第五章 仇
「くー、冷えるな」
「はい。山の中でも高いところに来つつありますからね」
「ん、つまり高いところに行けば行くほど冷えると?」
「そうですね。友人の科学者から聞いた話では空気の圧力、気圧と言うものが低下するため冷えるのだとか」
「そうなのか。……いや正直分からんが、冷えるということは雪が降るということか?」
「はい……一概にそうでもないとも聞きましたが」
「そうか。それはいいことを聞いたな」
「……何かお気付きになられましたか?」
「いいや、何でもない」
しばらく進むと、本当に雪が積もっている場所まで来た。ミンサが言うには、この辺りのことを豪雪地帯というのだそう。騎兵の足が雪に沈むが……これなら何とかなりそうだ。
「閣下」
「なんだ?」
私の名前を呼ぶと、ミンサは二合目の頂上付近を指差した。
「敵襲です」
「見えてきたな」
「はい。まだ展開前のようですね」
「ああ、そうだな。皆の者! 一気に突くぞ!」
「将軍! この環境下です、無為無策な突撃など避けられた方が宜しいかと!」
「馬鹿を言うな! 両者共に展開前だが数ではこちらが圧倒している。時間を欲して策を講じさせることこそ悪手よ! 皆の者続け!!!!!!」
「歩兵三千騎兵一万、山肌に乗って突っ込んで来ます!」
「そうだな。ミンサ、騎兵は今どこにいる」
「はい、我が右翼に陣取っております」
右翼……か。我が右翼には、大きな岩岩が聳え立っている。それも敵陣付近まで続いているようだ。そしてこちらは雪がまだ柔らかいが、先方の進撃速度を見ると向こうは既に固くなっている。やれるな。
「上々だ。今すぐ落馬の上全速力で迂回させるよう指示を出せ。一気に潰すぞ」
「将軍! イケイル将軍!」
「何だ! 騒々しい」
「敵は展開も愚か、撤退さえもする素振りが御座いません1」
「ふん、そんなの知るか! 早々に叩き潰せば良かろう!」
「し、しかし!」
……いや、待てよ。確かに奴らがここまで動かないのは不可解だ。まるで何かを待っているかのようだ。
「グハッ!?」
とその時、後方を走る歩兵隊の中から響めきが生じた。
「て、敵襲! 後方より王国騎兵隊が突っ込んできています!」
「なんだと!?」
調子よく進撃していた帝国軍の陣形が崩れ始めた。おそらく、成功したのだろう。
ここは元は帝国領、我らがいる場所の雪が例年柔らかくなりやすいというのは当然知られていただろう。しかし貴様らの進撃速度でそちら側が既に固まっているということはとっくに割れている、それにこの辺りで柔らかい雪に騎兵の足が取られるのも人が馬に乗ることで一箇所に重力が集中するからだ。ならば兵を落馬させ、重力を分散させれば効率的に移動させることが出来る。そして得た機動力を糧に敵後方を取り、撹乱させる。
先方の混乱は拡大しつつある。そろそろ潮時か。
「皆の者。地の利は我が方にある。敵後方を脅かしている騎兵と共に、敵主力を一網打尽にするのだ! 続けー!」
どうやったかは知らんが、前面に陣取っていたはずの敵騎兵が我が後方を脅かしている。しかも前方からも敵歩兵隊より圧力がかけられつつある。このままでは勝利どころか退路さえも失いかねない。
「近衛隊! 今すぐ集結せよ! 包囲網はまだ薄い、敵騎兵隊を突貫するぞ!」
ふむ。しかし不可解だ。先の戦では敵兵を残らず捕らえたため、全滅させたという報告が敵方には渡っているはず。つまり、敵将は警戒して先陣を切ることはないと考えていたが、後方には人影一つ見えない。伏兵も考えたが、それなら包囲した時点で出張ってくるはず。それともこの軍を指揮しているのは高級指揮官では無い……?
「いや、それならこの数を出してくるはずは無いか」
「閣下、よろしいでしょうか」
考えを巡らせていると、ミンサが話しかけてきた。
「閣下。敵将と思しき兵が部隊を集結させつつあります」
「なぬ? そいつは今どこに向かっている?」
「はい。先陣を切っておりましたが、今は後方へ向かっています」
「あいつら、まさか騎兵陣を抜けるつもりか?」
「はい、数の少ない後方を少数精鋭で突貫するつもりかと」
「クソ。折角虫かごに入れてやったのだ、わざわざ逃がしてやる要など無いだろう? ミンサ」
「勿論です、閣下。すぐに近衛兵を集めて参ります」
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