第六章 敵
「あー、よく分かった。つまりお前は我が父を手安く屠ったその自慢話をしたいと」
ミリーが話の腰を折った。たく、我慢の出来ない小僧が。
「ああ分かった。それではお前の父から伝え聞いたお前父の自慢話も聞かせてやるよ。耳を闊歩時って聞いていろ」
今からおよそん二十年前。私は今のミラルシア公国西方、及び帝国領東方。当時のバーレン=ブルラシア係争地であったアイノス・ブイノス地帯をブルラシア王国より奪還すべく南方の要地に聳え立つケイレン・カレ要塞地帯を攻略するため歩兵六万、騎兵四万、そして破城槌四十、カタパルト六十ものの攻城兵器を引き連れ進軍していた。
平原地帯の、小高い丘に登ると、これから死地と化そうとしている我らが誉が見えてきた。この地点から見渡せるだけでも城壁上部に取り付けられたカタパルトが6、そして。
「なあ」
「何でしょうか、閣下」
「城壁上部の隅に取り付けられている、大型の弓矢みたいなのはなんだ」
「はい、バリスタですね。原理は弓矢とほぼ同一とのことですが、かなりの威力があるそうです」
「ふむ、捨て置けないな」
なるほど、敵方も防備は万全と言うわけだ。
……しかし、あの通路のようなものは何だ。
「おい、あの通路のようなものは何だ」
「はい。恐らく、一箇所の要塞が攻撃が受けてもすぐに増援を送るためのものでしょう」
「ふむ、つまり何処を攻撃しようと守備隊のほぼ全てと戦う必要がある、ということだな?」
「は、はい。そのように解釈されて問題は無いかと」
「そうか。なら全指揮官を集めろ、これより作戦会議を始める」
「まず始めに、指揮官諸君。ここまでの行軍、ご苦労であった。なんの問題もなく敵地へ赴けること、とても誇らしく思う。では、これより作戦会議を始める」
「とか言いつつ、どうせ突っ込むだけなのだろう?」
指揮官の一人が嗜めるようにそうほざく。
「ふん、その通りだ。さすがは我が友よ。ガハハッ」
私の笑いに合わせ、皆も大いに笑狂う。
「しかし、今回ばかりはただ突っ込むだけでは飽き足らん。敵陣地の説明を頼む」
「承知致しました」
我が副官が大きな木版をテーブルに置く。
「これが敵陣地の全貌です。ここケイレン・カレ要塞地帯は北方からアイル、ドル、デル、シータという四つの要塞で構成されており、各要塞間は線上に配置されていて、穴を掘って出来た通路のようなもので繋がっています。つまり、何処か一箇所の要塞を攻撃しようと何処からか必ず増援が来る、ということになります。
「ふむ、それなら分散して通路を各個攻撃して遮断すれば良いのでは無いか?」
指揮官の一人がアホなことをほざく。
「するならそうしてみよ。各要塞から一気に反撃を受けて蜂の巣になる」
「それなら、どのように攻略なさるおつもりで?」
ふむ。なかなか面倒なものじゃな。要塞とは本来包囲されることを視野に入れながら圧倒的防御力で迫り来る敵を粉砕するもの。しかしこれに関してはそれに加えとてつもない広さを誇るため丸ごと包囲することは不可能に近い。さらにこの辺りは障害物のない平原が広がっている、要塞を各個包囲殲滅していこうものなら他の要塞から駆けつけた騎兵に逆包囲をされかねない。ならば。
「では、これより作戦を伝える。まず部隊を主攻と助攻に分ける。まず斥候からの情報では一番防備の硬いデル要塞を主力軍で攻略する。しかしこの部隊だけで突っ込むと退路を失いかねないため、助攻がシータ要塞を牽制する。いいか? 牽制だぞ? こちらにはそれほど戦力を割けないため、無駄死には許さヌ」
「承知致しました。ですがそれでも主攻側は二正面、下手をすれば三方向より攻撃を受け助攻含め包囲殲滅される可能性がありますが、大丈夫でしょうか」
「ふん、つまらぬことを言うな。安心しろ、私自身が前線へ赴き直接指示を出すのだからな」
「閣下、捕捉致しました」
「あいつは……」
「勇将ゴリウム・フォン・イケイルです」
「イケイル……だと?」
ゴリウム・フォン・イケイル。今からおよそ20年前、当時王国諸借地であったブイノス地帯に築かれていたケイレン・カレ要塞を守備していた我が姪、ブレイガル・ドクタを殺した張本人だ。あいつはその功績を讃えられ、『勇将』の異名を持つようになった。
「追撃だ!」
「イケイル将軍をお守りしろー!」
「……クッ」
「閣下! どうか落ち着いて下さい。ここで貴方が死んだら、元も子もありません」
「……そうだな。今はただ、目の前の敵を切り刻んでやるとしよう。ハアッ!!!!!」
「うひゃー……やっぱ閣下だけは敵に回したらダメだな」
後ろで援護してくれているミンサの小言をよそに、俺はひたすらに目の前の敵を薙ぎ倒して行った。そして。
「待てよ、イケイル将軍とやら。この俺からそう簡単に逃げられると思うなよ?」
「ふん、あの人数を早々に突破してくるとは。只者ではないな?」
「ああ、でもそちらも只者では無いだろう? 我が姪の仇が!」
俺はこの忌まわしき邪神を両断すべく、剣を上から大きく振り下ろした。だが、簡単に防がれてしまった。
「先の策略といいこの剣技といい……貴様、奇策の天才。ブレイガー・ケリュウだな。お噂はかねがね聞いておったよ」
「たわけっ!」
一瞬力を抜いて、油断したところを中腹めがけて薙ぎ払った。しかし、これもバックステップでかわされる。
「ふん、油断ならぬ相手よの」
此奴の姪……そうか、思い出したぞ。今から20年前、あの忌まわしき要塞地帯を守備していた奴の甥か。あやつほどの愛国者を私は未だに知らんが……まさか此奴もか?
「ふんっ!」
一瞬の隙を突いて、中腹めがけて薙ぎ払う。ケリュウはバックステップで回避した。
「おお、やっとやる気になったか。全く攻撃してこんから、どうやって斬殺しようかと策謀を巡らせていたところじゃよ」
「ふん、貴様だけには殺されたくないものだな。はてさて、貴様国が好きか?」
「王国のことか? 聞くまでもなかろう。祖国を愛さずとして何が軍人だ。だからこそ私は、己のために剣を振るうのだ!」
ケリュウがこちらに突進しようとした、その時。雪山の方から轟音が鳴り響いた。
「な、なんだ!」
「雪崩だ!!!!!!」
突然発生した雪崩に、私とケリュウはなす術もなく飲み込まれた。
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