第四章 死に戻り
「悲惨なものだな」
王より我が祖国への視察を命されたがため、およそ十四年の時を経て、再び帰ってきた。世話役から聞いた話では何とか頑張っておるようだが、流石の我が息子も抑え切れなんだか。
そういえば私の世代から支えてくれていた、ジョナサン公は如何なされているか。こちらも何とか生き残ったとは聞いているが……どうしているのか。
「ミニッツ・ベクト殿。そろそろ帰投のお時間です」
「分かった」
殿下が生まれたその日、私の全てが変わった。まさか生前に叶わなかった願いが、死後にこうして叶うなんて、思わなかった。
初めて見かけた時、貴方は首から掛けていた勾玉の付いたネックレスを理由に、先生から呼び出しを受けていた。どうしても外したがらない貴方は、何度もネックレスの紐を切って、勾玉だけポケットに入れておこうとしたけど、結局君は。先生を説得してネックレスのまま、ポケットに入れた。
桜の花びらが散る、まるで絵に描いたような絶景を背景にして見た貴方は。
とんでもなく美しく、とんでもなく儚くて、そしてとんでもなく強くて。
何処か、火弱そうに見えた。
入学式が終わって、初めてのホームルーム。
私と貴方。そして彼女は、偶然にも同じクラスだった。
田辺立花。私と貴方はまた偶然が重なって、席が隣同士だった。だけど私は、なかなか貴方に近付けずにいた。本庄清子。常に貴方の席には、彼女の存在があった。
そして翌日から授業が始まって、夜更かししてアニメを観ていたがために机に突っ伏していた昼休み、突然女の子に呼ばれる声が聞こえた。彼女だ。
「ねえ、田辺さん。今日の放課後、クラスのみんなでカラオケに行くんだけど来ない?」
「え、私は……」
戸惑いながら、何とか断ろうとする私。貴方と、彼女と同じ空間にはこれ以上いたくなかったから。
「えー、立花来ねーの?」
そうしていると、彼女のまた向こう側から男子の声が聞こえた。貴方だ。
「う、うん……私昨日夜更かししててとっても眠いんだ」
「そりゃ午前の授業ずっと寝てたもんな」
男子がおふざけ混じりにそう言った。するとみんな、ドッと吹いた。
「別に居眠りしてていいからよ、一緒に行こうぜ」
とても遠いはずの場所から伸びる、貴方のとてもたくましい手。
私は思わず、その手を取った。
「彩ちゃんかっわーいいー!」
その日の放課後、予定通りクラスのみんなでカラオケに向かった。だけど不幸中の幸か、大部屋は何処も埋まっていて男女に別れて、更にもう二つずつグループを別れることになった。
私は、幸中の不幸と言うべきか、彼女と同じグループだった。
「ねえ、次は清子ちゃん歌ってよ!」
「うん! 何を歌おうかな〜」
明るく、誰とでも分け隔て無く接する彼女を見て、少し嫌味がさす。私が陰キャで、彼女が陽キャ。その違いだけでも十分嫉妬の対象になり得たけど、それ以上に。私より早くに彼と出会って、私より早くに彼と仲良くなって。そして私より早くに……。
て考えていると、曲が始まった。とてもノリやすい、メジャーなポップス系の歌だ。こんなに明るくて、可愛いなら。簡単に彼の心を射止めてしまうんだろうな。
カラオケも終盤を迎えつつ、皆歌い疲れたのかドリンクを頼んだりポテトを頬張ったりしている。
「そういやさ、清子って司とどういう関係なの?」
「……え?」
立花司。私の、初めての思い人だ。
「あ、それ私も気になってた。そういや特進の郷司とも結構仲良かったよね」
「えー、まさか入学早々二股? 流石にヤバい」
「いや、そんなのじゃ無いよ。郷司は小学校からの腐れ縁、犬猿の仲でね。司は、偶然中学の修学旅行で出会ってさ。それで高校も偶然一緒だったから、お互いビックリして話し込んじゃってただけ」
「へー、そうなの。それじゃさ、その胸元のネックレスは何なのさ」
問われた清子が、「ああこれ」と言いながら、それを胸元から出して、みんなに見せびらかす。
彼と色違いの、勾玉のネックレスだ。
確かあの時、私が胸元の、彼と色違いの勾玉のネックレスをみんなに見せた時、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。それほどまでに、彼女は彼のことを思っていたのだろう。ほんのそれだけのことで、絶望してしまうほどに。
それからも彼女が彼に近付くようなことは無く、高校を卒業してしばらくの同窓会で彼女は交通事故で亡くなったことを知った。確か、私達が大地震で亡くなる9年前だったかしらね。だけど、その知らせを聞いた時の彼の表情、とても深刻そうだった。まるで大切な何かが、この手から崩れ落ちていくかのように。
……いいや、考えるのも無駄よね。彼と、彼女が。もし向こう側にいて、私に立ちはだかろうとしているなら。
「私は、殺す覚悟よ」
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