第六章 初陣

 ミラルシア公国北方。アドルとアノイスを跨るこの豪雪地帯は我ら人理にとっては未だ未開の地であり、その環境の過酷さから人食い豪雪地帯と呼ばれている。まあ、ブレイガーの部隊が敵部隊の情報を持ち帰るまでに暇潰しで読んでいた本にそう書いてあっただけで、実際にそう言うかは未知数ではあるが。

 「もうイヤ! 絶対にイヤイヤイヤ! 早く帰りたい!」

 部隊最年少のアルハルドが駄々をこねる。本来なら軍への入隊は成人する十五歳以上と決まっているのだが、この部隊にかき集めたのは訳あり少年少女がほとんどだ。それに彼女はまだ九歳、多少弱音を吐くのも仕方が無いか。

 すると、同じく部隊最年少の少年、メッケが彼女の元へ駆け寄る。

 「どうしたんだー? アルハルド。まさか寒いとか言うんじゃ無いだろうな?」

 「む、寒く無いもん!」

 「ほー、そうかそうか。それならそのクソ重い毛皮のコート持ってやるよ。お前メチャクチャ歩くの遅いから」

 「ダーメ!」

 「へえー、なんで? そのコートが重いから行軍が遅いんだろ?」

 「重く無いもん! もっと早く走れるもん!」

 「そうかそうか、ならもっと早く走ってみろよー」

 「むー。それじゃ一瞬で追い越してやるもんね!」

 アルハルドが全力疾走しようとした、その時。

 「二人ともやめなさい!」

 副官に任命した元盗賊団頭、クイナが止めに入った。

 「いい? 行軍っていうのは、ただ走ればいいって言うわけじゃないの。いつ敵と遭遇してもすぐに交戦を出来るように陣形を組みながら移動することを行軍と言うの。それにあなたは右翼正面を索敵しながらの行軍だったはず。今あなたがそこにいないことで敵の発見が遅れて、いつの間にか包囲されて一気に殲滅される危険だったあるんだからね」

 「わ、わかったよ……」

 「さ、分かったなら早く元の配置に戻って。特にこの天候だから、視界が狭張ってしまくけど頑張って」

 ほー、クイナ。なかなかやるじゃ無いか。メッケは海岸都ミルズの出身だ、あの地帯はよく霧が出る。霧が雪に変わろうと視野が狭いのは変わらないからあいつに索敵役に指名したのだが、よく分かってるじゃ無いか。

 すると、足元の雪に何かが刺さった気がした。そして、そこをみて見ると、一本の矢が刺さっていた。

 「敵襲だ! みんな戦闘準備にかかれ!」

 くそ、こんなところに敵が嫌がるとは聞いていないぞ。攻め込むのは良しとしてもこんな場所に突っ立って防衛をするなど常人の沙汰じゃ無い。

 「クイナ、状況を報告しろ」

 「は、四十メートル先に敵陣地を目視で確認。おそらくまだ建設中であると思われます」

 「そうか。ということは敵もそれほど数はいないと言うことだな?」

 「はい、守備兵は三十ほどかと」

 「約4倍差か、拠点攻略にしちゃバカバカしい数だが安易放置もしていられない。みんな、攻め込むぞ!」

 俺が指示を出すのと同時に、こちらへ突進してくる敵先頭部隊4人のうち一人が倒れ、残りの三人を急接近したアルハルドがダガーで斬殺する。

 「クロスボウの矢、小さい。だから狙いやすい」

 「よし、俺たちも続くぞ!」

 「て隊長! 俺はどうしたらいいですか!」

 声のした方を見てみると、メッケが二人分の荷物を抱えて今にも倒れそうになっていた。

 「それ地面置いたら許さない」

 アルハルドがダガーをメッケに投げる素振りを見せると、メッケは「分かった分かったから!」と言って必死に荷物を持ち上げた。

「よし、それじゃメッケとレイ、ミリムは物資の護衛を頼む。他の五人で一気に攻め込むぞ!」

 「おー!」

 「おー!」

 「おー!」

 「おー!」

 こちらとの戦力差を知ってか知らずか、敵は拠点からどんどん湧いて出てくる。右翼はクイナとマイケル、左翼はフレイヤとアルハルド、そして中央は俺。両翼とも戦力を拮抗させているため万が一の時の突貫も叶わないだろうが、どちらた片翼を完全に突破されるよりは良いだろう。それに突如の遭遇戦とこの嵐だ、緻密な連携も容易では無いだろう。

 それにやはりこの部隊、精鋭揃いだ。どうどんと敵陣を突破している。

 「みんな! よーく聞け。これが我ら第一特殊工作隊の。輝かしい初陣だ!」


 「女帝殿」

 「なんだ」

 「女帝殿の指示通り建設していた北方陣地ですが」

 「何かあったのか?」

 「……はい。建設中に突破されました。敗残兵からの報告では敵は五人以上十人未満の子供、敵将は女帝殿とさほど変わらない年齢だろうとのことです」

 「何、私と?」

 「はい」

 「そうか。補給線を抜かれると厄介だ、急ぐように早馬を回せ。すれば奴ら進撃どころでは無くなるだろうから」

 「ははっ、直ちに」

 今回の急な進撃。これを企てたのが、貴方だったら良いのに。

 「司…………」

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