11小節…モノクロの闇

11小節…モノクロの闇


「私…ピアニストになるつもりないよ?」


私は紅衣の言葉を全力で否定した

ピアニストになろうなんて、思ったことない

私はピアノが好きなだけ


「な、何言ってんだよ、こんなにピアノ好きならピアニストになるもんだと思ってたんだけど」


「わ、私は紅衣に比べると下手だし!

あんまり人前に出るの好きじゃないし!」


「文化祭でピアノ弾く約束はどうするの?」


「紅衣、1人で出てよ

出るなんて言ってないもん」


「…………」


紅衣は表情を曇らせた


「……わかったよ、ふーかの気持ちはそんなもんだったんだな」


「…………」


「見損なったよ、ふーかからピアニストになりたくないなんて言葉…聞きたくなかった」


「……嫌なもんは嫌なんだもん」


「勝手にしろよ…あたしは1人で出るよ」


「………」


私は何も言わずに紅衣と別れて帰った

紅衣の言いたいことはわかるよ

わかるけど……私には無理だよ


次の日私は1人で学校に行く

……紅衣のこと怒らせちゃったかな?

いつも強い口調で物申すけど昨日のは少し違う気がした


『見損なったよ』


そうは言われても私は曲げるつもりはなかった


学校に着くと

紅衣が一足早く学校に居た


「く、紅衣!ちゃっす!」


「ちゃっす」


いつもとそんなに変わらない声色だった

昨日だけかな…あんな感じだったのは

紅衣はゆっくりと私の方を振り向く


「え!!どうしたの!?」


紅衣の目の下には隈が出来てる

そして目は腫れていて顔もぱんぱん


「昨日ふーかのこと考えてた」


「な、なに!?告白なの!?」


「ちげーよ!」


紅衣…その顔、泣いてたの?

紅衣に悲しいって感情があるのは昨日知った

だとしたらこんなに泣くほど私を思ってくれてるの?

1番の友達だって言ってくれたのは嬉しかった

私も…紅衣ともっと仲良くなれたらなって思う


放課後


「おーい!紅衣ちゃん!俺とピアノ勝負しようぜー!」


マイクが紅衣にこれでもかというくらい明るく声をかけていた


「ふーか、一緒に帰ろう」


紅衣はマイクを無視する

マイクも何か察したのか何も声をかけなかった


「うん、帰ろう」


私は紅衣と2人で帰った


その帰り道のこと


「ふーか、ピアニストになりたくないってどういうこと?」


紅衣は昨日の続きを言った

絶対聞かれると思ってた

だから私はすぐに答える


「そのままの意味だよ、ピアノは好きだけど

ピアニストにはならない」


「どうして!」


「………ピアノは私の趣味だよ

そこまでなろうとは思ってない」


「…………」


紅衣は立ち止まって涙を流した

やっぱり昨日泣いてたんだ


「あたしは、ふーかと一緒にピアニストになりたかったんだよ

なんで…1人でピアノ頑張らないといけないんだ」


「しょうがないじゃん、私は人が苦手なんだもん」


私はまた昔のことを思い出す


『夢咲さんの娘だ!』


『やっぱり将来は夢咲さんの後を追うんですか!?』


『待ってよ!夢咲さんのこと話して!』


ついてこないでください…


「ふーか!あたしに教えてってば!」


「ついてこないでください!」


私は昔を思い出して、紅衣に言ってしまった


「……ごめん」


紅衣は静かに謝った

悪いのは私だったけど

昔を思い出して、それが怖くなって私は

逃げ出してしまった


ごめん、紅衣……私はやっぱり人が怖い

大勢の人に囲まれるあの感覚は思い出すだけで吐き気がしそう


私と紅衣はこのままちょっと重たい空気が続く

なんでこうなったかと聞かれると答えられそうにないけど

距離が空いたというよりはぽっかり穴が空いた気分だ


そしてそのまま2週間が経ってしまう

喧嘩したわけじゃないから学校でも一緒にいるけど

このもどかしい感じは友達のいなかった私にはどうしたらいいかわからなかった


その日のお昼休憩

みんなでお弁当を食べていた時のこと


「もうすぐで夏休みだなー」


きゅ〜ちゃんがまたあくびをしながら言う


「水着着る?」ハァハァ


「水着ー!俺も海行くー!」


夏休みというワードだけで妄想が一致してるのんちゃんとマイク


「まだ何も言ってないんだけど…

にしてもふーかと紅衣は?仲良しだけど夏休みなんかすんの?」


きゅ〜が箸で私と紅衣を刺す


「わ、私は…」


「文化祭でさ、ピアノ弾くんだ、あたし」


私の話を遮って紅衣は重苦しく言った


「わ、わおー!2人で弾くの?仲良しー!」


きゅ〜は空気を読んで無理矢理明るく話した

しかしそんなことはお構い無しに


「あたし一人だよ、ふーかは出たくないみたいだ」


「……………」


私は黙ったままだった

高校生になれば文化祭でピアノ演奏会が出来る

それは紅衣が昔から言っていたことだった

でも、私は出たくないとは最後まで言えずにここまで来てしまった



「じゃあさ!俺と一緒に出ない?」


乗り込むように手を上げるのはマイク


「お前はいいよ」


「なんでよ、俺もピアノ弾くんだぞ?」


「…ごめん、言いすぎた」


紅衣はマイクに謝っていた


「な、なんだと!?紅衣が謝った!?

