第二章 旅行準備
今は、中学二年の夏。本来なら夏休み期間中なのだが、私。いや、私のクラス全員が毎日学校に来ることになってしまった。3年生春に控えている修学旅行の行き先が、突如東京から広島に変わってしまったため、学級委任を務める私と、郷司を筆頭に自分達で修学旅行の予定を決めることになったからだ。
「それで、行き先と宿泊先は既に先生方におさえて貰っていますが、この広島で。どのような修学旅行にしたいですか」
私の問いに、クラスの全員が手を上げる。とりあえず、前の席から順番に聞いていくことにした。
「では、浜崎君」
「はい! 楽しい修学旅行にしたいです!」
「楽しい、ね。そうね。みんなで楽しんでこその修学旅行だと思います」
私は郷司が板書したのを確認して、次の人を指名した。
クラスの約半数を終えて、サラッと投票結果を確認する。これまで16人中14人が『楽しい修学旅行にしたい』と答えている。しかし、後の二人は平和記念館など戦争に触れた内容を希望している。果たして、戦争を知ることが楽しいことと言えるのだろうか。
「清子、どうかしたか?」
「いえ、大丈夫。では次に、清塚さん」
「はい。私達が修学旅行で行く広島という場所は、世界で初めて原子爆弾という大量殺戮兵器が用いられたことで有名です。そして我が国は、唯一の被爆国として世界に核兵器の危うさ
を知らせる義務があります。つまり広島へ行くからには、平和記念館へ向かうこととほぼ同義、広島へ赴く者の義務なのだと、私は思います」
全員の投票が終わり、集計を確認するために黒板を見る。『楽しい修学旅行にしたい』が三十五人中二十一人。『平和・戦争を知るため』が七人。その他『高校最後の文化祭に向けて絆を深めたい』や『広島独自の文化を知りたい』という人が四人。学級委員の私達二人を除いて。
「あとの一人は……」
「不登校の山田だ」
「……分かった」
唐突な私の問いに、郷司が間髪入れずに答える。そうだ。一年生の頃に酷いイジメを受けて、それから今までずっと不登校になっている、山田優だ。『楽しい修学旅行にしたい』。そのためには、彼の参加も必須条件だ。こうしてクラスみんなの意見を聞いたのだ、どれほど少数意見だったとしても、これらの内どれかを除外するなど論外中の論外。
「みんなの意見、思いは分かりました。どの意見もこのたった一度しか無い修学旅行です、これら全ての意見を余すことなく取り入れたいと思います」
「はい!」
浜崎君が唐突に手を挙げた。
「浜崎君、なんでしょうか」
「はい。楽しい修学旅行と戦争を知る修学旅行というのは両立出来ないと思います」
「それは何故でしょうか」
「はい。戦争と言えば、どちらかと言えば負のイメージが強いと思います。そして楽しいというのは、それとは全く正反対の明るいイメージ。全くもって相容れないかと思うからです」
「なるほど。ではこの意見に賛成の人は手を挙げて下さい」
クラスのほぼ全員が手を挙げた。
「皆さんの気持ちはよく分かりました。では、この結果を元に先生と二人で話をしてみようと思います。夏季休暇の最中、お集まり頂き有難う御座いました」
「瀬戸口先生」
「なんですか? 宮本先生」
「今先生のクラスは修学旅行についての学級会をなさっているんですって? 先生って本当に生徒達をやる気にさせるのお上手ですよね。夏休みだと言うのに、クラスの全員を出席させるなんて」
「いやいや、私はあくまで自らの失敗を正直に説明しただけですよ。みんなが自分からそうしようと行動してくれているのです。それに、今日集まったのは全員では無いですよ」
「……そうね。確か、山田優君だっけ。イジメって、本当に怖いわよね。加害者の生徒も全く自覚が無かったようですし」
「そうですね。生徒は時に犯罪者にもなり得る。しかしそれと同時に、救済者にもなり得る」
「先生、それは無責任では無いですか?」
「はい、全くもって無責任です。しかし生徒達の行く末を見守ると言うのも、教師としての立派な職務ですので」
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