りの余命も気にしながらピアノを弾いている


「パパ、あたし、絶対コンクールで最優秀賞取るから!」


あたしはパパの目の奥に突き刺さるくらい真っ直ぐな目で言う


「うん、楽しみにしてるよ…エリーゼ」


パパは深呼吸をする


「ちょっと外で散歩でもしてくるよ」


「え、外暗いから気をつけてね!?」


外は夜になっていた

パパはよく夜風が気持ちいいからって夜散歩してた

友恵さんはまだ仕事から帰ってきてないけど

どうせ15分くらいだからいいと思ってた


パパは30分経っても帰ってこなかった

どこに行ったんだろ?

電話を掛けてみる

それでも出なかった


あたしは不思議に思ったけど何も考えたくはなかった

嫌な予感がしながらも私はパパの帰りを待つ

そして


【プルルル!プルルル!】


家の電話がなった

最近はあんまり鳴ることのなかった家の電話

また嫌な予感が走る

電話は病院からだった


その内容にあたしは膝が崩れ落ちた


【お父様が…事故に遭った】


そんな内容だった

あたしはすぐに病院に向かうが

パパの弱った体は車でいとも簡単に動かなくなったみたい


汗だくの医師はドイツ語でこう言った


「お父様は事故に会う前に野良猫を見ていたんだ

その前からお父様は野良猫に話しかけていたみたいだよ

色んな人が君のお父様が野良猫に話しかけてるところを見てる」


「……なんて話しかけてたんですか?」


「エリーゼがピアノのコンテストで最優秀賞を取れますようにってね」


「…………!」


あたしはネジが壊れたかのように病室で大声で泣き叫んだ

パパはあたしのコンクールの最優秀賞を願っていたけど

事故で亡くなった

パパが事故に遭った原因は逃げ出した猫が車にぶつかりそうになった所を助けたためらしい

そして、パパは死んで猫は助かった

ばかなのかよ…ただでさえ残り少ない命を…猫のために…

あたしは呆れつつも怒りもあり悲しみが勝った


2日後のコンクールはとてもじゃないけど出られる精神状態じゃなかった

そしてパパの葬儀で友恵さんと話していた


「紅衣ちゃん、パパが命を張って守った野良猫なんだけど…

うちで飼おうと思ってるの」


「………」


あたしは正直動物は好きではない

けど、パパが守った猫は一目でも見ておきたかった


猫が保護されている場所に向かう


そこのブリーダーさんがあたしと友恵さんを見て


「鬼頭様ですね!お待ちしてました」


一瞬で誰かわかってくれたみたい

まあ日本の苗字だし、あたしはともかく友恵さんは日本人だからわかるか


案内された場所に行く


そこには


「お父様は素晴らしい方です

動物のために体を張るなんて出来る人はなかなか居ませんから」


ブリーダーさんは手のひらを猫に向ける


「エリーゼさん、あなたはピアノのコンクールで最優秀賞を取れるようにと

お父様はこの猫に願いを込めていたんだよ」


パパが守った猫はモノクロの柄の猫だった


あたしも友恵さんも涙が止まらないくらい崩れ落ちる

この猫に願いを込めたのならもうひとつしか答えはないよ


「パパが守った猫、うちで飼おう」


あたしはこの猫を持ち帰った

家に猫がいる感覚はあんまり慣れなかったけど

この猫がパパの代わり…


「にしても、怖がり過ぎでしょこの猫」


「仕方ないわよ、元は野良猫で家は慣れてないんだから」


パパの代わりではなさそうだなー

なんて思ってる時だった


「そうだ紅衣ちゃん、パパ、紅衣ちゃんに手紙書いてたんだよ

パパの手紙、読んでみる?」


「手紙?」


友恵さんが渡してきたのは2通の手紙だった


あたしは1枚の手紙を開ける


【エリーゼ、最優秀賞おめでとう

ずっと応援していた甲斐があった

さすが僕の娘だ!本当に嬉しい

今の僕じゃ涙は流せないが…多分泣けると思うよ

これからもピアノを楽しく弾くんだよ】


こんな内容の手紙だった

あたしまだ最優秀賞取ってないけど…

なんの手紙なんだろ?

もう1枚の手紙には…


【エリーゼ、最優秀賞取れなくて残念だったね

ごめんね、僕がドイツで賞を取って欲しいって無理矢理ドイツに連れてきてしまって

余計なプレッシャーをかけてしまったね

でも、僕はとても幸せだったよ

エリーゼがピアノを弾いてる姿が好きだから

コンクールのためにピアノがあるんじゃない

エリーゼのためにピアノがあるんだよ

エリーゼがこの先どんな困難があったとしても

僕は必ずそばにいる

Du bist meine Liebe(ドゥービストマインリーベ)】



Du bist meine Liebe 日本語で意味は(君は僕の愛)


こんな手紙を渡された

なんでこんな手紙を?


「これ、どういうこと?

あたし、コンクールには出てないよ?」


友恵さんに聞いてみると


「パパは、本当は余命半年もなかったの

どんどん病気が悪化して多分、亡くなった時には余命1ヶ月くらい

だから紅衣ちゃんがコンクールに出る頃にはもしかしたらもうペンも持てなくなってるかもしれないから先に最優秀賞を受賞した手紙と

最優秀賞を取れなかった手紙を書いてたんだよ

結果でどちらか渡してって言われてたの」


あたしはまたパパの優しさに涙が溢れた

そうだ、あたしはパパに愛されていた

ピアノも…もう辞めようと思ってたけど

まだ諦めない…諦めたくない!


「友恵さん…あたし、日本に戻りたい」


「……日本に?」


「うん!本当はドイツでコンクール出たかったけど

日本に戻ってもう一度、ピアノを好きになりたい

コンクールだらけだったドイツとは…1回離れてもいいかな?」


こんなワガママなあたしの事を友恵さんは


「わかった、じゃあ日本に戻って

もう一度ピアノを頑張ろう

パパの願いはコンクール最優秀賞でもあったけど

1番は紅衣ちゃんが楽しくピアノを弾くことなんだから!」


ドイツで起きたことを全部ふーかに話した

ふーかはまた泣いてる

けど、言いたいことはこういうことじゃない


【ガバッ!】


あたしは勢いよくふーかを抱きしめる


「あたし、日本に帰ったはいいけど

やっぱりなかなかピアノを弾けなかったんだよね」


「……そうなの?」


急にあたしが抱きしめるからびっくりした声でふーかは聞いてくる


「辛いとか怖いとかあたしにもあった

パパが買ってくれたベヒシュタインのピアノを聞くのが怖かった

でもね、乗り越えたよ、中学の頃、教室でよく聞いたふーかのピアノのおかげで!」


「………紅衣」


「あたしはあんなに楽しそうにピアノを弾くふーかを見て

またピアノが弾きたくなったんだ

こんな子とピアノ弾けたら乗り越えられるって思ってた

ふーかのピアノに救われたんだ!」


あたしはふーかに言いたいことを言った

これが本当に言いたいことだった

初めてふーかのピアノを聞いた時に確かに下手ではあったけど

あんなに楽しそうに、あんなに気持ち良さそうにピアノを弾く人は初めて見た

こんな心を踊らされたのは初めてだった

そんなふーかのピアノがみんなの心に響かないわけないんだ

だから、あたしはふーかと一緒にピアノを弾きたい!

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