しかも別に謝ることでもないのに??」


「う、うるさいな!」


きゅ〜ちゃんのガヤにちゃんとツッコミをする紅衣


「紅衣、病んでるの?」


のんちゃんは心配してるような興奮してるような顔付きで紅衣に聞く


「病んでるよ」


「馬鹿正直だな!」


紅衣の言葉はこんな時でも真っ直ぐ正直なんだ

病んでる理由も私だし

…あのこと紅衣に話そうか迷うな


「あーあ、喉乾いた、天地、自販機行くぞ」


「え!?ちょっ!」


私はこばしり君に連れられて学校の階段を降りる

き、急に何!?

引っ張られながらも私は自販機の場所まで行く


「何飲む?」


こばしり君はお金を入れて私に聞いてきた


「い、いいよ私は!」


「いいから、選べ」


「じ、じゃあ水で」


「なんだ、水でいいのか」


「濃い味のもの好きじゃなくて」


「ふーん」


お言葉に甘えて水を買って飲む

こばしり君が私を呼んだのはなんだろ?

自販機の近くのベンチで私たちは座る


「夏休み、こばしり君は何するの?」


紅衣の事を触れられないように珍しく私から話を振る


「特になんもしねーよ

お前は?ピアノ弾くんだろ?鬼頭と弾くかは知らねーけど」


やっぱり紅衣の話を出てきた

でも露骨に紅衣も落ち込んでたからそりゃそうだよね


「前にお前にもっとコミュ力上げろって言ったの覚えてるか?」


「覚えてない!」


「ふざけんな!まあいいや

でもさ、人に出来ることが自分にも出来るなんてことはないからな」


「……どういうこと?」


「お前がコミュ障だとかは別に悪いことじゃねーってことだよ」


悪いことじゃない……か

それはそうなんだけど

よく良く考えれば私は紅衣に甘えてばかりだった

何も出来ない私を嫌な顔しつつも支えてくれてた


「……私、紅衣に頼りすぎだよね」


こばしり君に思いをぶつけると


「ああ、お前は弱すぎだ、人に助けて貰えないと生きていけない小心者だ」


こばしり君にきっぱり言われる

…やっぱ私は小心者…


「でも、別にいいんじゃねーの?それがお前なんだろ?

弱さを見せたり助けを求めるなんて出来るやつあんまいねーぞ

それが出来るやつ、助けたいと思われるのがお前だ」


「…………」


助けたいと思われる…

私は紅衣に助けられてばっかだった

だから、今度は私が紅衣を…なんて思うけど

そもそもピアニストになりたくないって言ってからこうなったんだから原因は私にある


私はこばしり君と教室に戻り

いつも通りのお昼を過ごした


とにかく、いち早く紅衣との関係を元に戻したい

時間が許してくれるならそれでもいいから早く


放課後、外は雨が降ってる

きゅ〜ちゃんとのんちゃんは部活があるみたい

だから必然的に私と紅衣が一緒に帰ることになる


「紅衣、一緒に帰ろ?」


「うん」


昇降口を出る


「紅衣、傘持ってないの?」


「うん、学校に行く時降ってなかったから」


「ええ?お昼から夜まで雨降るって天気予報でやってたじゃん」


「んなもん見ねーよ、降ったらその時だ」


「じゃあ紅衣も中入りなよ」


「さんきゅー」


私と紅衣は同じ傘の中に入って帰る

紅衣は背が低いから私が傘を差す

こんな事しか出来ないけどこれは助けてるってことになるのかな?


「……ふーかさ」


どことなくぎこちない紅衣が私を呼ぶ


「ん?」


「……文化祭、本当に出ない?」


「………うん、」


「なんでか教えてよ

あたし、ふーかが安心できるようにするからさ」


「いつまでも紅衣に頼ってられないよ

無理だって決めてることだから、逆に迷惑かけちゃう」


「……そっか」


紅衣はまたどんよりと落ち込んでいる様子だった


「ふーか、あたし今日バイトだからこっち行くよ」


紅衣は立ち止まる


「え?濡れちゃうよ?バイト先まで送ろうか?」


「いいよ、こっから近いし、どうせ帽子被るし」


紅衣のバイト先は居酒屋らしい

帽子被るにしてもびしょびしょになっちゃうと思うんだけど


「ほんとにいいの?送らなくて」


「大丈夫、んじゃな」


紅衣はそのまま私と別れた

文化祭…ピアニスト…

昔からピアニストって言葉はなぜか好きじゃなかった

私にとってピアノは子供の頃に聞いたあのピアノの真似事に過ぎないし

紅衣に悲しいことばかり言って悪いけど

人前に立ってピアノを弾くことはやっぱ出来ない

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