第五章 総力戦の予兆

 帝国がミラルシア公国保護を理由に我が王国へ宣戦布告をし、第三次ミラルシア事変に対し本格的に干渉を始めてから既に一週間が経とうとしていた。先の総攻撃以降も公国西部にて勢力を維持していた親帝国派閥もそれに続き、またもやミラルシア公国中央都市が堕とされるのも時間の問題となっていた。しかし今回は敵軍に倣いこちらも私直属の特殊部隊を組織している。この暴挙を、何としても止めなければ。

 「第一特殊工作隊のみんな、こんにちは。これより新設されたこの部隊を率いるビィリーズ・ブルースだ。王族の証たるオブを冠さない私は最早、この国の王族とは言えない。軍務についている間は上官として接してくれ」

 壇上に上がり、一言述べ終えた俺は部隊員の面々を見つめる。

 槍の手入れをしているところで私の演説が始まってハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をしている男はドリウス・マイケル。係争地帯であるケイラに位置する国境都市レイ出身の自警団団長の息子で、実践経験に優れている。

 口をポカーンと開けながらクロスボウの矢を磨く手を止めない少女はミルナ・アルハルド。クロスボウの名手だ。

 剣のメンテナンスをする手を止めて敬礼しようとして剣を投げ捨てた少年はウイジャ・メッケ。アルハルドと同じ9歳で部隊最年少だが幼女体型の彼女とは違って比較的高身長でそれなりの筋肉質である。

 剣のメンテナンスを手際よく終えてゆっくりと敬礼をした少年はミニッツ・フレイヤ。元盗賊団頭だが軍の掃討作戦時に降伏し入牢、その後出所するも行く先が無く軍へ入隊を希望し今に至る。

 静電気を発生させる球体の器具、前世で言う雷神で遊んでいる少年はドール・レイ。父親と二人で電気の実験をしており、研究費の援助を交換条件にスカウトした。少数精鋭の部隊のためトラップの作成などに役立つと思ったが、戦闘力は皆無なのだそうだ。

 私の演説が始まってもなお空を見上げる高貴な少女はボルネイヤ・ミリム。この世界ではまだ珍しい放浪の天気予報士だ。関所を通るときに交通書を紛失してしまい守衛に拘束されていたが、天候の変化を当てる女の子がいるとの風の噂を聞きつけスカウトに向かった。戦闘もそれなりにこなせるようだが戦闘中はレイの護衛程度の仕事を当てるようにしよう。

 そして最後に、この部隊一番の不安要素かつ我が副官。各種武器の手入れを素早く終えて私が壇上に立つや否やすぐさま私のすぐ左隣に整列する彼女は、マクシミリア・クイナ。フレイヤと同じく帝国領北東に位置する治安最悪のドリー辺境都市郡出身の元盗賊団頭。フレイヤの盗賊団と激突するタイミングで軍の掃討作戦が始まり降伏、未だ余罪を調べている段階だが入牢後何度も優秀受刑者に選ばれ、国難に際し入隊が決まった。剣術の他に槍術、弓術、また潜入術にも長けているという。

 「それでは、今の状況を伝える。現在帝国軍はブイノス及びテイジの二方向からミラルシア公国西方アドルに向け攻撃している。しかし帝国領テイジより我が国へ侵攻は行わられておらず、戦闘は公国内に留まっている」

 「隊長!」

 「なんだ、マイケル」

 「戦闘が公国内に留まっているのは、囮の可能性が高いと思います。それに、一部の帝国軍が我が国国境に向けて行軍中とも聞きますし」

 「そうだろうな。しかし我が部隊は少数精鋭、防衛任務には向かない。そちらは本隊に任せるつもりだ」

 「それなら、俺たちはどうするんだ?」

 幼き勇兵、フレイヤが高揚しながら問う。久しぶりに、そして合法的に人殺しを出来ることを楽しみにしているのだろう。

 「そう慌てるな、フレイヤ。まずこれが今の、ミラルシア戦線の戦況概要だ」

 俺は最新の勢力図をテーブルに広げる。

 公国西方に聳え立つミーネシア山地まで後退した帝国軍、ミラルシア国内親帝国軍は王国に対し戦線を布告するのと同時に中央都市ミラルシアへ向け進撃を開始。先の戦役では帝国軍は一部のみの動員に留まった上に公国南部、帝国領テイジよりの攻勢をしなかったが今回は西方、及び南方の二正面作戦を強いられている。北方に配置されていた敵軍も撤退したため未だ北方方面より攻勢を受けていないのが唯一の救いか。

 「ねえ、これさ。思ったんだけど本国の戦線が伸びすぎてない?」

 図をまじまじと見つめながらそう問いかけるのは、アルハルド。彼女の一家は狩をして生計を立てており、戦争をよく狩と見立てるのだ。これは異世界に生きるチンギス・ハンとしか言いようが無いな。

 「チンギス・ハン……」

 突然出てきた固有名詞に驚きつつ、アルハルドの問いに答える。

 「ああ、確かにそうだ。しかし兵の数ではこちらが圧倒しているため、抜かれる心配も無いだろう」

 「でもさ、守備隊も動員しているんだよね? また連邦が強襲上陸されないとも限られないし。この国って、まだ海軍弱いんでしょ?」

 「ああ、そうだ。しかし前の戦訓から海岸都市の防備はかなり増強されている、万が一東方より強襲上陸しようとしても王都守備隊は駆り出されないはずだからな」

 「そうなんだ」

 「よし、他に質問は無いな? ではこれより作戦を説明する。まず始めに今回の戦地はミーネシア山地、公国国内及び本国へ帝国が攻撃してきたときに限り国内のみだ。つまり、帝国領内への進撃は強く禁ずる、落とし所が無くなるからな。そして今回の作戦概要だが、今回の戦場はミーネシア山地中央部だ。誰か行ったことはあるか?」

 「スッ」

 ミリムが無言で手を上げる。

 「いいぞ」

 「ミーネシア山地、何度か行ったことがあります。基本的にいつでも雪が降っているとてつもない豪雪地帯ですが、夏の間だけ緑の高原が姿を表します」

 「そうだ。そして今は春、つまり雪が積もっているため敵の兵站状況はそれほど芳しくない。そこで味方斥候隊が兵站に使用しているであろう輸送路を発見した。これより我が隊は守備の薄い北方部を進撃しこの輸送路を寸断する。それが今回の作戦概要だ。何か意見のあるものは?」

 「はい」

 「なんだ、クイナ」

 「恐れ多くも、隊長殿はこの国の皇太子殿下であらせられます。そんなお人が、わざわざ戦地へ赴くなどいかほどかと具申致します」

 「ハハッ、クイナ。ほぼ初対面の俺の命を気遣ってくれているのか? 安心しろ、剣の腕はあのブレイガーのも引けを取らない。それに、言っただろ? 今は軍務中だ、王子としてではなくただの上官として接してくれ。それともお前らのような強力な護衛が就いていながら俺が安安と死ぬとでも?」

 「……失礼いたしました。我が祖国に、栄光あれ」

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