第三章 消えぬ灯

 西方だけでなく、北方からも奇襲を受け中央都市の大部分を占領されたかに思われたが、その後突如、帝国軍は撤退していった。これは後から聞いた話なのだが、数で有利なこちらを相手にすべく密かに帝国生粋の特殊部隊を密かに我が後方に忍び込ませ、こちらの主力を一気に叩く腹づもりだったらしく、その特殊部隊の将が王国の軍部大臣が直々に一騎討ちをし敵将を撃破、将の率いていた特殊部隊とやらも白旗を挙げたため先方の作戦が全てご破産になったためとのことだった。

 しかし我が母国は、王族である私でさえも末恐ろしく感じる節がある。果たしてどこからどこまでが真実なのか。

 「公爵閣下!」

 「おお、クローバか! よく戻ってきた!」

 クローバ。この民族の族長にして、公爵である私の側近で、そして唯一無二の親友が、帝国特殊部隊壊滅の報とともに再び我が前に舞い戻ってきたのだ。

 「ほお、つまりあれは真実か。大臣直々に国難を救って頂けると、なんたる光栄よ」

 「……いや、正直俺も分かりかねている。なにしろ実際にこの目で見たわけでは無いからな。部下の中には重傷を負って搬送されていく大臣の姿を見たというものもいるが」

 「真実は闇の中、か」

 「ああ、そうだ。……それで、街の様子はどうだ」

 「まあ、まだマシな方だろうよ。あいつらにしてみりゃこの国丸ごと併合してしまった方が楽だろうから、それを見越してミラルシア民族を全滅させる可能性もあったが、どうやらその時間は無かったようだ。お前が本国から増援をて手配してくれてよかったよ。それで、向こうではどんな感じだった」

 「ああ。詳しい事情とやらをベラベラ喋らさられた挙句に『もう貴国の危機は去った、今すぐ戻られよ』だとよ」

 「そうか、なんにせよ無事で良かった。今は民族自決を謳うのが主流となっているが、王国も一枚岩では無いからな」

 「おいおい『謳う』なんて言わないでくれ、実際お前にはとてもよくして貰っている。それがまるで嘘のようじゃないか」

 「ああ、それは悪かったな」

 もっとも、いつ嘘になってしまうかは分からないが。


 「いいですか各大臣殿。現状彼の国、ミラルシア公国に融資されている我が国の通貨は一千万ブルクにもなります。それに対し、彼の国からもたらされる物資や通貨、そして労働力は我が国の通貨価値に置き換えるとほんの六百万ブルクほどしか御座いません。もちろん、彼の方々が唱えられている『民族自決論』、それもとても崇高なるご意志なのだと思います。ですが、現実はそうはいかない。このままでは我が国の活力が吸い取られ、やがて立場が逆転してしまうやも知れません」

 今回の反乱、第三次ミラルシア事変への対応を決めるべく会議を開いたものの、やはり彼の者が参加をしてきたと思ったらやはりこうなるか。親ミラルシア派と反ミラルシア派に分裂しての論争だ。

 「いいや、それは違う! 彼の国は独特の風土や文化を育んでおり、それは我が国とも帝国とも、また南の大陸を陣取る共和国とも違うと聞く。そして彼の国は、先の事変により危機的状況にある。我ら先進国がそれを手助けしなければならない」

 「そんなもの単なる綺麗事だ。現実は弱肉強食、弱者に力を割ければ己を滅ぼしかねない」

 「なんだと!」

 「そこまでだ!」

 ここまで激化してしまえば国を割りかねない。それにミラルシアだけでなく、休戦中の帝国との件もある。奴らなんの躊躇いもなく自国軍を引っ張り出してきやがった、つまり奴らは我が国とやりあう準備が整っているということ。いつ刺されてもおかしくない状況にある。

 ここは王である私が収めなくては。

 「民俗学者のスチール・コンスタンス伯爵、そして総務大臣たる我が僕、ケーニッヒよ。双方の言いたいことは、見上げる私にもよく分かる。しかし貴君らは、今何のために論じ、何のために己を突き通そうとしておられるか。それをまた一度、よく考えて頂きたい」

 「はっ、我が君よ。我ら国民一同、常に御身のためたるや」


 ふっ、見上げた狂信者が。


 「なあ、クーリー」

 「何でしょうかな? 女帝陛下」

 「協力者の仕立てはいかほどになっている」

 「はい、橋頭堡は確保出来ておりますが、それ以降がサッパリでして」

 「まあ、そうだろうな。金に釣られ安安と国を売る売国奴だ、そんなやつに人徳があるとも思えん。それに先の敗戦の件もあるからな」

 「そうですね。ブレイガー・ケリュウ、やはり侮れませんな。しかも一騎討ちの制約をしっかり守り彼の部下達は一兵たりとも殺さず、捕虜としている。しかも家族や恋人のいるものは返すとも言ってきた」

 「それは誠ですかな?」

 「ああ。今朝王国より早馬が国境を通過しようとしたところを警備隊が捕らえ、伝聞を預かった」

 「伝聞……なるほど。つまり公式に捕虜を返還することは出来ないが何とかならないか、と言ったところですかな」

 「そうだろうな。しかし何故ここまでするのか」

 「はい。それについて一つ、心当たりがあります。彼の御人には幼少期に、恋人がいらっしゃったとか」

 「それは本当か!?」

 「はい。しかし掴めているのはそれだけで、その恋人がその後どうなったのか。それどころか生きているかさえも分からない状況ですが」

 「そうか。これは上手くいけば、やつを引き抜けるかも知れない。いいか? これは我が国だけでなく、この世界の行く末さえも左右している。決して抜かれぬように」

 「御意」

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