第八章 新参

 辺りが大きな轟音に包まれて、敵陣の西方から大きな火が上がる。

 「おい、まさかあれが隊長の言ってた爆発ってやつじゃねーか?」

 「そうね。ほら、アルハルド! 聞こえる!」

 「撤退するわよ!」

 「うん!」

 「パシュッ」

 「ギャー!」

 あいつ、また逃げる間際で何人かヤリやがった。たく抜かりないヤツだ。

 「これじゃあ雪崩が起きそうね」

 「ああ、同感だ。全速力で撤退するぞ!」


 作戦は成功し、計画通り雪崩が発生して敵補給戦は途絶えた。後はミラルシア国内に残存する敵部隊を殲滅するだけだ。すぐにこの報を、本国へ伝えなければ。


 「女帝殿」

 「なんだ? クーリー」

 「補給線を守備していた陣地の辺りで大爆発が起き、それに伝播され大規模な雪崩が発生。味方補給戦が寸断されました」

 「なるほど。ということは……」

 「はい。新兵器を前にしてもなお奇策で立ち向かい、翻弄する。これは、恐らく」

 「司……だな」

 私は怒りを抑えきれずに、玉座の腕置きを殴った。

 「なんで、なんでなんだ。なぜ君は、いつも。私の前に、立ちはだかるんだ」

 「女帝陛下、ご安心下さい。間も無くすれば、王都は業火に包まれるでしょう」

 「……そうだな。精々頑張ってくれるように祈るばかりだ」

 「そうか。そう言えば後方はどうだ?」

 「はい。抜かりなく」


 「おいおいこれはマジかよ……」

 アノイス=アドル境界線付近までいくと、敵大部隊が中央都市ミラルシアを三方向より占領せんとしているのが見えた。その数およそ四万、都市攻撃に不向きな騎兵は連れてきていないようだ。他の二方向より陽動し味方主力を引き抜いた上で占領する腹積りのようだ。

 「味方は……まだ来ていないか」

 「隊長、これからどうする?」

 メッケが心配そうに聞こえてきた。

 「俺たちだけでやろうにも、およそ5000倍の戦力差だ。せめて正面からはやり合いたくは無いが……」

 「そんな……」

 こっちから煙を炊こうにも敵に存在が知られて潰されるのが関の山だ。せめて味方部隊がいくらかこの戦線に来てくれなければ……。

 と、その時。多数の騎兵がこちらに近付いてくるのが分かった。敵対する意思が無いのか、抜刀はしていないようだ。

 そして、中央のリーダーらしき者が、俺の目の前で落馬し、跪く。

 「何かお困りですかな? 殿下」

 そういう彼はぱっと見40から50代ほどか、しかしその顔の小皺には似合わない程の筋肉が黒と黄で構成された民族服越しでも見てとれた。

 クイナが斬りかかろうとするのを制す。

 「いかにも私はブルラシア王国次期国王、ビィリーズ。オブ・ブルースだ。しかし今は軍務中故、ただの部隊長だと思って接して頂きたい」

 「ほお、そうか。それなら」

 男はいきなり抜刀し、一瞬で斬りかかってきた。

 「おっと、今のをかわすとはな。ブルース、貴殿に一対一の決闘を申し込む」

 「は、望む所だ」

 言い切りと同時に、男の胸目掛けて刃を差し込む。しかしそれは簡単に右上方向に弾かれた。しかし、これが本命なのでは無い。弾かれた反動を一気に吸収して、男の首目掛けて左下に切り込む。が、向こうも予見していたようでバックステップで簡単にかわされてしまった。

 「ふ、合格だ。先の一撃は流石に肝が冷えたぜ」

 「そうか。お褒めに預かり光栄だな、ミラルシア西部部族総統、アルケイン・メニセウス」

 まあ偶然クミンが持ってきた本の中にはミラルシア公国の軍事資料が混じっていただけなのだが。

 「ほう、俺のことを知ってるとはな。そんじゃ万が一俺がお前に殺されてたら、どうするうもりだったんだ?」

 「お前を殺したらそこの騎兵共が黙っちゃいねーだろうから潔く3分の2ほど道連れにして散ってやったさ」

 「ふん、何処が潔くだ」

 「あの、これって試されていた……だけなんですよね?」

 アルハルドが弱々しく問うてくる。

 「ああそうだ、だから俺たちは味方同士、仲間だ。だから心配すんな」

 にしてもこいつ、マジでギャップ萌えがヤバいよな。

 「そうだぞ、俺とお前のとこの部隊長さんとはもう友達だ。だから安心してくれ、お嬢ちゃん」

 「お嬢ちゃんって言うな!」

 アルハルドがプンスカ怒る。

 「一応言っとくが、今のとここいつが一番成績良いからな」

 メッケがメニセウスに耳打ちで話す。

 「え、そうなのか!? そりゃ教えてくれて有難うな、お坊ちゃん」

 「お、お坊ちゃん!?」

 「メニセウス。みんなまだ幼いが、これでも第一特殊工作隊の一員だ。子供扱いしないでもらえるかな?」

 「ああ分かった。しかし特殊工作隊……まさか大爆発を起こして雪崩を誘発させたのは」

 「ほお、よく知っているじゃねーか」

 「は知ってるも何もその雪崩のお陰で逃げられたんだ! ようやってくれたよお前は!」

 メニセウスは急に陽気になり、俺と肩を組もうとしてくる。

 「はいはい……しかし逃げるだって? てかお前らなんでここにいるんだ? ミラルシア東部は全域に渡って反王国派閥が握ったと聞いていたが」

 「クソが今更かよ。俺らは基本農作業をして自給自足で生活しているんだが、誰が持ち込んだか紅茶やその他便利な器具なんかが流行り出してな。それの供給元が帝国東部の工業都市とかで、農作物なんかと物々交換していたのよ。それが当初向こうに付いた訳だ、しかしあいつら、俺らの村を行軍に使いたいなんて言いやがってな。前に一回通した時は畑も踏み荒らされて十分な量を収穫出来なかったんだが、お構いなしにこれまで通りの量を接収していきやがった。そんで今回通行を拒否したら、このザマだ」

 「そうか。しかし本当に良かったのか? 今は違おうと、一時でも向こう側についたんだ。こちらでもそう楽は出来ないだろう」

 「ああ、食糧難で餓死者が出るよりもマシだ。しかし我らは元を辿れば流浪の民。俺らにとって有利な方に付くさ」

 「そうか。それなら精々君らの有利になるよう努力しよう」

 「感謝する。……とやっと着いたか」

 「なんだ?」

 メニセウスの後ろの方を見てみると、そこには砂埃が立ち込める様が見てとれた。そして。

 「騎兵六千、歩兵一万四千の計二万! 殿下のために、参上致しました!」

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