第七章 変遷

 「ふはー、流石の警備体制だな」

 単眼鏡のようなものを手に、メッケがそう告げる。

 「それもしかして単眼鏡って言わないか?」

 「そうだ。隊長よく知ってんなー」

 「ああ、ちょっと本でな」

 ……本で?

 確か海岸都市付近の本は読んでいなかったはず。……え、何故単眼鏡と海岸都市が繋がる? 海賊……なんだそれは。

 「隊長?」

 ひどく悩む俺の顔を、心配そうにメッケが覗き込む。

 「ああ、大丈夫だ。いつかお前の街に行ってみたいと思っただけだ」

 「え、王子様が俺の街に!?」

 「ああそうだ。私は人生で、一度も海というものを見たことがないんだ。頼めるかな?」

 「おおよもちろん! 盛大に歓迎してやるぜ!」

 「ああ、その時は頼む」

 一通り話を終えると、斥候に出ていたクイナとアルハルドが戻ってきた。

 「どんな具合だ」

 「そうね。端的に言うと、最悪中の最悪ね。今丁度これから前線へ向かおうとしている大部隊がこの辺りに終結中らしい」

 「それは大変だな。数は?」

 「大体四万ほど。それに、見慣れぬ武器を持った兵士もいた」

 「見られぬ武器?」

 「うん。鉄の棒みたいなもので、中に空洞が出来ている。そして木製の取手みたいなのが付いていて、何か変な粉みたいなものを詰めていた」

 鉄製で木製の取手、そして謎の粉末。ああ、そうか。それは鉄砲と言われる武器だ。遠距離攻撃が出来るから、とても厄介。しかし、確か鉄砲には火薬と呼ばれるものが必要だったはず。それを爆発させれば……。

 「よし、これより作戦を伝える。アルハルド」

 「なんだ?」

 「お前、鬼ごっこは得意か?」


 辺りに怒号と多数の足音が響き渡る。ま、その怒号の半分近くは彼女のものだが。

 「ほらほら! こんな中途半端な人数じゃこのアルハルド様を殺せないよ!」

 ミルナ・アルハルド。先の戦闘と言いロリっ子らしい外見とは裏腹にえげつない戦い方をしやがる。なんせ一撃で確実に頸動脈を切ってやがるからな。しかもこんなことを考えている間に、また三人やりやがった。この内クロスボウでのキルが一人、ダガーでのキルが二人。あの俊敏さといい、いつの間にクロスボウの装填をしてやがんだ。

 「メッケ、また次が来るよ」

 「何人だ」

 「大体十人ほど」

 「ケッ、そうか。けどまこの調子ならまだ大丈夫そうだな」

 「そうなのか? 私からしたらそろそろ限界なような気がするが」

 「そうだよ。アルハルドが耐えられなくなるギリギリで敵後方を突いて一気に殲滅する、そのタイミングを決めるのが君の今回の仕事なんだよね?」

 クソ、マイケルとレイがうるさい。てか増援が来にくい夜までわざわざ待ったってのに、隊長、なんだってこんな面倒な役割を俺に当てやがった? てかこれなら始めから俺らも戦わせろよ。

 「ねえ、ねえってば」

 「本当にまだ出なくて良いんだね?」

 あー、もう。マジでうるせー。

 「こんクソ野郎共。惚れた女のことくらい信じさせてくれよ」


 アルハルド達に敵の大部分を拘束して貰っている間に、俺とクイナは火薬庫を爆発させるべく敵陣地に潜入していた。

 「隊長殿。その火薬庫とやらは、爆発するとどうなるのですか?」

 「大きな轟音が響き渡って、雪崩が怒るだろうよ」

 「な、雪崩!?」

 「安心してくれ、あいつらにはとてつも無く大きな音が聞こえたらすぐさま撤退するように言ってある」

 「そ、そうですね」

 「なんだ? 雪崩が怖いのか?」

 「は、はい。幼い頃に雪崩で両親を失って、それで放浪していたら師匠と出会って。でも師匠にこれでもかと鍛えられた私は、とんでもなく強くて。気付いたら盗賊団頭という名前の孤独の鎖に繋がれていた。そしてその鎖が外された後も、牢獄に一人で。だけど、そんな時に貴方と出会った。ビィリーズ・オブ・ブルース殿下」

 「殿下はよしてくれ、今は軍務中だ」

 「は、はい。ブルース。でも、貴方のくれたこの温もり、この部隊が。私は大好きです」

 「ありがとうな。あ、此処だな。火薬庫だ」


 『盗賊の頭という名前の孤独の鎖』か。確か、俺も似たような経験をしていたような気がする。

 俺の一家は、戦前から続く軍隊人間だらけの家系だった。そして俺自身も、幼少期から爺ちゃんから戦中のことを散々聞かされたかな。まあ自分が好きだった、ってのもあるけど俺の周りにはそんな話を好んでするようなヤツは一人もいなかった。

 だけど、中学三年生の春。修学旅行で出会った、あいつだけは……。

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