第四章 奇策の天才

 あの時はまだこの国ができる前、ミラルシア公国の西半分を含んだブイノス・アイノス地帯が帝国領だった時の話だ。当時はこの係争地を巡って両国による激戦が繰り広げられていた。


 相手の剣をへし折る訓練をしていると、我が部隊副長のミンサが天幕の中に入ってきた。

 「部隊長、失礼します……て、どうしたんですかこれは」

 「見たまえ、このへし折られた剣の数々を。全て私がやったのだ、そのお陰で3撃ほどでへし折ることが出来るようになったぞ!」

 「はいはい、それは凄いですね。……てかこのためだけに大量の剣を発注したんですか」

 「だけとはなんだ。敵の剣をへし折るということは、敵の武器を奪うということだ。一度武器を奪われた敵は士気を喪失し、降伏するかもしれない。つまりは敵地の情報を知る者を捕縛できるということなのだぞ!」

 「はい、情報を得ることの戦略的意義は私もそく存じているつもりです。しかしこんな雪山ですることではないのではないですか? 今はまだ安定しているものの、天候が荒れて物資が一切届かなくなることも有り得るんですから。それにいくら情報を有していても、兵站を厳かにしていたら動く時も動けませんよ?」

 「む、むう……それもそうだな。練習はこの剣で最後にしよう」

 「だからやめてくださいって!」

 ミンサはこちらに飛び掛かり、必死に拘束しようとしてくる。だがそれを振り払い、私は再び口を開いた。

 「それで、わざわざここに来たのは何かしらの要件を伝えに来たのだろう?」

 「あ、はい。そうでした。敵4万が我が陣地に向かっていると斥候より報告がありましたのでお伝えにあがりました」

 「ほうそうか、敵が……敵が!?」

 「ご安心ください、既に防衛体制を構築済みです。あとはお気の召すままに、お楽しみ下さい」

 「ふむ……毎回思うのだが心臓に悪すぎやしないか?」

 「いえいえ、全く悪くありません。むしろどのようにも動かせるよう手配したのですから、感謝の一言が欲しいくらいです」

 「そ、そうか。それじゃ、地形図を貰おうかな」

 「はい、こちらに」

 「あ、ありがとうな」

 「いえいえ。そろそろ準備は万端でしょうかな? では、我らも出陣致しましょうか。奇策の天才にして、第四騎士団団長。ブレイガー・ケリュウ殿」


 斥候からの報告では敵規模騎兵一万、歩兵三万五千、内弓兵六千、後方支援部隊及び工兵がおよそ五千。後方部隊が多いのを見ると、敵はなかなかの名将、何か策を講じてくる可能性が高い。となると選択肢は二つ、相手の策を全て見破り一気に叩きつけるか、部隊全てを防御に徹しさせ好機を待つか。しかし本来戦とは攻撃することでのみ主導権を握ることが出来るもの、ここは前者をとってみるか。

 「決まったか?」

 「ああ。一応確認だが、我が方の戦力は?」

 「騎兵六千、歩兵一万四千、内弓兵四千。戦力差はおよそ二倍、足りるか?」

 「ああ。好都合だ」

 「好都合……随分と強気だな。それじゃどうする?」

 「歩兵一万を前に出せ、しかし一切の攻撃を禁ずる。見せびらかすだけでいい」

 「はいはい、歩兵一万を前に……て正気か?」

 「ああ、至って正気だ。それともなんだ、他に何か策があるとでも?」

 「……いいや、何でもない。しかしここを越えられたら貿易都市ドレイク、我が国の経済の中心地までイカレる。それだけは覚えておいてくれ」

 「ああ、当然だ。……それともう一つ」

 「なんだ?」

 「輸送部全てをドレイクに向かわせろ」


 「ふむ、あれが敵主力か」

 「はい、そのようです。ざっと一万、歩兵しかいないのは気がかりですが」

 「案ずるな、予めの偵察では多くて二万、うち騎兵四千から五千であっただろう? 騎兵は使い方によっては脅威となり得るが、たかが五千で何が出来る。それで、敵将は」

 「はい、斥候の報告によりますと、ブレイガー・ケリューとのことです」

 「ほお、あの新米将か。我が手にかかれば一捻りよ」

 「将軍殿、油断は大敵ですぞ。何しろ彼の将軍は、連邦国による南方海岸上陸を退けたのですからな」

 「なーに、案ずることでは無い。あの程度の少数部隊、防がれて当然のことだ。……しかし、其方がそれほど言うのであれば、夜襲を仕掛けるとしよう。敵も我が方をとうに気付いているはず、本日日没を待って行軍、深夜にて攻撃。そして夜明けと共に祝杯をあげようではないか」

 

 「敵、なかなか来ませんね」

 「ああ、そうだな。しかしそうで無ければこちらが負ける。目処は立ったか?」

 「はい、やはり経産省へ協力を要請したのが当たりでした。なんとか日没までには定数を確保出来そうです」

 「それは良かった。そしてここまで輸送されてくるのは……」

 「深夜ほどになるかと」

 「……うむ。かなりギリギリだな。こちらからも馬を出すよう手配しておいてくれ」

 「承知致しました」


 「おい」

 「はい」

 「良い夜だな」

 「そうですね」

 「行軍はうまくいっているか?」

 「はい、滞りなく」

 「そうか。おかしいな」

 「どうかなされましたか?」

 「いや、このままでは完全に包囲することになる」

 「……!? 確かにそうでありますな」

 「本当に敵に動きが無いのか?」

 「はい、一切逃げる素振りさえありません」

 「なんだと!?」

 「失礼致します!!!」

 「どうした!?」

 「敵主力包囲網完成と同時に東北、東南、西南、西北の4方向より攻撃を受けております!」

「なんだと!?」


 ふう、なんとか間に合ったな。四千ものアブミと大量の弓矢を手配して、馬に騎乗主と弓兵を乗せることで、鈍足かつ防御力の薄い弓兵を強固な尖兵へと変貌させる。どうやら奇襲も上手くいったようだな。このヒビの出来た卵を主力がどう内側から割るか。

 「ふむ、まさかここまで上手くいくとはな」

 「はい。味方主力を囮に使うと聞いた時は肝が冷えましたが、このような腹案があったとは。しかし、味方部隊を分散させすぎでは?」

 「いいや、あいつらはあくまで撹乱に過ぎない。あくまで主力は主力だ、トドメは主力に刺してもらう。準備はいいな?」

 「はい!」

 「よし、我らもかかるぞ! 皆続け!」


 「コラルシア山脈の山腹を陣取っていた王国軍を叩くべく向かわせた部隊は全滅したとのことです」

 「ふむ、そうか。奴らかなりの大物を引っ張り出してきたようだな。まさか一兵も逃さないとは」

 「いくらか敗走した兵もいるそうですが、合流は難しいかと」

 「奴らの手の内を見ることも叶わぬか。では、私直々に相手してやるとしよう」

 「承知位致しました、すぐに準備に取り掛からせて頂きます。ゴリウム・フォン・イケイル将軍閣下」

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